61.落札されそうな男
結局、二日目の夕食後は女子部屋でのトランプなどの遊びも無く、それぞれが好きな時間を過ごすということになった。
男子部屋では礼司は動画を視聴し、裕太は布団の上でゴロゴロしながら、何やら物思いにふけっている。
一方、徹郎は読みかけのライトノベルを手にして、部屋の隅で就寝時刻まで時間を潰した。
そして夜も更け、礼司と裕太が海遊びの疲労ですっかり爆睡した頃、今度は徹郎の方から奏恵をSNSで呼び出した。
「うん、良いよ。また例の部屋で」
奏恵からOKの返事を受けた徹郎は昨晩と同じく、別フロアの一室へと向かう。そこで彼は、奏恵に出迎えられた。
何故か期待の笑みを浮かべている奏恵。しかし徹郎は渋い表情のまま室内へ足を踏み入れた。
「昨日の今日でアレやけど、上からOK出た」
「え? そ、そうなんだ……じゃあ、ボクの気持ちを受け入れて……」
ドアを閉めるなり、奏恵は喜び勇んで徹郎に迫る気配を見せた。が、徹郎はそれよりも早く掌を押し出し、待ったをかけた。
「確かに上から許可は下りた。けどな、俺はまだ無条件に彼女を作るつもりは無い」
ここで徹郎は、雪奈に語った内容と同じ説明を繰り返した。
雪奈とは異なり、奏恵は矢崎オフィス長の孫だ。彼女が祖父から前もって何らかの情報を得ている可能性もあったが、しかし今ここでそれを論じたところで大した収穫は無い。
そこで徹郎は奏恵がまだ何も知らないという前提で、自身の彼女になり得る女性像について説明した。
奏恵はどうやら、矢崎オフィス長からは何も聞かされていなかったらしい。徹郎の説明を受けて、心底驚いた表情を覗かせていた。
「そうだったんだ……でも、何となく納得はいくね。オニテツがどうしてこんなに、高校生らしくない程に万能なのか……」
ベッドの端に腰を下ろしたまま、奏恵は考え込む仕草を見せた。
もっと驚き、理解に苦しむものかと思われていたが、意外な程に彼女はすんなりと受け入れている。この点は徹郎自身にも若干想定外ではあったが、奏恵の落ち着いた性格を考えれば理解出来ないという程でも無い。
そんな徹郎の感嘆を他所に、奏恵は尚も腕を組んだままだ。
恐らく自分自身に『腹の据わった女』になれる可能性があるのかどうかを、改めて吟味しているのだろう。
「ひとつ教えて欲しい……ボクの知る限り、オニテツに気がある女子は他にも居るよね……彼女達にもちゃんとこの説明はした?」
「ひとり機会があったから、するだけしといた。他は知らん。何もいうてきてないしな」
これは事実だ。
徹郎の頭の中では、もしかしたら灯香梨も、という可能性はあったが、彼女の方からは徹郎に対して何か気持ちを打ち明けるということはしてきていないから、今のところは対象外というカウントだった。
奏恵は幾分複雑そうな表情ではあったものの、しかし徹郎の対応は公平だとの評価を示した。
「ありがとう……ライバルが居るのは分かってたけど、でもそんな存在が霞んじゃうぐらいに、オニテツの彼女になるハードルは高いね」
奏恵は悪戯っぽく笑った。恐らく彼女も、雪奈と同じ様なことを考えているのだろう。
だが、それならそれでも構わない。徹郎を振り向かせようとする間に、もっと相応しい男が現れれば、きっと奏恵の気持ちもそちらに流れてゆくことだろう。
徹郎としては、寧ろそうあるべきだと考えている。
幾ら奏恵が矢崎オフィス長の孫だとしても、徹郎が歩もうとしている修羅の道に彼女を巻き込むのは余りに酷だ。
奏恵にはごく普通の、当たり前の幸せを謳歌して欲しい。
「でもそうなると、オニテツの脱童貞も中々実現出来ないね……何だったら、ここでヤってく?」
「あのなぁなえちー……そんだけエエ乳と尻でその台詞は冗談にならんから、やめといてくれ」
密室で若い男女ふたり。
例え付き合っていなくとも、体の関係が生じてもおかしくない。
しかし徹郎には鋼のルールがある。そのルールを徹郎自身曲げるつもりは無かった。
一方の奏恵は冗談めかして笑うものの、少し残念そうな表情でもあった。
「でも本当に心配だよ。結婚するまで童貞のままでいるつもりかい?」
「別に構へんよ。必要になったら風俗にでもいって、筆下ろしだけでもしとくわ」
すると今度は奏恵の方が真剣な表情になって、幾分慌てた様子で歩を寄せてきて徹郎の手を取った。
「それだけは、ちょっとやめておかないか? 何だかボクの方が凄く残念な気分になるよ。君の童貞を落札するのはボクだって決めてるんだから」
「いやいや、なえちー、そんなオークションみたいにいわんといてや。そないに簡単にハンマープライスされんのはこっちも敵わん」
この徹郎の表現が余程に可笑しかったのか、自分から落札云々を切り出しておきながら、奏恵はベッドに座り込んでくすくすと笑いを堪えている。
そんな彼女を横目に眺めながら、もう今宵の用は済んだとして、徹郎は男子部屋に戻ろうとした。
ところがそんな徹郎の手を、奏恵が素早く掴み取って引き留めた。
「ねぇオニテツ……これだけは聞かせて欲しい。君は、ボクに迫られて、嫌だなって思ってる?」
「んなこたぁ無いよ。俺が普通にただの高校生なら、多分速攻でOKしとった」
これは嘘ではない。
灯香梨や雪奈も何となくそれっぽい空気を漂わせていたが、しかし彼女らは別段、はっきりと想いを告げてきた訳ではない。
そういう意味では、徹郎に気持ちを最初に打ち明けたのは奏恵だ。彼女の想いは、ひとりの男としては素直に嬉しかったのも事実である。
だが、そういう感情を徹底的に殺し、制御することが出来るのが徹郎だ。嬉しかろうが何であろうが、己の精神を彼女の方向に傾ける様なことは絶対にあり得なかった。
「そっか……うん、ありがとう。今は、それが聞けただけでも満足だね」
奏恵は納得したのかどうかは分からないものの、ひとまずこの場は笑顔で女子部屋へ戻っていった。




