64.兄からの告発
飯村家は、分譲マンションに住んでいる。
そのエントランスのインターホンで来訪を告げると、クラスメイトの守がロックを解除してくれた。徹郎と沙璃耶は自動ドアを抜けて二階の廊下へと歩を進める。
階段を上り切ったところで、既に守が来客を待ち構える格好でドアの外に出ていた。
が、ここで守は心底驚いた様子を見せた。
徹郎が教室で普段見せている野暮ったい陰キャぼっちスタイルではない上に、沙璃耶という美女を伴って訪問してきたからだろう。
日頃、徹郎は教室内では陽キャ連中とは距離を置き、己の趣味に没頭する形で半ば孤立している。
守も基本は徹郎と同じだが、それでも一応は他のクラスメイトと普通に接する程度のコミュニケーションは保っている方だった。
それなのに今夜は、明らかに徹郎の方がスクールカースト上位の様ないでたちであり、しかも美女同伴ときたものだから、ショックを隠し切れないのに違いない。
「あの……えっと……君、間違い無く鬼堂君……だよね?」
「え? あ、あぁ~、あ、そうか……いつもと格好違うからか……」
徹郎も漸く、己の迂闊さに気付いた。
試験休み期間中に加え、夏休み初日から素顔のままで生活している為か、つい己の教室内でのスタイルを忘れがちになってしまっていた。
任務ならば絶対にこんなミスは犯さないが、何といっても今は普通の高校生として生きる一般市民扱いだ。諜報員候補生当時の緊張感が若干失われていると取られても、仕方が無いだろう。
そんな徹郎の狼狽を他所に、沙璃耶が一歩進み出て守の手を取った。
「こんばんは! 夜分遅くにすみません! 私は二年の結城沙璃耶と申します! 君が、飯村守君?」
「あ、えぇ、はい……僕が飯村、です」
守はもう緊張で全身ががちがちに固まってしまっている様だ。それもそうだろう。沙璃耶といえば絹里高校女子ソフトボール部の絶対的エースであり、男女を問わず多くのファンを持つ美貌のアスリートだ。
そんな彼女が、一年D組に於ける陰キャの代表格たるラノベ好き少年の自宅を理由も不明のままいきなり訪れたのだから、緊張するなという方が無理な話だろう。
しかし、このまま守が驚きと緊張で硬直しっぱなしでは話が先に進まない。
徹郎は陰キャぼっちスタイルを貫かなかった己のミスについては一旦忘れることにして、神妙な面持ちで守に再度、声をかけた。
「飯村君、ちょっと大事な話があってな。君のお兄さんの孝さんに纏わることやねんけど、その孝さんとの関係者として、こちらの結城さんに来て貰たんや」
「え? あ、そ、そうなんだ。でも、うちの兄貴が一体、何を……」
と、その時だ。
飯村家の部屋のドアが開き、内側から見覚えのある顔が姿を見せた。
「おぉ~い、守ぅ……そろそろ中戻れよ。あんまり長い間外に居たら、虫に刺されちゃうぞぉ~」
守の兄、孝だった。
彼は弟に来客があることを知らなかったのか、ぺこりと頭を下げて会釈する徹郎に幾分驚いた様子で挨拶を返したが、しかし彼のその視線は、徹郎の傍らに佇むひとりの美女に釘付けとなっていた。
「え……リ、リーアちゃん? なななな何で、うううちの前にぃぃぃぃ?」
見ていて気の毒になるくらいに狼狽している孝。
彼のオタクの兄貴としての初々しい程の困惑ぶりを見ていると、本当にストーカーなどという大それたことをやってのけるのか、大いに疑問が湧いた。
しかし演技である可能性も、無くはない。
徹郎は改めて、沙璃耶を孝に紹介した。
「こちら、うちの高校の二年生の結城さんです。孝さんとは、ニーナ・ニーナの店内でよくお顔を合わせておいでかと思いますので、あんまり詳しい紹介は要らんかなと思いますが」
半ば呆然と徹郎の言葉に反応しながら、それでも尚、沙璃耶の美貌を真正面から見つめ続ける孝。彼を襲った衝撃は、どうやら相当な破壊力をもたらしていたらしい。
出来れば徹郎もこんな形で孝を訪問したくはなかったが、ここは敢えて心を鬼にする必要があった。
「孝さん、俺が結城さんをお連れしてこちらにお邪魔させて頂いた理由、お心当たりありますよね?」
「あ、あぁ……うん、何となく、分かってるよ……」
意外にも、孝はすんなりと認めた。が、逃げ出そうという素振りは僅かにも見られない。
一方、弟の守は訳が分からないといった様子で、自身の兄と突然現れた美貌の先輩の双方を、何度も見比べていた。
「飯村君、もし良かったら、どこかでお話させて貰えんやろか。勿論、お兄さんも御一緒で」
徹郎の申し入れに、守は漠然と頷き返した。
この近くには喫茶店やファミレスなどは無い為、結局は飯村家の宅内、守の部屋に場所を移そうということになった。
◆ ◇ ◆
それから、十数分後。
守の部屋にお邪魔させて貰った徹郎と沙璃耶は、孝も加えた飯村兄弟を前にして、ニーナ・ニーナでの問題について手短に説明を加えた。
その間、孝は殊更に表情を消している様に見えた。彼は冷静に、沙璃耶が語る内容に耳を傾けていた。
「そんな……兄貴がストーカーだなんて……」
「勿論、俺も結城さんも孝さんがクロと決め付けた訳やない。せやからこうして、直接お話を伺いにお邪魔させて貰たんや」
徹郎の言葉に、成程と頷き返しながら僅かに安堵の色を滲ませた守。
一方の孝は、ぎゅっと唇を噛み締めて必死に感情を堪えている様にも見えた。
「それで孝さん、単刀直入にお聞きしますけど……何人かの女性スタッフにストーカーっぽいことやってたのは事実なんですか?」
「まぁ、あれがストーカーっていうなら……うん、それは正しいといえるかも知れない」
孝は静かに頷き返した。
この瞬間、守は絶望的な表情で自身の兄を凝視した。が、孝の表情には、何かに訴えかける色が見える。
徹郎は、沙璃耶と顔を見合わせた。
どうやら何か事情があるらしい。
このまま断罪するのではなく、孝の口から直接話を聞き出すべきだとの結論に達した。
「孝さん、お話、伺っても宜しいですか?」
徹郎の問いかけに、孝は静かに頷き返した。そして彼は、自身のスマートフォンを取り出した。
その画面上には、中古品取引アプリが表示されている。
「正直、申し上げにくいことだけど……僕をストーカーだと告発している女性スタッフは、このアプリ上で転売行為を繰り返しているんです」
成程、そういうことだったのか。
徹郎は表情を引き締めて、改めてそのアプリのリスト上に並んでいる諸々の品を凝視した。




