52.ヤクザムーヴが似合い過ぎた男
徹郎はもともと、同年代よりも年上に見えるところがあった。
灯香梨もその素顔を始めて見た時、大学生辺りかと勘違いしたことを覚えている。その徹郎がサングラスとオールバックで登場した時、20代の本物のヤクザだと見間違えたのは当然のことだったかも知れない。
一方、頼明と後から現れたチャラ男ふたりは、顔を真っ青にして震えている。徹郎の迫力は、男三人をほとんど一瞬で縮み上がらせる程の破壊力を具えていた。
「灯香梨ぃ……わし何回もいうたよなぁ? あんだけひとりでふらふらすんなって、何回もいうたよなぁ? お前ひとの話聞いとらんのかぁ? あぁ?」
まさにヤクザそのものの徹郎が今、目の前に立っている。
灯香梨は呆然とその恐ろしげな巨漢を眺めているが、しかし怖くはなかった。これはきっと、徹郎の芝居だ。窮地に陥った灯香梨を救い出す為のヤクザムーヴだ。
そう考えると、怖さどころか寧ろ、勇気が湧いてくる気分だった。
逆に頼明ら三人は、視線が宙を泳いでいる。この場をどう切り抜ければ良いのか、何もかも分からなくなっているに違いない。
そして徹郎は眉間に皺を寄せたまま上体を前のめりに傾け、頼明らに対してサングラスの奥から鋭い眼光を飛ばしていた。
灯香梨はそんな徹郎を冷静に眺めながら、これ程に完成度の高いヤクザムーヴを、彼は一体どこで身につけたのだろうと不思議に思うだけの余裕が生まれていた。
「えっと、その……あ、あたしは、ちょっと、昔の、知り合いに呼ばれて……」
「あぁ? 知り合いってなんじゃあオラァ? こいつらのことかぁ? あぁん?」
徹郎は灯香梨を問い詰めながらも、その右腕は頼明の胸倉を掴み上げていた。
彼の豪腕は鋼の様な筋肉の束に覆われており、頼明ら三人が束になってかかっても、彼らの方がボコボコにされて返り討ちに遭うのは火を見るよりも明らかだった。
しかもヤクザの場合は、そのバックボーンが何よりも恐ろしい。下手に抗えば後々、どこまで執拗につけ狙われるのか分かったものではないだろう。
「ほ、ほんとに、御免なさい……もう、やりませんから……次から、気を付けますから……」
「何やコラ。お前謝って済む思うてんのか?」
ここで徹郎は頼明から手を放し、今度は灯香梨の肩を掴んだ。灯香梨は顔を強張らせる演技をしながら、頼明に目線で逃げろと指示を出した。
その瞬間、頼明らは脱兎の如く逃げ出した。
「おぅこらお前らぁ! どこ行くんじゃぁ! まだ話は終わっとらんぞぉ!」
徹郎の怒声を背に受けながら頼明達は振り返ることも無く、まさに文字通り這う這うの体で退散していった。その姿が通りの向こうに消えるまで、十数秒と要さなかった。
徹郎はそんな彼らの姿を追う様に若干背伸びしながら、更に追い打ちの怒声。
「ワレこらぁ灯香梨ぃ! お前何あいつら逃がしとんじゃあ! どない落とし前つけるつもりじゃボケェ!」
尚も徹郎は、頼明らが逃げていった方向をじぃっと眺めている。しかしあの三人が戻ってくる様子は、全く無かった。完全に追い払うことに成功したと見て良い。
「花辻さん、今の内や。戻るで」
ここで徹郎は先程までの恐ろしいヤクザムーヴから一転して、いつもの声音で低く囁きかけた。
灯香梨はもう何も考えずにうんうんと頷き返し、徹郎と一緒になって宿泊しているホテルへと駆け戻った。
ところがホテルに入る直前、徹郎は足を止めて袖口や胸元を探り始めた。見ると、タトゥーだと思っていたものはただのシールだったらしく、ぺりぺりと音を立てながら剥がされてゆく。
「へぇ……そんなの、あるんだ」
「ハリウッドの役者さんとかが悪役やるときに、偶に使ってるらしいけどな」
しかしホテルに入る前に、剥がしておく必要があるらしい。
というのも、今回灯香梨達が宿泊しているホテルは暴力団お断りの方針を打ち出しているから、少なくともタトゥーらしきものを見せた状態で戻る訳にはいかなかった。
「でも本当に、凄いな……あたしてっきり、鬼堂君が本当にタトゥー入れてるかと思っちゃった」
「んなアホな……スミなんか入れとったら退学喰らうわ」
徹郎の呆れた声に、灯香梨は漸く元気を取り戻して、思わずぷっと笑ってしまった。先程までの絶望や、初恋のひとに裏切られた悲しみなどは全て、綺麗さっぱり消え失せていた。
それもこれも、徹郎のインパクト強過ぎるヤクザムーヴに全部持っていかれた結果だった。
「でも……本当にありがとう、鬼堂君。例え偶然でも、あそこで通りかかってくれなかったら、あたし……」
「いや、最初からあそこにおるの、分かっとったよ」
当たり前の様にしれっと応じた徹郎に、灯香梨は目を丸くした。一体どうやって、居場所を突き止めたのだろうか。
「ほら、これや。こないだアカ交換した、これ」
いいながら徹郎は、スマートフォンのSNSアプリを示した。灯香梨は知らなかったのだが、このアプリは設定さえ組んでおけば、友達登録した相手のGPS信号をキャッチしてくれるらしい。
これはもともと震災対策用に設計されたアプリらしく、いざという時の場所特定機能がついているとのことだった。
「え……それじゃあ鬼堂君……あたしを心配して、探しに来てくれたの?」
「ここ着いた時、何や変な顔しとったからなぁ」
この瞬間、灯香梨は涙が溢れそうになった。
どんな時でもこのひとは、自分を見捨てることはない――そう思うと、灯香梨は何故頼明なんかに心を許してしまいそうになったのか、自分で自分が許せなかった。
そんな灯香梨の胸の内を知ってか知らずか、徹郎はのんびりした顔で付け加えた。
「あぁいう連中は、反社でビビらせんのが一番手っ取り早いからな。もう二度と、花辻さんの周りでうろうろすることは無いと思うで」
徹郎はサングラスをアロハシャツの胸ポケットに仕舞い込みながら、ホテルのロビーを堂々と横切ってゆく。そのすぐ後に、灯香梨も続いた。
そして少し、ドキドキしていた。
あの時徹郎は、灯香梨、と叫んだ。その響きを思い出すと、自分でも抑えきれない喜びが込み上げてきた。




