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66.新人メイドの存在感

 数日後、徹郎は久々にニーナ・ニーナを訪れた。

 例の転売騒ぎで、何人かの女性スタッフが警察のお世話になったり、或いはコンカフェ関連組合から呼び出されて吊るし上げられるなどして精神的に参ってしまい、退職もしくは懲戒解雇などで店舗を離れることになったらしい。

 流石にこれだけの人数が一気に辞めてしまうと、ニーナ・ニーナとしても経営が立ち行かなくなる。

 そこで何日か休みを取って、その間に新規スタッフを募集したり、新人研修に勤しんだりと、本格的な再建に向けて動き出していたという話だった。

 徹郎は、その営業再開初日に新しく買い込んだラノベを紙袋に詰めて来店した。

 すると別テーブルから手を振ってくる他の客の姿が。よくよく見ると、飯村孝だった。そしてその同じテーブルには守の姿もある。

 彼らが陣取っているテーブル上には何冊かのラノベが積まれており、どうやら徹郎と同じく、このニーナ・ニーナをラノベ読書の聖地として見定めた雰囲気が伺えた。

 勿論、やっていることは徹郎も同じだったのだが。


(いや……案外ここ、ラノベ読むには丁度エエんよな)


 徹郎はニーナ・ニーナの読書カフェとしての適性の高さを密かに評価していた。

 他のコンカフェの様に、女性スタッフが仕事だとばかりに無闇矢鱈と話しかけてくることも無く、来店客の好きな様にさせてくれるのがまず有り難い。

 更に価格設定も良心的で、長時間居座るのには然程苦にならない値段のメニューが、お品書き上にずらりと並んでいる。

 案外、この読書カフェとしての高機能性が評価され、SNS上でバズったりするのではないだろうか。

 そんなことを考えながらアイスココア片手に買ってきたばかりのラノベに目を通していると、不意に店舗入り口付近から、どこかで聞いた声が響いてきた。


「お帰りなさいませぇご主人様ぁ~」


 思わず、その方向に視線を向けた。

 訪れた男性客に接客しているのは、雪奈の様に見えた。というより、雪奈にしか見えなかった。

 ニーナ・ニーナの女性スタッフ制服である、ミニスカートのメイド服に身を包んだ雪奈が、たった今来店した男性客を他の女性スタッフに引き継いでいる。

 そして彼女は徹郎の視線に気づくや、サムズアップしながらイェーイ、などと笑顔を向けてきた。


(いやいやいや、イェーイやあらへんがな)


 徹郎は困惑する程でも無かったが、多少驚いたのは事実だった。

 まさか雪奈が、コンカフェで女性スタッフのアルバイトを始めようなどとは、少し予想外だった。彼女は別段オタクやサブカルチャーの造詣が深いという訳でもなかった筈なのに。

 確かに彼女の容姿は美しく、柔らかな巨乳は如何にも男性客好みだといえるだろう。しかしコンカフェ女性スタッフにとっては極めて重要となるオタク式トーク術は果たして、合格点に達しているのだろうか。

 別段徹郎の財布に影響がある訳でもなかったが、何となく心配になっていた。


「あ、キーナちゃんなら大丈夫よ。彼女意外とアニメとか見てるみたいだから」


 徹郎のテーブルにお冷を注ぐ体で近づいてきて、さり気に言葉を交わした沙璃耶が、安心しろとばかりに穏やかな笑みを向けてきた。


「ゆきっぺ、ここではキーナなんや」


 雪奈の最後二文字から、そんな源氏名を付けたのだろうと思われる。沙璃耶と似た様なパターンだった。

 本人に自信があるのであれば、問題は無さそうか――であれば監視は不要だとばかりに、徹郎は手元のライトノベルに視線を落とした。

 ところがそれから十数分も経たないうちに、今度は違う意味での変な声が店舗入り口から流れてきた。


「お帰りなさいませぇご主人様ぁ~」

「んおぅ? え? マジ? ゆきっぺ?」


 狼狽している男性客の声にも矢張り、聞き覚えがある。裕太だった。

 つい先日、熱海への旅行で雪奈に告白したばかりの彼が、その告白相手のメイド姿に驚き慌てている。その心理は理解出来ないでもない。


「いえ、ここではキーナと申しますぅ、ご主人様ぁ」


 メイド嬢キーナとして攻勢を仕掛ける雪奈。対する裕太はもう防戦一方だった。その彼が、徹郎の姿を認めるや足早に近づいてきて当たり前の様に相席した。


「うぉい鬼堂。あれ、どーなってんだ?」

「いや、俺も知らんて。ついさっき、俺も初めて知ったとこやねんから」


 徹郎は何ともいえぬ表情で裕太に視線を返し、次いで店舗入り口でお出迎え担当として立ち続けている雪奈に目を転じた。

 今のところは入店してまだ日が浅いから、お出迎え担当で客の顔と名前を覚えようとしているのだろう。

 しかし雪奈は元来ひと好きする性格だから、この仕事は案外向いているのかも知れない。

 ただ問題は、裕太だ。雪奈が不特定多数の男性客と毎日親しげに言葉を交わしている様子を、彼は黙って見ていることが出来るだろうか。

 徹郎がその旨を告げて疑問を呈すると、裕太は微妙に乾いた笑いで、馬鹿にすんなと応じた。


「あ、あれだって仕事の内なんだから、俺がいちいち気にする必要なんか無ぇよ」

「ふぅん……」


 だがその割には、雪奈が男性客を出迎えて猫撫で声で挨拶すると、その都度裕太は店舗入り口方向に落ち着かない様子でちらちらと視線を送っている。


(いやいや、めっちゃ気にしとるがな……)


 徹郎は内心で苦笑を滲ませた。この裕太の反応がいちいち面白過ぎて、ラノベに集中出来なかった。

 ところがその裕太、沙璃耶がアイスコーヒーを運んでくると我に返った様子で、徹郎に向けて身を乗り出す格好を見せた。


「まぁゆきっぺのことは一旦措いとくとしてだな……それよか聞いたか、谷岡のこと」

「ん? いや、何も聞いてへんけど……あ、もしかしてアレか。あかりんに凸ったんか」


 徹郎の問いかけに、裕太はにやりと変な笑みで応じてきた。


「遂にあいつも、やりやがったぜぇ……いやぁ~、俺ぁもう嬉しくって嬉しくって、涙が出るぜぇ」

「自分、余裕やな……」


 お父さんムーヴに入り切っている裕太に徹郎は呆れながら、お出迎え担当として元気に声を上げている雪奈にちらりと視線を流した。

 しかし雪奈からは灯香梨と礼司の動向に関して、何の情報も出てきていない。

 ということは、礼司の告白は一部の男子のみが知る極秘事項なのだろうか。

 これは是非とも、後でじっくり話を聞く必要があった。

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