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67.守りたい男

 その日の夕刻、ニーナ・ニーナからの帰りに自宅マンション近くのスーパーに立ち寄ろうとした徹郎は、まるで待ち構えていたかの様に店舗前の自販機付近をうろうろしていた礼司に声をかけられた。


「やぁ、鬼堂……ちょっと良いか?」


 徹郎の方から見かけ次第声をかけようかと思っていた為、礼司から接触を取ってきたのは或る意味、渡りに船でもあった。


「買いモンしながらでもエエか?」


 礼司は問題無いと頷き、男ふたり肩を並べてご近所のマダムでごった返す店内へと突入。

 どちらも高身長のイケメン男子であったことから、見る見るうちに色んな方向から視線の嵐が飛んできた。


「んで、何か話あんの?」


 何と無く予感を覚えながらも、徹郎は一応訊いてみた。

 すると礼司は陽キャな癖に、随分とはっきりしない態度で店内をぐるりと見渡したり、何かをいおうとしては途中で止めたりするなど、中々本題に切り込もうとはしなかった。

 最初のうちは買い物かごに必要な食材を放り込みながら礼司の出方を伺っていた徹郎だが、余りに変な動きに終始する彼の姿に、良い加減イラっとしてきた。

 もうこうなったらこっちから切り込んでやろう――徹郎は鮮魚コーナーで足を止めて、礼司に振り向いた。


「どうせ自分、あかりんのことで話しに来たんやろ? んで、結果どうやったんよ?」


 その瞬間、礼司はその場に直立して顔を真っ赤にした。

 サッカー部期待のエースとして大勢の女子から黄色い歓声を浴びてきた筈の彼にしては、随分と初々しい反応だった。が、その表情には暗さは無い。


(お……こいつぁもしかして、もしかすると?)


 少しばかり、前向きな気分で礼司のぎこちない顔を覗き込んだ徹郎。

 礼司は漸く踏ん切りが付いた様で、目線を斜め下に落としながら頭を掻いて、はにかんだ笑みを浮かべた。


「いや実は……OK、貰えたんだ」

「お、やったな谷岡。おめでとさん」


 徹郎は驚きつつも握り拳を掲げてグータッチの構えを見せた。礼司も相当に照れた様子ながら、徹郎が突き出した拳に自らの拳を軽く触れ合わせた。

 ここでやっと気分が落ち着いたのか、礼司は苦笑を浮かべながら小さく肩を竦めた。


「正直いうとな、駄目元だったんだ」


 灯香梨がこれまで、徹郎に対して好意を抱いていることをそれとなく感じていたという礼司。

 実際彼女は幾度と無く徹郎に救われ、相当な恩義を感じているという心情を礼司に対して正直に語っていたらしい。

 それでも尚、灯香梨は礼司からの申し入れを受け入れた。

 一体どの様な心境の変化があったのかと、礼司自身が最も驚いたのだという。


「花辻さんは……鬼堂のことはひととして尊敬しているし、恩も感じている。誰よりも大切にしなきゃいけない素晴らしい友人だとも語っていたよ」


 しかし彼女の中では、徹郎は余りにスケールが大き過ぎて、男性として見るには己が小さ過ぎる様に思えてしまって、卑屈に感じてしまう部分が多いとも語っていたらしい。

 そんな中、対等な気持ちで付き合える男性として礼司の姿が目の前にあったということで、彼女はOKの返事を口にしたという話だった。

 灯香梨が何を以て徹郎を偉大だと評したのか、徹郎にはその辺のことはよく分からない。

 そして鉄論自身、灯香梨の決断に対してどうこういうつもりは端から無かった。ひとには誰しも、己の進む道を選択する自由がある。

 勿論、前に進もうとしている者の背中を押すことは悪いことではないと思っているが、灯香梨と礼司の下した結論について、自分などがあれこれ口を挟んで良い問題では無かった。


「せやけど自分、これからが大変やで」

「そりゃあ、そうだよな。部活もあるし、花辻さんとの時間も取りたいし……」


 幾分惚気た表情で頭を掻く礼司。

 しかし徹郎がいいたかったのは、そんなことではなかった。


「ちゃうちゃう、そうやない。自分、部活の練習ん時でもファンの子らが応援してたんやろ? その子らの矛先が下手したら全部、あかりんの方に向いてまうで」


 ここで礼司は漸く徹郎のいわんとしていたことを理解した様子で、思わずあっと声をあげた。


「あかりんは陽キャやし仲間や友達も多い方やと思うけど、あの子自身は性格的に攻めも守りも苦手な方やと思う。本人だけで周りのジェラから自分を守り切れるかどうか、ちょっと怪しいとこあるぞ」


 徹郎は熱海旅行の初日の夜に、彼女を元カレとその仲間から救い出したことを思い出していた。

 灯香梨はひとが好過ぎるし、優し過ぎる気質だ。

 雪奈や奏恵の様に、自分を守る為にがっちりとガードをかける強さがあれば良いのだが、灯香梨はその辺の精神的な筋力が弱い様に思われる。


「まぁ大抵のことはゆきっぺなり、なえちーなりに訊いたり頼んだりすりゃあエエんかも知れんけど、肝心なとこではやっぱり谷岡、自分次第やろうな」


 この徹郎の言葉に、礼司は神妙な面持ちで何度も頷き返していた。

 今はまだ夏休み中だから礼司と灯香梨の関係を知る者はそう多くないだろうが、二学期が始まると、少々面倒なことになるかも知れない。

 礼司は腕を組んで天井を見上げた。


「まぁ俺みたいに最初からクラスん中で浮いてる奴は誰も相手せんから全然エエんやけど、谷岡もあかりんも人気者同士やからな……やっかみとかも凄いと思うで」


 逆に、このふたりだからこそお似合いだと諦める者も居るだろうから、誰を味方につけ、誰を警戒すべきかを上手く見極める必要があるだろう。


(俺の観察技法を教えてやってもエエけど……そこまで気ぃ廻るやろか)


 流石にCIA諜報員式の人間観察法をそのまま伝授する訳にもいかないが、一般論としてある程度の防御法を教えてやるぐらいのことは、しても良いかも知れない。


「なぁ鬼堂……色々、教えてくれないか」


 礼司は素直に頭を垂れた。

 好きな女性の為なら、全力で頑張ろうという姿勢が真っ直ぐに表れている。

 こういう男は見ていて気持ちが良い――徹郎は、礼司への協力をその場で決めた。

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