63.事案調査の相棒
徹郎は箸を止めたまま、沙璃耶から手渡されたチェキをじぃっと見入っている。
眉間には皺が寄り、その鋭い眼光は沙璃耶と一緒に手でハートの形を作っている二十歳前後の男の顔を射抜く様な勢いで睨みつけていた。
「鬼堂君、さっきから黙り込んじゃったけど……もしかして、知ってるひと?」
沙璃耶に訊かれて、どう答えるべきか悩んだ。
が、今はまだ真相が何ひとつ分かっていない。飯村孝が本当にストーカー犯罪に手を染めたという確証も無い現段階で、彼を悪人と一方的に決めつけるのは性急過ぎるだろう。
ならばここは――徹郎は腹を括って、借りていた写真を沙璃耶に返した。
「はい、知り合いです。飯村孝さん……うちのクラスに居る飯村守君のお兄さんです」
「え、そうだったんだ……」
沙璃耶も戸惑いを隠せない。
つい先程までは、この出禁客を悪だと決めつけて断罪する勢いだったが、徹郎のクラスメイトの兄だと分かった以上、下手に追及するのは拙いとでも考えたのだろう。
その心理は分かる。
徹郎とて最初は、孝が何をやらかしたのかと頭痛を覚えたのは事実だ。それが実際にストーカー被害を受けているニーナ・ニーナ女性スタッフの同僚ならば、最初から敵愾心を抱いたとしても無理からぬ話だった。
だがここからは、慎重に事を運ばなければならない。
友人の兄を信じたいという思いと、沙璃耶の同僚を守ってやりたいという葛藤の間で相当に気分が揺らいでいるが、それでもここは冷静になって、事実を正確に把握しなければならないだろう。
ならばまず、最初に打つべき手はひとつだ。
「……直接、訊きにいってみますか」
「え? いきなり?」
徹郎の低く短いひと言に、沙璃耶は目に見えて狼狽した。が、徹郎は本気だった。
本人の口から事情を聞き出すのは、捜査の基本中の基本だ。仮にその中に虚偽があったとしても、そこから相手の心理や思考を読み解くことが出来る。
こういう場合、自白に優る証拠は無いというのが徹郎のスタンスだった。
「ちょっと待ってて貰って良いですか」
徹郎はスマートフォンを取り出すと、SNSの通話機能でコールしながら席から立ち上がり、トイレ付近の通路にまで移動した。
程無くして、通話相手が応答に出た。飯村守だった。
「あ、飯村君、急に御免な」
「おや、鬼堂君じゃないか。珍しいね。一体、どうしたんだい?」
徹郎は兄の孝については何も触れず、少し訊きたいことがあるのでこれから家を訪ねて良いか、とだけ問いかけた。
守は通話回線の向こうで幾分驚いた反応を返しつつも、問題無いとの応答を口にした。
「ほんなら……ちょっと今、晩飯食うてるとこやから、それ終わり次第そっち向かうわ」
「うん、分かった。僕もまだ晩御飯の最中だけど、鬼堂君が来る頃には出迎えられる様にしておくよ」
そこで通話が切れた。
徹郎は席に戻るなり、まだ食いかけの生姜焼き定食を大急ぎで胃の中に掻き込み始めた。
「え、ど、どうしたの? そんなに急いで食べて……喉、詰めちゃうよ?」
「これ食うたら、飯村君とこに行ってきます。あんまり遅く行ったら向こうも迷惑でしょうから」
するとどういう訳か、沙璃耶も大慌ててパスタセットを平らげにかかった。彼女はソフトボール部のエースであり、日頃から体作りの為に量を多く食べることに慣れているのかも知れない。徹郎に負けないぐらいの結構な速さで、パスタセットを一気に片付けていった。
「結城先輩、そんな無理せんでもエエですよ」
「そういう訳には、いかないわ……だってニーナ・ニーナの一大事なんだもん」
この時、徹郎は成程と内心で頷いた。
沙璃耶は自分が所属する組織に対しては、強い忠誠を示すタイプであるらしい。
尤も、そうでなければチームスポーツには向かないだろう。
自分だけが活躍するのではなく、自らが泥臭く貢献することでチームに勝利をもたらすことを是とするのであれば、彼女が同僚の女性スタッフの為にひと肌脱ごうという発想を持つのも、十分に頷ける。
(成程……伊達にエースやってはる訳やないんやな)
徹郎は、仲間の為に頑張ろうとする沙璃耶を頼もしいと感じた。彼女ならばきっと、感情や目先の情報に踊らされること無く、正確に物事を見抜き、理解しようとするだろう。
事案調査のパートナーとしては、適任であるといえる。
「ほんなら、いきましょか」
一気に平らげた所為か、多少胸焼け感が残るものの、徹郎は伝票を手にして立ち上がった。ところがその薄っぺらい紙片を、沙璃耶が強引に奪い取った。
「今日は私の奢りっていったでしょ?」
「あぁ、そういえば……」
徹郎は苦笑を滲ませながら、頭を掻いた。こういうところも、彼女は実にきっちりしている。
後輩の面倒見が良い頼れる先輩という噂はどうやら本当らしい。
その沙璃耶がレジで会計を済ませている間、徹郎は店外で思考を巡らせていた。
飯村家に到着後、どの様な展開になり得るのかを色々とシミュレートしてみる。
最悪なのは孝がストーカーの罪を認めて暴れ回る様な事態に直面した場合だが、これまでに何度か彼と接してきた徹郎自身の感触からいえば、恐らくそれは無いだろう。
(けど、正直に話してくれるかどうかも、まだ分からんしな)
孝が在宅だった場合、どの様に話を持ってゆくべきか。徹郎は尚も考え続けた。
(いや……下手な小細工は相手に時間稼ぎの隙を与えてしまうか……ここはド直球、真正面からのストレートでいった方がエエな)
大体、考えは纏まった。
と、そこへ会計を済ませた沙璃耶がドアの奥から姿を現した。
「お待たせー。じゃ、行こうか」
彼女のそのひと声を受けたところで、徹郎は飯村家に向けて歩を進ませた。




