58.エイプリルフールな男
海鮮バルから戻った一行は、ビーチ組と七湯巡りに分かれることになった。
ビーチ組には礼司、裕太、雪奈、灯香梨、奏恵の五人が顔を揃え、七湯巡りは徹郎がひとりでのんびり楽しむという格好となった。
徹郎にいわせれば海なんてどこにでもあるが、温泉は場所が限られる為、絶対湯巡りの方が値打ちがあるという論理だった。
「あ……テツ君、本当にひとりで行くんだ」
ひと通りの準備を終えて、徹郎が温泉セットを提げてホテルのロビーに下りてくると、ワンピース水着姿の灯香梨が少し残念そうな面持ちで小さな吐息を漏らした。
そんな灯香梨とは対照的に、雪奈が柔らかくて大きな胸をわざとらしく上下に揺らしながら、バンドゥビキニ姿を得意げにアピールしてくる。
「まぁ~、徹っちゃんのいうことも分かるんだけどさぁ~……やっぱ若者は海っしょ!」
「おかしいな……俺の方が若い筈やねんけど」
何気に攻撃的なひと言を放った徹郎に、女子三人がどういうことだと物凄い勢いで食いついてきた。
水着姿の美女がスウェットジャージの巨漢を取り囲むというのは、かなり異様な光景である。
「鬼堂君の誕生日って、いつなんだい?」
「エイプリルフール」
奏恵に答えながら、徹郎は七湯巡りのパンフレットを手にして覗き込む。
日本に於いては四月一日生まれまでが早生まれ扱いとなり、ひとつ上の学年になるという決まりがある為、この日に生まれた者は同じ学年内で、誰よりも遅く誕生日を迎えることとなる。
徹郎は四月一日の午後23時59分に生まれた。これより遅く生まれた者はひとつ下の学年となる為、間違い無くこの六人の中では最も若いという話になるだろう。
そんな徹郎の告白に、誰よりも衝撃を受けていたのが雪奈だった。
「うっそ……マ?」
雪奈がショックを受けていたのには、理由があるらしい。聞けば、彼女の誕生日は四月八日。つまり徹郎から見れば一年近い年上ということになる。
礼司と裕太もこのふたりの誕生日差に少なからず驚いたらしく、まじまじと見比べていた。
「いや……どう見ても鬼堂の方がガタイもでけぇし、頭も良いし、老け顔だし……」
「最後のは要らんやろ」
唖然とする裕太に、徹郎は渋い顔を返した。
流石にもう相手などしていられなくなった徹郎は、七湯巡りのパンフレットを鞄に放り込みながら、驚く五人を尻目にロビーを出ようとした。
するとどういう訳か、灯香梨が慌てて駆け寄ってきて徹郎の豪腕に飛びついた。
「……自分、何してんの?」
「ちょ、ちょっと待ってテツ君! や、やっぱりあたしも、七湯巡りに行く!」
必死に訴える灯香梨に、徹郎は露骨に嫌な顔を向けた。
「え~……今からあかりんが着替えんの、待っとかなあかんの?」
「ご、御免ね! なるはやで戻ってくるから!」
それだけいい残すと、灯香梨は大急ぎでエレベーターに飛び乗っていった。
するとそんな灯香梨に触発されたのか、奏恵も七湯巡りに変更するといい出してしまった。
「鬼堂君がいってることが正しい。ビーチなんてどこにでもあるけど、温泉は場所が限られるからね」
「おいおい委員長まで……もぅエエから、着替えんのやったらさっさとしてや」
徹郎は仕方無くロビーの待合用ソファーに腰を下ろし、暇潰しの為に持参していたライトノベルを開いた。
礼司と裕太は顔を見合わせてから、雪奈に視線を注ぐ。雪奈は無言のプレッシャーを浴びて、うぅっとたじろいでいた。
「あ、あたしは、ちゃあんと海行くから、さ……」
「おー、そのひと言を待ってたぜー。流石に野郎ふたりでビーチに繰り出すなんて、切な過ぎるからな」
結局雪奈は、物凄く後ろ髪を引かれそうな顔つきで徹郎をじろりと見遣ってから、礼司と裕太に連れられて真夏のビーチへと繰り出していった。
一方、灯香梨と奏恵は十数分近く時間をかけてから、漸くロビーへと下りてきた。この時ふたりは、ホテルが貸し出している外出用の浴衣に着替えて姿を現した。
上下とも味気の無い地味な色合いのスウェットジャージで固めている徹郎とは、華やかさという点では明らかに差があり過ぎた。
「風呂浸かりに行くだけやのに、エラい気合入っとんな……」
「えぇ~? こんなの普通だよ。ね、いいんちょ!」
灯香梨に水を向けられた奏恵は、まぁそうだねと苦笑を滲ませて頷いた。この様子から見るに、恐らくいい出しっぺは灯香梨だろう。奏恵は単にお付き合いで浴衣を纏ってきたに違いない。
しかし同じ浴衣でも、ここまで雰囲気が違うものなのか。
灯香梨は如何にも可愛らしい娘といった空気感だが、奏恵は恐ろしい程に妖艶でエロティックに過ぎる。こんなふたりを連れて出歩いたら、目立ちまくるのではないだろうか。
もうこの時点で、ひとり静かに湯巡りを楽しむつもりだった徹郎のプランは、根底から崩れ去っていた。
「ほんなら、さっさと行くで。混み始めたら面倒臭いし」
やれやれとかぶりを振りながら、徹郎はふたりの浴衣娘を引き連れてホテルを出た。
それにしても、陽射しが強い。真夏の午後であるだけに、灯香梨も奏恵も日傘は必需品だった。
逆に徹郎はどんなに強烈な陽光が降り注いできても、涼しい顔だった。諜報員候補生には、暑さに長時間耐える訓練も課される。徹郎は40度を超える高温の中に何時間も居座る訓練で、暑さを克服してきた。
日本の夏は酷暑といわれるが、徹郎にしてみればまだまだ涼しい方である。
しかし灯香梨と奏恵は、特別な訓練など一切受けていない普通の一般人だ。このふたりにまで、徹郎の基準を当てはめる訳にはいかない。
暑さを避ける為に日陰を歩き、場合によっては時折土産物店などによって、店内のクーラーで彼女らの体温を下げてやる必要がある。その程度のことは、してやらなければならないだろう。
「最初に行きたいとこある?」
「あ、じゃあねぇ、あたしは……」
などと三人でわいわい論じ合いながら、湯巡りの順番を決めてゆく。
案外、これはこれで悪くないかも知れないと思えてきた。どうやら浴衣美女ふたりの楽しげな姿に、我知らず気分が癒されていたらしい。
(俺って案外、チョロかったんやな……)
浴衣美女が己の癒しポイントだということに、初めて気づいた徹郎。思わぬ新発見だった。




