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8.チョロ過ぎなイケメンs

 もうこのふたりのことは空気か何かかと思ってやり過ごすことにしよう――徹郎はひと呼吸置いてから、一番大きな焼きサバを買い物かごに放り込んだ。


「え? 一個だけ? あたしの分は?」

「いや、それどういう意味やねん」


 当たり前の様に小首を傾げる雪奈に対し、徹郎はこめかみにうっすらと青筋を浮かべた。


「あ、大丈夫だよ。親には食べて帰るから晩御飯要らないっていってあるし」

「せやから、どっからそういう話になんねんな」


 黒縁眼鏡の奥から睨みを利かせたつもりだったが、雪奈はまるでひとの話など聞いておらず、これまた当たり前の様に焼きサバのパックをもうひとつ、徹郎が手にしている買い物かごに放り込んでいた。


「えっ? もしかして大塚さん、鬼堂君とこで晩御飯お呼ばれしたりするのっ?」


 今度は灯香梨が喰いついてきた。

 嫌な予感が脳裏に走る。

 徹郎はたった今、雪奈が追加で放り込んだ焼きサバを売り棚に戻そうとしたが、それよりも早く今度は灯香梨がもう1パック、焼きサバを買い物かごに投入してきた。


「じゃあ折角だから、あたしも!」


 何故こんなことになるのか。

 自分はただ静かで平和的に焼きサバ定食を楽しみたいだけだというのに。


「え~……だって今日ぼっち君がご馳走してくんなきゃ、あたし晩御飯抜きになっちゃうんですけどぉ?」

「いやちょっと待ちぃな。それ、俺の所為かいな」


 大きな胸の膨らみを揺らして全身をくねくねさせている雪奈に、徹郎は静かに噛みついた。余り大声を出して抗議すると、店に迷惑がかかってしまう。その程度の良識は、徹郎にだって具わっている。


「それにさぁ、ぼっち君の炊いたご飯、食べてみたいじゃん。今日分けて貰ったおにぎり、ホント、マジでサイコーだったしね!」

「えっ、えっ……大塚さん、そこんとこ、もうちょっと詳しくっ」


 徹郎には全く、理解が出来なかった。

 何故スーパーの総菜コーナーで、制服姿の美少女ふたりが突然女子トークを始めてしまったのか。もっと他に然るべき場所があるだろうに。

 だが、こ奴らを撒くなら今がチャンスだ。下手に焼きサバを売り棚に戻すと注意を却って引いてしまう為、そこは諦めて明日の朝飯と昼飯にでも食ってしまえば良い。

 徹郎は極力気配を消し、そっと後退して盛り上がっている女子ふたりから距離を取った。そのままレジへと直行し、会計を済ませて通りへと退避。

 ここまでは上手くいっていたのだが、しかし彼女らの徹郎センサーは意外な程に手強かった。

 スーパーを出て商店街を抜けようとした辺りで、ふたりは早々に追いついてきたのである。

 そんなに焼きサバが喰いたいのか。どんだけ魚好きやねん。

 徹郎は女子ふたりが見せる想像以上の焼きサバへの執着に、密かに戦慄した。

 ところが、捨てる神あらば拾う神あり。

 不意に横手の路地から、声をかけてくる者が居た。


「ん? 花辻さんに大塚さんじゃないか。ふたりが一緒だなんて、珍しいこともあるもんだな」


 現れたのは茶髪のイケメン、谷岡礼司(たにおかれいじ)だった。D組のクラスメイトで、サッカー部では次期エースと目されている将来性豊かな青年だ。


「え、何でふたり揃って、そんな奴と一緒に居てんの?」


 もうひとり、礼司の横から驚いた声を上げてきたのは同じくクラスメイトの桐島裕太(きりしまゆうた)。軽音部でギターを担当している若きミュージシャンだ。

 ふたり共、女子からの人気は相当に高い。まだ一年生だというのに、上級生の女子からも色んな場所で黄色い歓声を浴びているとの話を、よく耳にする。


(エエで、最高のタイミングや)


 こいつらは使える。

 徹郎は訝しげな顔でじろじろと睨みつけてくるふたりに、ずかずかと歩を寄せていった。


「う……何の用だ?」

「エエからちょい(ツラ)貸せや」


 徹郎は灯香梨と雪奈に背を向けたまま、礼司と裕太を細い路地へと強引に押し込んだ。

 イケメンふたりは困惑の中に、若干の敵意を滲ませている。結果的に陰キャぼっちの徹郎が美少女ふたりを侍らせている構図となっていたことに、悪感情を抱いていたのだろう。

 だがそんなことはどうでも良い。利用出来るものは、何でも使う。それが諜報員の鉄則だ。


「自分ら、どっちが好みや?」

「は?」


 一瞬、礼司も裕太も徹郎の言葉の意味が理解出来なかった様で、怪訝そうな顔を返してくる。

 徹郎はもう一度訊いた。


「せやから、花辻さんと大塚さん、選ぶんやったらどっちがエエんかって訊いとんねん」


 すると今度はふたり共、意外そうな面持ちで顔を見合わせた。同時に、徹郎の意図を漸く理解したらしい。

 斜陽を浴びながら微妙な表情を浮かべている灯香梨と雪奈を、徹郎の頑健な体躯の横からそっと覗き見るイケメンふたり。

 その間、徹郎はスマートフォン上に周辺の地図を映し出していた。


「っていうか、そんなこと訊いてどうするんだよ?」

「あのふたりは自分らに任せるわ。好きなとこに連れてったれ」


 いいながら徹郎は、自身の逃走ルートをふたりに示した。礼司と裕太は困惑が拭えないまま、それでも徹郎の言葉に耳を傾けていた。

 作戦は極めてシンプルだ。礼司と裕太がそれぞれ灯香梨と雪奈に接近して行く手を阻み、その間に徹郎はこの路地から向こうの通りへと抜けて一気に自宅を目指す。

 彼女らのその後の扱いは、イケメンふたりに任せておけば良いだろう。

 礼司はサッカー部でも指折りの人気者だ。灯香梨にしろ雪奈にしろ、彼の爽やかで甘いフェイスには速攻で落とされるに違いない。

 一方の裕太も負けず劣らずのグッドルッキングボーイだ。ファンも多く、彼の隣に居られるというのは、それだけでも今後の学生生活では大きなアドバンテージになるだろう。


「お前……ホントは、良い奴だったんだな」

「悪い、正直いって、少しお前には腹立ってたんだが……見直したよ」


 神妙な面持ちで頭を掻く裕太と、僅かに視線を落として頭を下げる礼司。


(完璧や。こんなパーフェクトな餌に喰いつかん女子はおらんやろう)


 徹郎は内心でほくそ笑んだ。

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