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7.総菜コーナーへのエターナルロード

 漸く、この日の授業が終わった。

 午後の五時間目と六時間目は事実上、背後に陣取る雪奈との一騎打ちだった。

 その攻防は背文字に始まり、付箋紙を用いた手紙爆弾、態と消しゴムを落としての下段後方からによる視線圧迫、果ては教科書のここの意味分からないから教えてというダイレクトアタックなど実に様々だった。


(こいつ……やるな)


 内心で幾らか感心したが、しかしそれは即ち、徹郎自身に心の余裕があることの表れだ。

 雪奈からの攻撃に対し、徹郎は最後まで華麗に善処し続けた。

 諜報員にとっては心理戦と情報戦は、寧ろ自身の土俵だといって良い。時折後ろから変な笑い声が漏れ聞こえてきたが、それもいうなれば徹郎の完璧な返しによって彼女の精神が打撃を受けたからに他ならない。


(俺を揺さぶろうなんて十年早いわ)


 そんなことを考えながら、徹郎は放課後になるや否や、速攻で帰宅準備を整えて教室を飛び出した。

 この時も、クラスメイト達からの視線は四方八方から飛んできている。恐らくは授業中に於ける雪奈との激しい攻防戦を目撃していたのだろう。

 しかし彼らからどの様に思われていようが、知ったことではない。どうせ同じクラスというだけの赤の他人ばかりなのだ。物理的な損害を与えてこないのであれば、放置するに限る。

 それよりも今考えるべきは、近所のスーパーのタイムセールだ。

 下校時間と近隣マダムの買い出し時間がまともにぶつかる上、このタイムセールが開催される三十分間はちょっとした激戦区と化す。


(今日の晩飯は何や……今の俺の腹は、何腹や?)


 何度も己に問いかけながら校門から暫く続く坂道を下り、商店街に入ったところでふと、足を止めた。

 尾行されている――徹郎は背後の幾らか離れた位置で、同じ足跡が校門を出た直後から追いかけてきていることに気付いた。


(撒くか、それとももうちょい様子見るか)


 だがすぐに、答えは決まった。

 後者だ。

 今ここで余計な時間を費やしてしまえば、お得な総菜が売り切れてしまう。それだけは断じて、回避しなければならない。

 徹郎は歩幅を広げて相手の出方を見ることにした。

 歩行ペースを変えるということは即ち、相手に対して、こちらは既に尾行に気付いているぞという暗黙のメッセージを送ることに他ならない。

 それに対して敵がどの様な行動に出るのか。その結果次第で以降の対応も変わってくる。


(足音を消さんってことは、ほぼ素人やな。どこが送り込んできた?)


 だがそれも、飽くまで一次分析に過ぎない。もしかすると敵は態と素人を装って徹郎の油断を誘おうとしているかも知れないのだ。

 ともあれ、徹郎は歩く速度をペースアップした。

 が、ここで思わぬ事態に遭遇した。


(嘘やろ……人数増えとるやんけ)


 徹郎が足を速めたことで、背後の敵も追い縋ろうとすべくペースを上げてきた。当然、足音もより鮮明に、はっきりと徹郎の耳に届くことになる。

 ところが、徹郎は己の分析が誤っていたことに気付いた。

 追ってきていたのはひとりではなく、ふたりだった。恐らく一方の足音が少しばかり大きかった為に、もう一方の足音がカモフラージュされていたのだろう。

 そして現在、追ってくる足音は確かにこのふたつのみ。いずれも己の気配を隠そうともしていないところを見ると、本当にただの素人か、或いは気配を掴まれても構わないと考える程の手練れのいずれかだ。

 前者ならば与し易いが、後者となれば厄介だ。


(さっさとスーパーに入ってまおか……人目の多い所やったら迂闊に仕掛けてもこんやろ)


 徹郎は更にペースをぐいぐい上げ、行き交う小学生やおばあちゃんの群れの間をスマートに躱しながら目的のスーパーへと飛び込んだ。

 そして店内は既に、夕方前のマダムラッシュに突入しつつあった。

 この時、美味そうな焼き魚の匂いが徹郎の鼻腔をくすぐった。その瞬間、今宵のおかずは決まった。


(焼きサバ定食や!)


 徹郎は一直線に総菜コーナーを目指した。

 エントランスで買い物かごをピックアップする流れる様なムーヴに続き、カットサラダともやし二袋をノールックでかごに放り込む様は、そんじょそこらの男子高校生では真似出来ないだろう。

 野菜で栄養バランスを取るのは、大事だ。加えてもやしは、レンジでチンすればそのままで食える。


(見えたで……あれか!)


 総菜コーナーに、本日のオススメと題して焼きサバが幾つも並んでいた。店頭に並んでいるのはいずれもパック済みのものばかりだが、尚も美味そうな匂いが漂ってくるのは、バックヤードでまだまだ調理が続いているのだろう。

 もう辛抱堪らん。この焼きサバ、美味そうに見えるのにも程があるだろう。

 徹郎は逸る気持ちを抑えながら焼きサバが並ぶ総菜コーナー前で仁王立ちになった。

 ところが――。


「へぇ~。ぼっち君、今日の晩御飯のおかず、焼きサバにすんの?」


 その時、聞き覚えのある声と聞き覚えのある足音が迫ってきた。

 まさか、そういうことなのか。

 徹郎は左手から飛んできた声の主をじろりと見遣った。雪奈だった。


「んも~、あんなに急いじゃって……あ、でも、その気持ちちょっと分かるかな。ここの総菜、美味しいもんね~」

「っていうか、何で自分、ここおんの?」

「えぇ~? だってぼっち君、今日の晩御飯スーパーで決めるっていってたじゃん。そんなの、気にならない方がおかしいんじゃない?」


 いやいや気になる方がおかしいやろう、という台詞が喉元まで出かかったが、やめた。いったところで、通じる相手だとは思えなかった。


「鬼堂君、今夜はお魚にするの?」


 更に今度は逆サイドから思わぬ声。しかし足音は、最初に徹郎を尾行していた輩と同じ響き。

 もうひとりの敵は貴様だったのか。


「ん? あたしの顔、何か付いてる?」


 あっけらかんとした様子で訊いてきたのは、灯香梨だった。

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