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73.想定外のギャル

 担任教師は、一番後ろの空いている席に座りなさいと指示を出した。

 これを受けて徹郎は、にこりともしない強面のまま鋼の様な筋肉を盛大にアピールしつつ、教室最後尾の机へのっそりと歩いていった。

 新しいクラスメイト達は何となくビビった様子で、特に声をかけてくる様子も無く、ちらちらと視線を送ってくるのみだ。


(お……エエやんけ、この強面スタイル)


 徹郎は内心でしたり顔。

 これならば、どの同級生からも声がかかることは無いだろう。絹里高校では孤立する為にと陰キャぼっちの真似事などをやってみたが、余り上手くいかなかった。

 しかし今回は、どうであろう。

 近寄る者は全員ぶちのめすぐらいの無言の殺気を放ち続ければ絶対誰も寄ってこない筈だという読みは、見事に的中した。

 実際、姿勢だけでも徹郎に歩み寄ろうとする者は男子女子を問わず、今のところ皆無だ。


(何や……最初っからこれでいっとけば良かったやんけ。やっぱり慣れんことはするもんちゃうなぁ)


 慣れないこと、即ち根暗な木偶の坊という演技は徹郎の戦闘的な外観には、今にして思えば余りにも似合っておらず、不自然に過ぎた。

 逆にこの徹底的に鍛えた肉体と高い戦闘力をアピールした無言の圧力こそ、最も徹郎に適した人間関係遮断法だといえる。


(今どきの連中は皆、平和主義な奴ばっかりやからな。ちょっとぐらいビビらせておいた方が何かと便利や)


 そもそも徹郎は、クラスの中で皆と馴染もうという発想が無い。

 諜報員には友人など不要であり、ただ己だけが存在すれば良いのである。そして今回は任務である以上、無駄な人間関係は程良く省いておいた方が後が楽だ。

 要は愛那さえ守り抜ければ、それで良いのだから。

 そうして徹郎が席に就くと、担任教師はこの日の予定の説明に入り、以後は始業式などが続いて午前中には下校時間となる。

 徹郎が聞いている限りでは、愛那は部活には入っていない。つまり、終業時間になれば用事でも無い限り、そのまま学校を出て行く筈だ。

 彼女が校門を出てしまいさえすれば、その日の徹郎の任務は完了だ。

 校外であれば矢崎オフィス長が手配した人員が密かに愛那を護衛してくれる。徹郎の出番は飽くまでも、校内という限られた空間だけであった。


(取り敢えず初日は、あの子がどんな交友関係を持ってて、どんな風にひとと接するのかだけ、見させて貰おか……)


 徹郎は朝のホームルームが終わり、始業式が行われる講堂へと移動する間も、愛那の姿とその周辺を常に視界に収める位置に身を置いた。

 恐らく愛那は、自分が常時監視されていることなど露ほどにも思っていないだろう。


(まぁ意識されたらされたで、こっちも困るけどな)


 かつての幼馴染みは未だ徹郎に対して何のアクションも取ってこない。

 小学生の頃にずっと同じクラスだったことを完全に忘れているか、仮に覚えていたとしても今更声をかけてくる程の繋がりは無かったのだから、敢えて無視しているかのいずれかだと考えられる。

 徹郎としてはどちらでも構わなかった。

 要は、あれだけの有名人であれだけ多くの取り巻きに囲まれている彼女が、徹郎と接触を取ろうなどと変な気を起こしさえしなければ、それで良い。


(もし万が一声かけてきたら……まぁそん時はそん時やな。邪険に扱えんのがちょい辛いけど……)


 しかし、恐らくそんなことにはならないだろうと徹郎は楽観していた。

 この強面に近づける女子など、そうそう居ない筈なのだから。

 少なくとも徹郎な、そう決め付けていた。


◆ ◇ ◆


 ところが、徹郎の読みはいきなり外れた。

 始業式が終わり、教室での終業ホームルームが終わったところで、愛那の方から近づいてくる気配を見せたのである。


(あかんて。来んなって)


 徹郎は通学鞄を手に取り、速攻で廊下に出た。

 愛那が近づいてくることにはまるで気付いていない風を装い、大股で教室を飛び出した。この歩幅なら、愛那は小走りで追ってこない限り徹郎の位置には届かない。

 さて、相手はどう出るか――徹郎がちらりと後ろ目に視線を流したところ、愛那は諦めて足を止めていた。


(危ない危ない……何考えとんのか知らんけど、俺は自分ら陽キャとは違うカテゴリーや。変な考えは起こすなよ……)


 徹郎は廊下の角を曲がったところで、足を止めた。校内に居る間は愛那は護衛対象だ。今回は彼女からの接触を阻む為に敢えて先に教室を出たが、しかしこのまま帰る訳にはいかない。

 愛那が校門を出るまでは、徹郎も校内に残らなければならないのだ。

 その愛那は、すごすごと仲良しグループの間に戻ってゆく。

 徹郎は幾分ほっとして胸を撫で下ろした。

 が、そんな徹郎の肝を絶対零度にまで冷やしてしまいそうな事態が生じた。


「あれ? お兄さん、もしかしてうちのガッコだったの?」


 まさか――徹郎は愕然とした思いで、声が流れてきた方角に面を向けた。

 そこに、夏休み中に出会った派手なギャル美女、紗季が学校指定のブラウスとネクタイ、そしてチェック柄のミニスカート姿で佇んでいた。

 彼女は心底嬉しそうな笑顔を浮かべて、廊下をずかずかと歩いてくる。


「ねぇねぇ徹郎、あんたどこのクラス? っていうか、引っ越してきたってことは、もしかして転校生だったんだ?」


 更に間の悪いことに、愛那のグループのひとりらしい如何にも陽キャっぽい男子が紗季の声に引っ張られる格好で、廊下へと出てきた。


「あれー? 遠藤、お前今頃……っていうか、お前、なんでそいつと話てんの?」

「あー、東ぁ、このお兄さんだよ。ほら、夏休みにうちが鉄板グリル奢って貰った」


 徹郎は思わず天井を見上げた。

 まさか、よりによって紗季がクラスメイトだったとは。

 これはもう完全に想定外だった。

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