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5.胃袋を掴まれた女

 もうこうなったら、腹を括って粛々と昼飯を済ませる以外に無いだろう。

 徹郎はエコバッグを敷物代わりにして、その上に取り出した握り飯と水筒を並べた。


「何か、随分シンプルだね……お母さんってお弁当、作ってくれないの?」

「いや、うち親おらんから」


 その瞬間、雪奈は表情が凍り付いた。数秒程、愕然とした顔つきになっていた彼女は、その直後には物凄い勢いで平謝りに謝り倒してきた。


「ご、ごごご御免! まさか、そんな事情があったなんて知らなかったから……」

「いや別にエエよ」


 徹郎は極力無感動に、そして素っ気無く答えた。

 雪奈は尚も申し訳無さそうな表情でじぃっと見つめてきたが、徹郎が無感情を貫いているのが奏功したのか、少しだけ気を取り直した様子だった。


「だ、だったら良かったんだけど……ホント、マジでダメだね、あたし。もっとデリカシーっていうの? そういうの、考えなきゃいけないのに」

「別に俺と自分、友達でも何でもないんやから、そんなそこまで考えんでエエんちゃうの?」


 徹郎は明後日の方角に視線を泳がせたまま、握り飯を包んでいるラップを丁寧に剥き始めた。その徹郎の手先を雪奈は興味津々といった様子で見つめている。


「じゃあさ、これ、ぼっち君の手作り?」

「うん。自分で作った」


 答えながら徹郎はやや茶色がかった色合いの握り飯を口の中に放り込もうとして、途中で止めた。どういう訳か雪奈が、異常な程の目線で食いついてきている。こんなにじっと見られては、少し落ち着かない。

 と、ここで徹郎は或ることに気付いた。

 雪奈は、もう昼食を済ませたのだろうか。


「そいやぁ自分、ここで何してんの? 飯は?」

「あ、はははは~……いやぁ、それが今日ね、お財布忘れちゃってぇ……」


 いつもは購買で、その日の気分で適当な菓子パンを買うのだが、今日はそれが出来ない。かといって友人女子達の昼食の場に行くと腹の虫が鳴りまくるので恥ずかしい。

 だから今日は屋上で空腹に耐えながら過ごそうと考えていたらしいのだが、そこへ現れたのが徹郎だったという訳の様だ。

 そんな話を聞かされてまで、流石にひとりで全部を平らげるのは凄まじく気が引けた。


「……食べる?」

「え! い、良いの?」


 徹郎は手にしている握り飯を半分に割って雪奈に手渡した。雪奈は律義にも、頂きますと一礼してからもぐもぐと頬張り始めた。


「あ……え、うそっ……これ、めっちゃ美味しいじゃん! ほら、何かさ、コンビニで売ってるのに、同じ様なの無い?」

「白だしで炊いたシャリを握ってるやつやろ。これも同じや。白だしのシャリに具材放り込んで握った」


 もう段々面倒臭くなり始めてきた徹郎は、事実だけを淡々と答えることにした。

 ところが雪奈の方は、それどころではない。妙に美味い美味いと騒ぎ出し、遂には他の握り飯も半分こにして食べさせて欲しいと要望してきた。


「あぁもう、好きにして……」

「わぁ~い! じゃあ遠慮無く~!」


 本当に言葉通りの遠慮無しに、雪奈は更にふたつの握り飯を半分に割って美味そうに頬張り始めた。

 ひと口味わうごとに、ミニ丈のプリーツスカートの裾から伸びる白くて柔らかな脚を、ばたばたとせわしなく上下させていた。


「ん~~~~! マジめっちゃウマいし! ぼっち君、キミはおにぎりの天才か!」

「もうエエから静かに食えよ……」


 いいながら徹郎は、水筒を軽く呷った。すると今度は、その水筒にまで熱い視線を送っている雪奈。

 もう大体、彼女が何をいいたいか分かってきた。


「もうエエで、好きに飲んで」

「んふふふ~、ありがと! これであたしとぼっち君、間接キスの仲だねぇ~」


 などと嬉しそうに笑いながら、水筒内の麦茶をごくごくと飲む雪奈。ところがその直後、その愛らしい小顔が疑問の色に染まっていた。


「あれ、意外……ぼっち君、照れたりしないの?」

「唾液接触ぐらいで何しょうもないこというとんねん」


 もう馬鹿馬鹿しくて、まともに相手するのにも疲れてきた。CIAの訓練では、もっとえげつないものを口に含んできた。それに比べたら健康な他人の唾液など、どうということはない。


「えぇ~……じゃあやっぱりぼっち君、スケコマシだったんだ……何かちょっと、本気でイメージ崩れちゃったなぁ……」

「嫌なら無理して食わんでエエで」


 徹郎が雪奈の食い残しの握り飯を回収しようとすると、雪奈は慌てて最後のひとつを口の中に放り込んだ。


ほ、ほれほほれほは(そ、それとこれとは)へふはしぃ(べつだしぃ)

「食いながら喋んなや」


 徹郎はゴミと化したラップをエコバッグの中に押し込み、プラスチックの筒からお手拭きを抜き出して雪奈に差し出した。

 口の中のものをごくりと一気に呑み込んだ雪奈は、再び感心した顔つきを見せた。


「ぼっち君、気遣いが細かいねぇ~……うん、やっぱスケコマシって話、嘘だね」


 ひとりで勝手に納得しながら、握り飯で汚れた手を綺麗に拭う雪奈。が、正直いって彼女がどの様な評価を下そうが、徹郎にはどうでも良かった。


「あとね、ひとつ訂正させて」


 雪奈は何故か正座になって背筋を伸ばした。


「さっきさぁ、ぼっち君はあたしとは友達じゃないっていってたけど、もう違うよ。あたしはぼっち君に胃袋掴まれちゃったから、今日からは立派な飯友だよね!」


 いいながら雪奈は、制服のブラウスの上から自身の胃の辺りを押さえて笑った。

 意外とすらりとした腹回りであることに、徹郎はこの時初めて気づいた。柔らかそうな胸が非常に大きい為、もっと全体的にぽっちゃりしているのかと思ったが、単に巨乳娘であるというだけの話だった。

 そういえば顔も比較的小さくて、すっきりしたフェイスラインだ。これで太っていると思ったのは、彼女の食いっぷりが余りに見事だったからだろうか。

 が、そんなことよりも徹郎にとって一大事なのは、雪奈が一方的に友達宣言してきたことだった。


(エラいことになってもうた……)


 まさか、握り飯如きでこんな問題になろうとは、思ってもみなかった。

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