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49.最初の終業式

 一週間ぶりの登校。

 絹里高校生徒として初めての終業式を迎えた徹郎は、いつもの野暮ったい陰キャぼっちスタイルで教室に足を運んだ。

 この試験休み期間中はずっと素顔を晒しっぱなしだった為か、多少の違和感は拭えない。

 そして明日からは長い夏季休暇に入るということもあり、今日を終えればまた当分の間、この地味なスタイルとも暫しお別れということになる。

 そんなことを考えながら教室内に入り、自席に向かう徹郎。

 しかしどういう訳か、以前とは勝手が違った。既に登校していたクラスメイト達が何故か朝の挨拶を交わしてくるのである。


(……また何か、要らんことした奴がおんのか?)


 以前礼司と裕太が、灯香梨に頼まれて徹郎は隠れイケメンだ何だと説いて廻ったことがあり、その要らぬイメージを払拭する為に敢えて灯香梨と雪奈を傷つける暴言を吐くに至った。

 あの時はその一手でクラスの大半を敵に廻し、再びぼっち生活に戻ることが出来たものの、結果として雪奈の身を危険に晒してしまった。

 もう二度と、あの方法は使えない。

 面倒なことになってなければ良いのだがとひとり悶々と頭を悩ませていると、灯香梨の友人ふたり、京子と愛理が態々お喋りを中断してまで徹郎の席へ近づいてきた。


「おっはよー」

「今日もそのスタイル? ホント、徹底してるねー」


 呆れた様に笑うふたり。

 彼女らは徹郎が謎イケメンであることを知っている。徹郎は今更否定する気も隠す気も無かったが、この先どうやって平穏な生活を確保すべきかに、再び頭を悩ませる必要があった。

 もうこの際、灯香梨や雪奈に明かした様に、京子と愛理にも事情を伝えて協力して貰った方が早いかも知れない。

 と、そこへ灯香梨も登校してきた。彼女は周囲には気付かれぬ様にと小声でおはようと囁いてから、京子と愛理を彼女の自席まで引っ張っていってくれた。徹郎の意図を汲んでのことだろう。


(この夏休み中に、色々考えた方が良さそうやな……)


 やがて雪奈が真後ろの席に就き、ホームルームの予鈴が鳴ったところで一学期最後の一日が始まった。

 この後はしばらく、特に大きな波乱も無かった。講堂での終業式、教室に戻ってからの通知表や期末試験結果の返却、休み前の諸々の注意事項伝達など、通り一遍の段取りが粛々と行われていった。

 問題は、この後だった。


「鬼堂君、テスト結果はどうだった?」


 当たり前の様に奏恵がすたすたと早足で近づいてきた。徹郎が終業後は速攻で帰宅することを知っているのだろうか、やけに素早い動きで機先を制する様な構えだった。


「見たいんかいな」

「そりゃ勿論」


 正直余り気は進まなかったが、徹郎は答案用紙の束を無造作に差し出した。

 奏恵は待ってましたとばかりに勢い込んで徹郎の答案用紙を彼の席の机上に広げ、そして自らの分もその隣に並べて比較し始めた。

 すると興味を引かれたのか、雪奈や灯香梨、更には京子、愛理、礼司、裕太といった面々までが輪を作って覗き込んでくる。

 どうしてこういつもいつも、この陽キャ共は要らぬ注目を引く様なことばかりしてくれるのか――徹郎はこれ見よがしに盛大な溜息を漏らした。

 ところが、奏恵を始めとする徹郎包囲網の面々は、驚きの表情一色だった。


「徹っちゃん……全科目、全問正解じゃん……」

「こ……これ程とは。鬼堂君、恐れ入ったよ」


 賛辞というよりも恐れに近しい声が、幾つも続いた。

 流石に少し、やり過ぎたか――徹郎は周囲からの視点を変える為、奏恵に話を振った。


「そういう委員長はどうやったん?」

「おっと、そうだった……ボクも悪くなかったよ。五教科以外も、かなりの高得点だった」


 すると雪奈が後ろの席から徹郎の上着の裾をちょいちょいと引っ張ってきて、見てくれといわんばかりに答案用紙の束を差し出してきた。


「へへへ~……実はあたしもめっちゃ良かったんだー。記憶の宮殿、凄過ぎじゃね?」


 ああそうか――徹郎は頷いた。

 そういえば雪奈も、記憶の宮殿を伝授したひとりだった。そうなると、この場に集まってきている他の面々も同じく記憶の宮殿の構築方法を伝えた者ばかりだ。

 実際、彼ら彼女らの話を聞いていると、一様に良い成績だったと口を揃えて喜んでいる。


「鬼堂さ、お前そろそろ、ぼっち標榜すんの諦めた方が良いんじゃね? お前のお陰で良い点取れたって、すっげぇ感謝してる奴ら一杯居るんだぜ」


 裕太のこのひと言で、クラスメイト達が今朝から見せていた柔らかな態度の真相が漸く解けた。

 今回は、徹郎自身が原因だった。完全に自業自得だろう。


「鬼堂君……もう、変なことは考えないでね?」


 灯香梨に釘を刺されて、徹郎は渋い表情。

 もう一度何とかぼっち環境を復活させてやろうとあれこれ考え始めた矢先のこのひと言だったから、何とも返しようが無かった。


「っていうかさぁ徹っちゃん……別にぼっちでなくても、普通の生活なんてなんぼでも出来んじゃん」


 雪奈が何故か上から目線で、慰める様に徹郎の肩をぽんぽんと叩いた。

 どうやら彼女の考える普通の生活と徹郎が目指すそれは、基準が大きく違うらしい。そのことを伝えたところできっと理解はされないだろうが。

 と、ここで奏恵がその美貌を更に近づけてきて、そっと囁いた。


「鬼堂君、明日からの旅行、参考書持っていかないか? 君と勉強合宿が出来たら、凄く捗ると思う」

「委員長……遊びに行くってところに、まだ勉強かいな」


 夏の夜はラノベ三昧だと決め込んでいた徹郎だったが、どうやら明日からの旅行期間中は、その望みも叶いそうにもない。

 しかし相手は奏恵だ、無下に断れない。

 であれば、どうせ二泊三日の間だけだからと諦めるしか無さそうだった。

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