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70.関西弁セクシー理論の謎

 横浜市内、某所。

 転校先の私立湘慶高等学校から徒歩で20分程の位置に、新しくマンションを購入した徹郎。

 それも結構な価格で、所謂高級マンションの部類に入る。

 名義は、今回は矢崎オフィス長に借りることにした。真田は再び米国へとんぼ返りする為、彼の名で物件の購入を進めることが出来なかった為である。

 それにしても、流石にCIAは仕事が早い。

 今回の様な高級マンション購入には通常何日もかかるところを、役所や日本国政府に顔を利かせて強引な程の手際の良さで、僅か二日で所有権移譲を確定させてしまった。


(まぁ、この辺の仕事の速さはいつものことか……)


 徹郎は内心で苦笑しながらも、新居での生活をスタートさせた。

 新居内には既に必要なものはあらかた運び込まれており、そこそこの防音と耐震動を備えた即席の訓練部屋まで用意されているというおまけ付きだった。


(前回はちょっと、ようけ集まり過ぎたからな……今回はなるべく、ひっそりいっとこか)


 灯香梨を助けたことが切っ掛けで、色々な友人がひっきりなしに出入りすることになって旧宅。が、今回は一般人として生活することが目的ではなく、飽くまでも任務の一環だ。

 今までの様に普通の高校生として友人を自宅に招くなどの生活は、少し避けた方が良いかも知れない。

 そんなことを考えながら、早速街中へと繰り出してみる。

 まだまだ陽射しが強い八月の後半。

 道行くひとびとは依然として薄手の衣服で通りを歩き、特に若い男女などはこれでもかという程に健康的な肌を露出させまくって、若さと色気をアピールしていた。

 そんな中で徹郎は、味気ない白いTシャツに黒いスウェットジャージパンツを合わせただけの地味ないでたちで、賑やかな繁華街をのんびりと歩いてゆく。

 横浜には過去に何度か、諜報員訓練の為に訪れたことがある。しかし然程に詳しい訳でもない為、こうして探検がてら情報収集に廻るというのはどうしても必要だった。

 それにしても、時々ちらちらと視線が飛んでくるのは、どういう訳だろう。

 別にこれといって着飾っている訳でもないし、極端に妙な衣服で変装している訳でもない。

 然程に注目を集める格好でもない筈なのだがと内心で小首を捻りつつ、それでも容赦無く浴びせられる視線の数々に、何となく不気味なものを感じていた。


(あかんな……諜報員としては、まだまだやな)


 徹郎は己の未熟さに渋い表情を浮かべた。

 そうしてカフェやレストランが並ぶ通りを何の気なしにぶらぶらしていると、不意に横合いから若い女性の声が飛んできた。


「ねぇお兄さん、ひとりぃ?」


 顔を向けると、如何にも大勢の男と遊んでますよ的なギャルっぽい美女が、露出の多いセクシーないでたちで佇んでいた。

 所謂逆ナンというやつか――しかし、徹郎は周囲に視線を走らせた。自分に声がかけられたのかどうか、今ひとつピンと来なかったからである。


「だからぁ、お兄さんだってば」


 そのギャルっぽい美女は可笑しそうに歩を寄せてきた。どうやら間違い無く、徹郎に声をかけているらしい。しかし何故、自分なのか。

 徹郎にはよく分からなかった。


「え? 俺なんですか? 何でまた俺なんかに」

「えー、だってめっちゃイケメンじゃん」


 そのギャルっぽい美女は何故徹郎がぼっちなのか、どうして女のひとりも連れていないのかが物凄く不思議に思えたという意味の台詞を放ってきた。


「ってか、お兄さんぐらいのレベチなイケメンなら、フツー女連れてるよね」

「いや御免、よう分からん。どういう基準?」


 中学卒業相当年齢まではひたすら、諜報員の訓練に明け暮れていた。一般的な青年の常識など当然、身についていない。

 そして絹里高校では陰キャぼっちスタイルを通していた。矢張りここでも当然、陽キャ連中とは隔絶した生活を送っていた。

 だから目の前のギャルっぽい美女がいうところの普通というのが、全く理解出来なかった。


「えー? うっそ、マジで? もしかしてお兄さん、ドーテー?」

「もしかせんでも普通に童貞でございますが」


 怪訝に応じる徹郎に、そのギャルっぽい美女はいきなり腹を抱えて笑い出した。

 馬鹿にしているというよりも、徹郎の反応が心底可笑しかったからという感じではあった。


「お兄さん、マジうける~……自分でドーテーって、いっちゃうんだ」

「そこで嘘ついてもしゃあないやろ。バレる時は何してもバレるんやし」


 これは徹郎の本音だ。

 そして同時に、童貞であることに対しては何の気遅れも感じていない。世の中の同世代の男共は童貞であることに妙な引け目を感じる者が多いらしいが、徹郎は別段気にしたことは無い。

 彼にとって重要なのは諜報員として自立できるどうかであって、男のプライドなど全く以てどうでも良いし、眼中にすら無かった。

 そんな徹郎を、ギャルっぽい美女は逆に不思議そうな面持ちで眺めてくる。明らかに興味を惹かれた様子だった。


「お兄さん、めっちゃ遊んでそうなカンジなのに、意外だわ~……ねぇ、良かったらさ、今からうちとどっかで遊ばない?」


 徹郎はまたもや、首を傾げた。

 何故自分が誘われるのか、欠片も理解出来なかった。


「ヤリチンなイケメンなんて、他に何ぼでもおるやろに。自分みたいなギャルは、パリピな陽キャ捕まえとったらエエんちゃうの」

「うわ、それって超差別じゃん。別にヤリチンとか陽キャばっかりが良いって訳でもないしぃ」


 これまた何が面白かったのか、目の前の美女はけらけらと笑った。そんな彼女との妙な交渉が余程に注目を集めたのか、先程まで以上にあちこちから無数の視線が飛んでくる。

 そろそろ逃げた方が良いかも知れない――徹郎は撒きにかかった。


「あんたみたいな綺麗どころは、明るいイケメンさんと宜しくどうぞ。俺は地味なだけのデカブツやし、そもそも釣り合わんて」

「えー? そっかなー? お兄さんの関西弁、めっちゃセクシーなんだけど」


 徹郎は思わず眉間に皺を寄せた。

 関西弁がセクシーなどとは、初めて聞く所感だった。

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