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54.死闘、王様ゲーム

 大浴場で礼司と裕太のふたりとすれ違いになった徹郎は、サウナや電気風呂などをじっくり楽しんだ後、休憩所でコーヒー牛乳を二本立て続けにがぶ飲みしてから男子部屋に引き返した。

 するとホテル備え付けの浴衣姿で、裕太が待ってましたとばかりに自身のスマートフォンをかざして声をかけてきた。


「鬼堂、女子部屋でトランプして遊ぼうぜ~」

「今からか? 自分ら元気やな……」


 明朝は夜明け前ぐらいから隣の漁港で釣りに興じようと考えていた徹郎は、出来れば早めに寝たかった。

 が、灯香梨の様子も多少は気になるということもあって、結局礼司と裕太に引っ張られる格好で女子部屋へと足を運ぶことになった。

 そして出迎えた女子三人は、いずれも礼司や裕太と同じくホテル備え付けの浴衣姿で、ほんのりと艶やかな色気を醸していた。

 僅かにはだけた襟元や、裾から伸びる白い足が男の劣情を誘うには十分な魅力を漂わせている。

 そんな光景を受けて、健全な男子なら興奮しない方がおかしいのかも知れない。礼司も裕太も彼女らの魅力にすっかり骨抜きにされたらしく、あからさまに顔がでれでれと綻んでいた。


(いや……ホンマ元気やな)


 ひとり徹郎だけは、室内用に用意してきたグレーのスウェットジャージで上下を固めていた。

 諜報員候補生だった彼は、緊急事態に備えていつでも動ける様にと訓練されている為、微妙に動きが阻害されるホテル備え付けの浴衣などは端から使う気にもなれなかった。


「え~……徹っちゃんひとりだけ、色気無さ過ぎぃ~」


 雪奈が露骨に残念そうな顔つきで頬を膨らませている。徹郎はそんなブーイングなど無視して、敷かれた布団の上にどっしりと腰を下ろした。

 その際、ちらりと灯香梨の様子を覗き見た。既に元気は取り戻している様にも見えたが、しかし微妙に徹郎から視線を外す様な動きをしているのが気になった。

 また別の問題が生じたのだろうか――それとなく気にかけておく必要がありそうだった。

 ともあれ、まずは七並べで遊ぼうという話になった。

 その際、雪奈が、


「普通に遊んでるだけじゃつまんないよね……王様ゲーム、やっちゃう?」


 つまり、一抜けした者が他の五人のうちからひとりを指名し、何でも好きなことを命令しようというアレだ。厳密にいえば少しルールが異なるものの、如何にも雪奈が好みそうな遊びだった。

 すると他の面々からも、面白いから是非やろうと賛同の声が上がった。

 そんな訳で、第一戦。

 徹郎は適当に調子を合わせておけば良いと余りやる気は無かったのだが、どういう訳か他の五人は恐ろしい程に気合が入っており、勝つ気満々だった。


(え……そんな真剣にやらないかんもんなん?)


 流石に徹郎も驚きを禁じ得ない。この五人は一体何を、そこまで必死になっているのだろう。

 全く理解不能なままゲームは進み、最初の一戦で勝利を収めたのは、雪奈だった。


「えっへへへへ~、やりぃ~」


 ガッツポーズする雪奈。その視線は徹郎に突き刺さっていた。


「んじゃあ最初に御指名! 徹っちゃん!」


 雪奈はびしっと人差し指を徹郎に突きつけた。どうせ碌でもないことをいい出すのだろうと高を括っていた徹郎は、渋い表情で湯上り美人のゆるふわギャルに胡乱な視線を返していた。


「えっとね……あたしに仇名をつけて、これからはずっとそれで呼んで欲しいでーす!」

「仇名……」


 要は、雪奈が徹郎を徹っちゃん呼びしているのと同じ様な話だろう。

 まぁこのぐらいなら、と徹郎も応じてやることにした。


「雪奈やからな……ほんなら、ユキチでどうや」

「え……ちょっと、何? その万札みたいな呼び方」


 狼狽する雪奈。

 その傍らで、裕太が爆笑している。

 灯香梨、奏恵、礼司の三人も顔を伏せて肩を震わせており、必死に笑いを堪えているのが伺えた。


「もうちょっとさ、他にあるじゃん? もっと可愛いのが……ほら例えば、ゆきっぺとか、ゆきちゃんとか」

「何やねんなん……ほんなら最初から、こう呼んでくれていうてくれや」


 ぶつぶつと文句を垂れる徹郎に、礼司がまぁまぁと肩を叩きながらなだめてきた。

 結局、徹郎が今後雪奈の名を呼ぶときは、従来の大塚さんから改め、ゆきっぺで呼ぶということになった。

 雪奈は大いにご満悦。


「やった~! これであたしの最大ミッション達成~!」

「……自分、そんなしょうもないことの為に、態々熱海まで来たんかいな」


 徹郎は再び渋い表情。これに対し雪奈は、ぷぅっと頬を膨らませて抗議してきた。


「ぜ、全然しょうもなくないもん! あたしにとっては、すっごく大事なことだったんだからぁ!」


 ところがこのやり取りを、裕太が物凄く羨ましそうに眺めていた。

 そういえば彼は雪奈に惚れているんだということを、徹郎はふと思い出した。


「まぁエエわ。初戦はゆきっぺの勝ちや。さっさと次行くで。俺明日釣り行くから、早ぅ寝たいねん」

「きゃー! ゆきっぺって呼んでくれたー! きゃー! きゃー!」


 ひとり大はしゃぎする雪奈を尻目に、徹郎は第二戦の為にとカードを切り始めた。そしてこの次戦、雪奈は目的を達成した為か、もう余りやる気が無さそうだった。

 しかし灯香梨、奏恵、礼司、裕太の目は真剣そのもの。一体誰に何をやらせようというのだろうか。

 そんな男と女の願望剥き出しの第二戦で勝利したのは、どういう訳かやる気のない徹郎だった。


「俺かいな……」

「鬼堂君は、誰を御指名かな?」


 奏恵が興味津々の顔つきで上体を乗り出してくる。ここはちょっと肩透かしを喰らわせてやろうと考えた徹郎は、裕太に視線を向けた。


「ほんなら桐島。自分この旅行から帰ったら、三日以内にコクって来い」

「えぇぇ! お、俺ぇ?」


 まさかの指令だったのだろう、裕太は心底驚いた様子で、目を白黒させていた。

 徹郎としては、罰ゲームでも何でも良いから背中を押してやらなければ、裕太は絶対気持ちを伝えようとしないだろうと踏んでいた。

 ここはもう心を鬼にしてでも、裕太に切っ掛けを与えなければならない。

 その裕太は、今にも死にそうな顔で徹郎をじろりと睨み返してきた。


「お前……それマジでいってんの? 俺に負け戦で玉砕してこいっていってる?」

「あのなぁ……気持ちってのはちゃんと言葉にせんと伝わらへんのやで。相手を振り向かせるにしても、まず自分の気持ちをぶつけんことには何も始まらんやろが」


 その瞬間、女子三人が一斉に裕太の前ににじり寄ってきた。誰に告白するのか――そこが、彼女らの好奇心を大いに刺激したらしい。


「まあ恨むなら、自分を恨めよ。不用意に俺なんかに本命教えたお前が悪い」

「チクショー……分かったよ。コクりゃあ良いんだろ、コクりゃあ」


 裕太はがっくりと項垂れたが、しかしその面には決して嫌そうな表情は浮かんでいない。寧ろ、前向きな色が滲み出ていた。

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