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55.コクる指示、コクられる部屋

 その後、七並べは第六戦まで続いた。

 第三戦で勝利したのは灯香梨だった。彼女が指名したのは、これまた徹郎。

 灯香梨は雪奈と同じく、仇名で呼んで欲しいとの指示を下した。


「仇名……あかちゃんは、あかんやろな。赤ちゃんプレイみたいになってまう」

「いや鬼堂、それはかなり拙いぞ」


 礼司に咎められるまでも無く、徹郎はこれは駄目だと自ら却下した。その隣で雪奈が、赤ちゃんプレイというフレーズが余程に馬鹿受けたらしく、ひぃひぃと涙を浮かべながら爆笑していた。


「もうぱっと思いつかへんから、他の皆が呼んでるのでエエか? えぇと、あかりん、やったかいな」

「うん、それで良いよ! じゃあ折角だからあたしも、鬼堂君じゃなくて、テツ君で良いかな?」


 思わぬ返しに、徹郎は小首を捻った。


「いやいや、ちょっと待てって。このゲーム、そんなルールやったか?」

「えー、もう良いじゃん。あかりんからはテツ君呼び。はい、オッケー!」


 渋る徹郎を無視して、雪奈が仕切ってしまった。

 その後、続いた第四戦では奏恵が勝利し、秋の学園祭では模擬店を提案するから、徹郎には改めてメインシェフを任せると宣言。

 これは以前も聞いた話だから、徹郎は渋々ながらも引き受けることにした。

 そして第五戦と第六戦ではいずれも徹郎が勝利。

 まず第五戦での指示は、礼司に出した。その内容は裕太に向けて出したものと、全く同じだった。

 礼司が灯香梨に惚れていることを知っている徹郎は、矢張り裕太と同じく背中を押してやらなければと考えていた。


「鬼堂……お前って本当に容赦無いな」

「男にかける情けなんてあらへん。きっちりコクって来い」


 この時も矢張り女子三人が、誰に告白するのかと興味が尽きない様子だったが、そんな彼女らを前にして、礼司はただ苦笑するばかりだった。

 そして最終の第六戦では、徹郎は権利を保留にすると宣言。後日何か思いついたら、その時点でこの場に居る五人の誰かに指示を出すことにした。


「ほんなら、もうエエよな。俺もう寝るから」


 礼司と裕太はまだ女子らと喋り足りないらしく、もう少し女子部屋に残るとの由。

 徹郎はひとりでさっさと男子部屋に戻って布団に潜り込んだ。


◆ ◇ ◆


 常夜灯だけが薄っすらと室内を照らし出す中で、徹郎はスマートフォンがバイブレーション機能で僅かに震えているのに気付いた。

 見ると、奏恵からの呼び出しだった。

 時刻は深夜の二時を少し過ぎた頃。一体何用なのかと小首を捻りながら、爆睡している裕太と礼司を起こさぬ様に足音を忍ばせて廊下に出た。

 奏恵は浴衣姿のまま、トートバッグを提げて廊下で待っていた。


「ほら、鬼堂君。約束通り、勉強見て貰うよ」

「え、あれマジやったんか……っていうか、どこでやんのよ」


 すると奏恵は、別の部屋番号が記されたカードキーを差し出してきた。どうやら彼女の祖父が、別のフロアにもう一部屋、余分に取っていてくれたらしい。

 そこまでするのかと内心で驚きながら、徹郎は奏恵とふたりで件の部屋へ足を運んだ。

 そこはダブルベッドが置かれた客室だった。


「どうせそんなに時間は取れないだろうから、教えて欲しいポイントだけに絞って訊こうと思ってるよ」

「うん、そうして……俺、朝早いから。釣り行きたいねん」


 などといいながら、ふたりは肩を寄せ合う様にしてテーブル上に広げた参考書を覗き込んだ。

 教える内容は別段そこまで難しいものではなかったが、奏恵が使おうとしていた公式では少し遠回りになる。その点を指摘してやると、奏恵はああ成程と、幾分驚いた様子で何度も頷いていた。


「流石だね、鬼堂君。やっぱり君は凄いな……」


 その直後、どういう訳か奏恵はほのかにシャンプーの香りが漂う艶やかな黒髪を垂らしながら、徹郎の分厚い胸板にしなだれかかってきた。

 まるで狙ったかの様に胸元がはだけており、ブラジャーの黒いレース部分が露わになっている。


(おいおい、マジか……)


 徹郎は眉間に皺を寄せて渋い表情になった。

 これはどう見ても、誘っている様にしか思えない。もしや彼女は勉強を口実に、徹郎を別部屋に誘い出したかっただけなのだろうか。

 奏恵は確かに見目麗しい美女であり、スタイルも抜群で、そして頭も良い。多くの男子生徒が彼女を恋人にと狙っているのは徹郎も知っている。

 その奏恵がよもや自分にモーションを仕掛けてこようなどとは、考えたことも無かった。一体自分などのどこに惚れる要素があったのだろうか。

 全く以て、分からない。


「鬼堂君……もしかして、迷惑だったり、するかな……?」


 徹郎は答えに窮した。

 もしも自分がただの一般市民であれば、彼女からの好意は嬉しく思ったに違いない。だが現実は違う。徹郎は高校生活の三年間を終えれば、CIAの正規諜報員として裏の世界に足を踏み入れてゆくことになる。

 そんな男に、奏恵を巻き込む訳にはいかない。

 そういう意味では、迷惑といえば迷惑だったのだが、しかし事実をこの場で告げる訳にもいかなかった。


「そやなぁ……迷惑ってのとは、ちょっと違うんよ」

「それは、どういうこと?」


 奏恵が改めて、徹郎に端正な面を向けてじぃっと瞳を覗き込んできた。

 徹郎は苦り切った表情のまま、頭を掻いた。


「詳しくはいえんのやけど、ちょっと俺が抱えてる仕事のことでなぁ……今の状況で彼女作ってエエんかどうかも分からんのや」

「ふぅん……そうなんだ」


 すると奏恵は気分を切り替えた様に徹郎から少しだけ離れて、正面から向き合う格好で座り直した。


「その問題は、解決出来そうなのかい?」

「いや、分からん。今の段階では、まだ何ともいえん」


 徹郎からの応えを耳にした瞬間、奏恵はそれまでの妖艶な恋の表情から、いつもの背筋が伸びるクラス委員長としての顔になった。


「よし、分かった。鬼堂君を困らせるのは、今はやめておくよ。それで……もしその問題とやらが片付いたら、ボクにひと声かけてくれるかい? ボクにもチャンスが欲しいんだ」

「まぁエエけど……そん時に委員長の気持ちが変わってなかったら、の話やけどな」


 徹郎は、無駄なことだと考えている。

 きっと奏恵には、もっと相応しい男が現れるだろう。

 自分の様なアウトローをいつまでも待ち続ける必要は無い――少し惜しい気もするが、それが最も正しい選択となる筈だ。

 少なくとも徹郎は、そう考えていた。

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