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6.背後を取られて絶体絶命

 そして更に、問題が複雑化した。

 少なくとも徹郎は、そう考えていた。

 それは昼休みが終わり、教室へと戻ろうとした際のことだった。

 授業間の小休憩の時と同じく、ひとりでささっと教室内に戻ろうと考えていたのだが、どういう訳か雪奈が徹郎の横に並んで、一緒に教室へと引き返してきたのである。

 前兆はあった。

 彼女は徹郎が屋上から屋内へと入る際も何故か一緒について廻ろうとしていたし、挙句には男子トイレで用を足している際には態々トイレ前で待っているという有様だった。


「自分、何してんの?」

「何って、ぼっち君待ってただけだよ」


 さらりと当たり前の様に返してくる雪奈。

 もうこの時点で何となく、嫌な予感はしていた。

 そしていざ教室へ戻る段になって、疑念は確信へと変わった。雪奈は友達認定した徹郎にぴったりくっついて教室に戻る腹だったのだ。

 後で知ったことだが、雪奈は学年内でもトップクラスの美少女だという話で、彼女を狙っている男子生徒は片手では数え切れない程の人数に達するのだとか。

 明るくて色気もあり、可愛らしい巨乳娘ともなれば、男子の間で密かに争奪戦が勃発していても別段不思議ではないだろう。

 そんな彼女に、スクールカースト最底辺に位置するぼっちの徹郎が同伴してきた。

 事件化しない方が寧ろおかしい。

 実際、徹郎と雪奈が軽い調子で言葉を交わしながら教室に戻ってきた際には、その場に居たクラスメイトが全員、驚きの表情でふたりを出迎えていた。

 灯香梨に至っては、まるで信じられないものを見たかの様な驚愕の顔つきだった。


(いや、そこまで驚く様なもんか?)


 この時の徹郎はまだ、雪奈の学校内での人気ぶりを把握していなかったから、この程度の感想しか抱かなかった。もし事前に知っていたなら、絶対にこの様なミスは犯さなかっただろう。


(まぁ、でもアレか。さっきもこの子いうとったけど、俺って世間的にはぼっちのスケコマシ野郎やもんな。そんなんが見るからにギャルっぽい子と一緒に戻ってきたら、そら変な目で見られるわな)


 などと考えながら、徹郎は自席に戻った。

 そして更に、信じられない事実が判明した。

 雪奈は、徹郎の真後ろの席だった。

 当たり前の様に自席に就いて、五時間目の授業の準備をしようとしていたら、何故か雪奈が徹郎の後ろに陣取っていた。何もそこまで一緒についてこなくてもと軽い調子で考えていた徹郎だったが、まさかそこが雪奈の席だったとは流石に予想もしていなかった。


「え……自分、そこなん?」

「うん、そだよ。ってか、今まで気づいてなかったの? ちょっとそれって、幾ら何でもクラスメイトのこと知る気無さ過ぎじゃない?」


 おかしそうにけらけらと笑う雪奈。

 しかし徹郎にしてみれば、決して笑いごとではなかった。

 一方的に友達認定してきた雪奈が真後ろに居るということは、今後は授業中も油断が出来ないということに他ならない。

 彼女の性格を考えれば、何事も起きないと考える方が無理があるだろう。


(おい、どないすんねんこれ……)


 自問したが、自答出来ない。答えなんて、ある筈も無かった。

 灯香梨の場合は、彼女を遠ざければ灯香梨大好き女子チームも一緒になって遠のいてくれる。

 しかし雪奈はどうだろうか。こちらは物理的にも至近距離だ。離れたくとも離れられない。格闘家にとって背後を取られるということは、それは即ち死を意味する。

 雪奈はいうなれば、心のマウントポジションを取った様なものだ。

 だが、こうなった以上はもう腹を括るしかない。

 まずはこの日の午後一発目の授業、五時間目の地理で雪奈がどう出てくるかを見定める必要があるだろう。

 そうしていよいよ、五時間目が始まった。

 開始直後は特に動きは無い。敵もどうやら様子見といったところか。

 しかし、その平穏も束の間だった。

 授業開始から十分程度が過ぎた頃、背中に何か触れている感触が伝わってきた。これは気の所為ではない。雪奈が指先で、徹郎の背中に何かを描いているのだ。

 一体彼女は、何をしているのか。教師の言葉に耳を傾け、板書をノートに写しながら、徹郎は雪奈の意図を探った。

 そしてしばらくしてから、漸く雪奈の意図が読めた。

 彼女は徹郎の背中に、幾つかの文字を描いているのだ。

 そうと分かれば、対処は可能だ。彼女は徹郎に何を訴えているのだろう。


(き……よ……う……の……ば……ん……ご……は……ん……な……に……)


 最初は意味が分からなかったが、再度これらの文字を頭の中で繋ぎ合わせる。

 すると、ひとつの文章が組み上がった。


「今日の晩御飯、何?」


 彼女は、徹郎の本日のディナーを問いただしてきていたのである。

 まさかこんな時まで食い物の話か――徹郎は雪奈の鉄の胃袋っぷりに、驚嘆を禁じ得なかった。

 だが、ひとつ問題がある。

 実はまだ、今宵の献立は未定だったのだ。帰宅途中に近所のスーパーに寄って、そこで初めて主菜と副菜を決定する腹積もりだった徹郎。

 それ故、この時点ではまだ何も答えることが出来ない。

 徹郎は意を決してスマートフォンの画面上に簡易メモ帳を開き、そこにひと言、


「スーパー寄ってから考える」


 と馬鹿正直な回答を記載して、後ろの雪奈に見える位置にそっと差し出した。

 直後、雪奈が背中越しに、くくくっと笑いを堪える様な反応を返してきた。


(そうか……スーパーで晩飯のおかず買って帰るのって、今どきの女子にはそんなウケる要素なんか……)


 徹郎はこの時、悟りを開いたかの様な心境になっていた。

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