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9.鬼堂家の食卓

 そして、その夜。

 徹郎は自宅キッチンでなめこの味噌汁を仕上げ、副菜のサラダを小鉢に放り込んだところで手を止めた。

 インターホンのベルが鳴ったからである。


(今日何か、配達来るんやったっけ?)


 内心で小首を捻りながらビデオモニターで対応に出た。そしてその瞬間、その場に凍り付いた。

 エントランスに人影が四つ。その全員がインターホンモニター越しに覗き込んできていた。


「やぁ鬼堂、居るかい? 居るんだよな? 開けてくれないか」


 何故か礼司が、上機嫌で呼びかけてくる。

 そのすぐ後ろから雪奈が、若干頬を膨らませて睨みつけてきた。


「ぼっち君ってば、ひっどーい。あたしの焼きサバも食べちゃうつもりぃ?」


 何故だ、何故こいつらがここに居るのか。

 一瞬思考が停止しかかった徹郎だが、犯人はすぐに分かった。

 雪奈の隣でにこにこ笑っている灯香梨だ。以前彼女を助けてやった際、徹郎が自ら部屋に連れ込んでいる。つまり灯香梨は、徹郎の自宅住所を覚えていても何らおかしくはないという訳だ。

 だがそれにしても、全く解せない。

 礼司も裕太も、それぞれ狙った相手をモノにすべく、即席デートに誘っていった筈ではなかったのか。

 その四人が何故大挙して、徹郎のマンションに押しかけてきたのか。


「なぁ~、早く開けてくれよ~。俺達もう腹ぺっこぺこなんだけどさぁ」


 裕太までもが、すっとぼけた台詞を吐いてきた。一体こいつら、何が狙いなのか。

 しかし、このままこの四人をエントランスに放置しておく訳にはいかない。ここで騒がれると住民からの苦情が続出するだろう。

 徹郎は血の涙を流す想いで、この四人を自室に招き入れることにした。


「おじゃましまーす」

「へぇ~、ここがぼっち君の住まいなんだぁ。すっごい洒落てるじゃん~」


 突如として賑やかになった徹郎宅。

 彼が住んでいる高級マンションはどの部屋も三億円前後は下らない分譲販売だから、高級感に溢れているのは当然といえば当然だった。


「いやしかし、本当に凄いんだな。鬼堂、お前こんなに良いところに住んでるのか」


 裕太が心底羨ましそうな顔つきで、屋内のあれそれをきょろきょろと見廻した。

 どの調度品もシックで落ち着きがあり、初めて来訪する者なら、少し値段の張るホテルに泊まりに来たかの様な錯覚を覚えてしまうだろう。


「こないだ来た時はあたしも全然余裕無かったからじっくり見てなかったんだけど……こうして改めて見ると、ホントに凄いおうちだねぇ~」


 灯香梨の感心しきりの声を、しかし徹郎は決して歓迎などしていなかった。


(こいつら何しに来とんねん……)


 近所迷惑になるから、仕方無しに室内へと迎え入れた。が、本音をいえばさっさと帰れというのが徹郎の心の底からの願いだった。


「っていうか鬼堂、お前……凄く、見事な体してるんだな……」


 礼司がまじまじと、徹郎の後姿を見つめてきた。現在徹郎は学校での装いとは異なり、薄手のTシャツとハーフパンツという上下に加えて、黒縁眼鏡は外して前髪も左右に分けている。

 登校時には敢えて野暮ったい姿を装っているのだから、自室での姿とは印象が変わるのも当然といえば当然の話だった。


「胸板は分厚いし、腕も凄い筋肉……いや、脚もか。どう見てもアスリートだな」


 礼司の言外には、何故それ程に鍛えているのに帰宅部なのか、という問いかけが滲んでいる。しかし徹郎は気付かぬ風を装った。いちいち相手になど、していられなかった。


「それに、普通にイケメンだもんな……なぁお前、学校じゃ何であんなに変な格好してんだ? 勿体ねぇじゃんよ。今の顔で行ったら絶対モテモテじゃねぇか」


 裕太も便乗して質問攻めを仕掛けてきたが、徹郎は全て黙殺した。

 そもそも絹里高校に通っているのは三年という時間を潰す為である。華やかな学生生活などには端から興味は無かった。


「ねぇねぇ、こっち来てよ。何かすっごいよ。トレーニング部屋みたいなのがある~」


 いつの間にか雪奈が勝手に室内を探検しており、完全防音と対震防護で固めたトレーニングルームに辿り着いていたらしい。

 もう好きにしてくれと半ば諦めた徹郎は、四人の客人の相手も面倒臭くなってきてキッチンへと戻った。


「おー、これすげーよ。うちの部室の防音設備とか全然目じぇねぇよ。ギターとかガンガンに弾いても音漏れねぇんじゃね?」

「わぁ~、これってサンドバッグ? もしかしてぼっち君、格闘家?」

「いや、もしかせずとも、絶対そうだ。さっきのあいつの筋肉、見ただろう? あれは絶対、何かやってる体つきだ」

「鬼堂君、やっぱ凄いんだぁ……うん、そうだよね。あたし、知ってた。料理出来るひとは何やっても凄いんだよ、きっと」


 好き放題いいまくって、勝手に盛り上がっている四人。

 一方の徹郎は悟りでも開いたかの様な無表情のまま、追加で四人分の料理に着手していた。

 あの四人をさっさと追い返すには、適当に食わせて満足させるしか方法は無い。

 徹郎が焼きサバ定食にありつくのは、もう暫し先の話になりそうだった。

 そして、それから一時間程度が過ぎた頃。


「ふぅ……いや、本当に美味かった。鬼堂、お前って実は凄い奴だったんだな。イケメンな上に、女子力も大したもんだ」

「あの、御免ね鬼堂君……御礼するっていってたのに、逆に御馳走になっちゃって……」


 礼司と灯香梨の声を聞き流しながら、徹郎はシンクで洗い物に手を付け始めていた。ところがその傍らに、雪奈がこれまた当然の様にそっと体を寄せてきた。


「あのさ、後片付けぐらいは手伝わせてよ。あんなに美味しいご飯食べさせて貰っておいて何もしないなんて、罪深いにも程があるもんね」

「おーっと、良いこというじゃん大塚。俺も手伝うぜ~」


 裕太が台布巾を手に取って、テーブル上をさっと綺麗に拭ってゆく。

 礼司と灯香梨はゴミ箱の中身を一枚の袋に掻き集め、専用のダストシュートに放り込んでいた。


「なぁ鬼堂……お前さぁ、クラスの連中にいい返すつもりはねぇのかよ?」


 不意に裕太が、神妙な面持ちで問いかけてきた。彼が何をいわんとしているのかは、徹郎にもすぐにピンと来た。


「構へん、放っとけ。スケコマシなぼっち野郎のままの方が都合エエし」

「いやもう、ぼっち君、ホント御免て。それさ、やめてくんない?」


 雪奈が心底申し訳無さそうな表情で、両手で拝む仕草を見せた。しかし徹郎は微塵にも顔色を変えず、低い声音で続けた。


「今日ここで見たことは全部忘れて貰おか。俺は図体デカいだけの陰キャでボッチのオタクや。余計なことは絶対いうなよ」


 釘を刺した徹郎に、四人の客人達は困惑の表情でただ顔を見合わせるばかりだった。

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