65.ラノベオタクだったエース
沙璃耶も横合いから、覗き込んできた。
そして徹郎がリストを何度かスクロールさせていると、突然彼女が悲鳴に近い声を漏らした。
「あ、これ……うちの制服じゃん!」
その瞬間、守も孝も沙璃耶が指差す一点に目が釘付けとなっていた。
出品されている幾つもの品々の画像の中に、ニーナ・ニーナのメイド服が紛れ込んでいたのである。
その出品者のハンドルネームは勿論本名ではないが、沙璃耶はその綴りから、女性スタッフのひとりに違いないと即座にアタリを付けた。
「うっそ、冗談でしょ……転売だけじゃなくて、これどう見ても盗品だよ」
沙璃耶曰く、ここ最近ニーナ・ニーナの女性スタッフ用メイド服が何着が行方不明になっており、オーナーが嘆いている姿を何度も見かけたことがあるという話だった。
恐らく、それらはいずれもこの中古取引アプリ上で売買されていたのに違いない。
転売は厳密にいえば違法ではないが、店舗の財産を勝手に売り飛ばすのは、間違い無く違法だ。これはもう、黙って見過ごす訳にはいかない。
「すぐにオーナーに連絡入れます」
沙璃耶は廊下に出て、電話連絡を取り始めた。
一方、室内に残った三人は、孝をメインとして女性スタッフらが転売品扱いで出しているものと思しき品々を吟味し続けた。
彼女達はサブカルチャー分野で、実に色々な品を転売している様であった。フィギュアからトレーディングカード、更には諸々の玩具やプラモデルなど、その種類は多岐に亘っている。
当然、個人でここまで捌くのは無理だ。恐らく彼女らの背後には、何らかのバックアップ組織が控えているものと思われる。
CIAとしては別段目くじらを立てる程の相手でもないだろうが、各地方の商工会や組合からすれば、堪ったものではないだろう。
「中々、えげつないことやっとるなあ」
徹郎がふと、そんな感想を口にした時、沙璃耶が廊下から戻ってきた。その表情は重く、これまでにない程に真剣な色を帯びていた。
「警察に被害届を出すって。それから、コンカフェの組合にもすぐに連絡取るらしいわ」
最早これは、警察が動き出すべき事案だ。高校生や浪人生だけが内々で突き止めようというレベルを超えてしまっている。
或いは、もしかすると他のコンカフェに於いても、、女性スタッフが同様の犯罪に手を染めている可能性があった。この件は、氷山の一角なのかも知れない。
そういう意味では、この問題に焦点を当てた孝の功績は決して無視出来ないだろう。
ここで沙璃耶が背筋を伸ばして正座となり、そのまま深々と頭を下げた。
「ニーナ・ニーナを代表しまして、飯村孝さんに御不便御迷惑をお掛けしましたこと、心からお詫び申し上げます」
「あ……い、いえ、そんな……リーアちゃんが悪い訳じゃないのに……!」
孝は大いに慌てたが、しかし徹郎には沙璃耶の気持ちが何となく理解出来た。孝に迷惑をかけたことを申し訳無く思う一方で、庇おうとしていた、或いは守ろうとしていた同僚達に裏切られたという思いが、彼女の中では相当に強くなっているのだろう。
実際沙璃耶は孝に頭を下げつつ、悔しそうに奥歯を噛み締めている様子だった。
そして孝は改めて、説明した。
彼がこれまでストーカー紛いの行動に出ていたのは、転売を繰り返している女性スタッフらがどの種類の店舗に向かい、どの様な品々を捌こうとしているのかを、自分の目で確かめようとしていたらしい。
転売それ自体は違法ではない為、警察に届け出ることは出来ない。
その一方で、彼はニーナ・ニーナから出禁を喰らっている。となると、出来ることといえばストーカーの様に転売する女性スタッフをひたすら追跡する以外に無かったのだろう。
傍目から見れば孝の方が犯罪者に見えるのだが、事実は違った。寧ろ孝の方こそ、余程にニーナ・ニーナのことを思い、考えていたといって良い。
そんな彼に対し、ニーナ・ニーナは女性スタッフの証言や訴えだけを鵜呑みにして、孝に出禁処分を下してしまった。とんでもない冤罪だったといわざるを得ない。
沙璃耶が孝に対して、心の底から申し訳無く感じたのも頷けるというものであろう。
「こんなこと、何のお詫びにもならないとは思いますが、まず孝さんへの出禁処分は即刻即日、解除とさせて頂きます。この度は重ね重ね、申し訳ございませんでした」
沙璃耶の潔い程の謝罪に、孝は照れ臭そうにはにかんだ笑みを返すばかりであった。今ここで何をいっても、沙璃耶はひたすらに申し訳無かったと謝罪を繰り返すだけだろう。
であれば、ここはもう素直に彼女からのお詫びを受け入れるしかない。孝はこそばゆい感情を面に浮かべて、乾いた笑いを漏らしながら頭を掻いた。
この後のことは、店舗としてのニーナ・ニーナと、所属するコンカフェ関連組合に任せれば良い。沙璃耶は飽くまでも雇われた側に過ぎないから、彼女が出来ることはここまでである。
と、ここで沙璃耶は何気なく本棚に視線を移し、あっと小さな声を漏らした。
「あ……ねぇ飯村君、貴方、このシリーズ全巻揃えてるの?」
「え? あぁそれですか……はい、僕も昔から好きな作家さんだったので」
沙璃耶は、本棚の一列をまるまる占めているライトノベルのシリーズ全巻を、どこかきらきらした表情で見つめていた。
「これって今、中々手に入らないのよね。私も結構、色んな本屋さんで探してみたけど、どこも入荷予定が無くて、取り寄せにもすっごい時間かかるとかいわれちゃったし……」
「あ、良かったら持ってって下さい。僕はもう何回も読み返してて、最近は本棚の飾りみたいになってる状態でしたから」
守が気さくに笑うと、沙璃耶は更に嬉しそうな笑顔で勢い良く振り向いた。
「え! 良いんだ! マジで、良いんだ! じゃ、じゃあさ、こっからここまで、全部借りてって良い?」
物凄い食いつきっぷりに、徹郎は意外な面を見たと苦笑を禁じ得なかった。
絹里高校女子ソフトボール部エースは、実はラノベオタクだった。
尤も、コンカフェでメイド姿を披露している時点で、或る程度その素養は伺えていたのかも知れないが。




