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第15話 家路


中村さんが泣きやみ、落ち着いたあと、私たちは一緒に下校している。


だが、中村さんには元気がなく、言葉数も少なかった。

私はそんな彼女を見て、胸がズキリと痛くなる。


そして、何度目か分からない溜息をついた。もう少しで彼女と別れる交差点に来るところだった。だが、今の中村さんを一人にしたくない。私は歩みを止め、振り返る。


「中村さん。」


うしろを歩く彼女に声をかける。

だが、聞こえなかったらしく、うつむいたままだった。


「中村さん。」


今度は強く呼びかけ、私を通り過ぎようとする彼女の手を握る。


「えっ?」


驚く中村さんがやっと顔を上げてくれた。


「中村さん?聞こえてる?」

「えっ、あっ、すいません。気がつきませんでした。もう一度おっしゃってもらえますか?」

「いや、名前を呼んでいただけだから。」

「あっ、そうですか。ご、ごめんなさい。何か用事でしたか?」


そう私に聞いてくる中村さんの声には心なしかハリがなかった。


「あのさ、私、家まで送ろうか?」

「えっ?家まで?何故ですか?」

「中村さん、なんだかまだボーっとしているし、いくらまだ少し明るいとはいえ、もう七時だし。危ないから。」

「そ、そんな、大丈夫ですから。ちゃんと帰れます。」


手を振りながら、断ってくる。

でも、今日の私はそんなことじゃあ、引き下がらない。

それに、まだ彼女のそばにいたかった。


「ダメ、私が心配だから。送らせて。」


私はほほ笑みながら、彼女の手を握る指に少し力を込めた。

この手を離す気はないという意思表示だ。


「あっ、そ、その・・・・・。」


そんな私に彼女は少し頬を赤くした。

握り合っている手を見つめて、どうしようか考えているようだった。

数秒間たち、彼女が顔をあげ、私を見つめる。


「でも、私を送ったら高山さんが帰るとき暗くなっていてもっと危なくなります。」

「それは大丈夫。昔からここに住んでいるんだから、ちゃんと明るくて人通りがある道を通って帰れるよ。だから、ね?」

「でも・・・・。」


まだ迷っているようだ。

私は恥ずかしさを抑え込み、彼女にこう言った。私の心からの思いを。


「それに私はもう少し中村さんと一緒にいたいから。・・・・・それじゃあ、ダメ?」

「あっ、えっと、そ、それは、私も高山さんと一緒にいたい・・・・です。」


私たちは二人とも耳まで赤く染めていた。


「なら、いい?」

「は、はい。お願いします。」


そう言って、中村さんも私の手を握り返してくれた。

嬉しい、本当に嬉しかった。彼女と手をつないでいるだけで、こんなにも心が満たされるなんて。こんなにも心地よいなんて。

私は顔が少し綻んでしまうのを止めることができなかったが、彼女はそんな私に微笑み返してくれた。


「じゃあ、行きましょうか?」

「うん、そうだね。」


手を繋いだまま、私たちは交差点を曲がる。

その歩みはとてもゆっくりだった。この時間が少しでも長く続くように、どちらもゆっくり歩いていた。


その時、私は、彼女に対して一つの願いが生まれた。

中村さんはその願いを叶えてくれるだろうか。とてもささやかだが、叶うならとても喜ばしいことだ。


うん、とりあえず、言ってみよう。


「な、中村さん?」


緊張で少し声がどもってしまった。


「はい?何ですか?」


さきほどとは違い、すぐに彼女は応えてくれる。


「あのね、一つだけお願いがあるんだけどいい?」

「えっ?お願いですか?」

「うん。」

「えっと、高山さんのお願いだったら、そ、その何でもいいです。」


そう恥ずかしそうにうつむきながら、言ってくれた彼女は本当に可愛くて。


「あ、あのさ、・・・・・・私のこと、名前で呼んでくれる?」

「えっ、名前ですか?」

「そう、名字じゃなくて。なんだか中村さんに名前で呼んでほしいなって思って。嫌、だった?」

「そんな、そんなわけないです。そ、その嬉しいです。」

「嬉しい?」

「いえ、そ、その、えっと。」


なぜか慌てだした中村さんをみて、私は少し笑ってしまった。


「わ、笑わないでください。」


拗ねたような顔になる。その表情が大人っぽい彼女を一瞬にして子供っぽくしてしまう。


「ははは、ごめんなさい。」

「もう。」

「で、返事はどう?私を名前で呼んでくれる?」


彼女をちょっと下から窺うように尋ねる。彼女の頬はまだほんのり赤かった。


「うっ、えっと、わ、私のことも名前で呼んでくれるならいいです。・・・・・・・・・・・そんな顔されたら断れませんよ。」


小さくそう答えた。最後の方はほとんど聞こえなかったけど。


少し気になったが、それより最初に言ったことの方に驚いた。


「えっ、名前で呼んでいいの?」

「そ、そんなの良いに決まってます。本当はいつ名前で呼んでくれるのかずっと待っていたんですから。」


視線を少しそらせながら、ちょっと早口でそう言った。

握っている彼女の手まで、熱くなっている。


「そっか、待っててくれたんだ。」


私は嬉しさを噛みしめる。


「そ、そうです。待ってたんです。」


と、頬を赤く染めながら拗ねた風に言う、そんな彼女が可笑しくて。


くすっと、お互いに顔を見合せ、その後は同時に笑いだしていた。


「あはははは。」

「うふふふふ。」


ひとしきり笑うと、彼女は少しだけ涙目だった。そして、私も。


中村さんはどこかすっきりした表情になっていた。さっきとは明らかに彼女の笑顔の輝きが違う。

そんな笑顔に胸が温かくなる。


彼女が私の方を見る。お互いに真正面から見つめあった。


「そろそろ行こうか、葵。」

「はい、涼花さん。」


私たちは手を強く握りなおし、帰り道を進み始めた。


彼女に初めて名前を呼ばれたとき、なぜか胸が一瞬ドッキンと高鳴った。


さて、今回はこの前あとがきに書いたように、中村さんと涼花のターンでした。

そして、やっと名前で呼び合うようになる話でもあります。


実は名前で呼ぶというのは中村さんが初めて部室に来たときに、もう名前で呼び合うことになっていたんですけど、もっとじっくりと二人の仲を深めようかなと思い、ちょっと先延ばしにしていました。


次回からはもう名前で呼び合っています。中村さんの名前、覚えていますか?

葵ですよ。中村葵です。次回からこの名前誰って?感じにならないでくださいね。


ぜひ、覚えといてください。

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