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48.水死体の女

 小一時間程の歓談を終えた後、沙璃耶は英会話教室に通う時間だからということで、最後にもう一度だけ礼を述べてからカフェチェーン店を辞していった。


「うっは~……ソフトボール部とコンカフェのバイトだけでも超忙しーのに、英会話までやってんだぁ~。結城パイセン凄過ぎっしょ」

「そんだけ時間のマネジメントが出来てるっちゅうことやろ」


 徹郎も残りのアイスココアを一気飲みして席を立ち、雪奈の手元の空になったカップをトレイに乗せて返却棚へと足を向ける。


「んで徹っちゃん、この後どーすんの?」

「流石にもっかいニーナ・ニーナ行くのもアレやしな……どっか別んとこで続き読むわ」


 冷房のよく利いた店内から通りに出ると、突き刺す様な夏の陽射しが襲い掛かってきた。

 と、ここで雪奈がふと思い出した様に徹郎の袖を引いた。


「そうだそうだ、徹っちゃん。あたし、今度の旅行に持ってく水着、買いたかったんだ。ねぇ、どうせラノベ読む以外やること無いんでしょ? ちょい付き合いなよ」

「俺なんか連れてってどうすんねんな。JKのセンスなんて何も分からんで」


 それでも結局、徹郎は雪奈に付き合うことにした。ライトノベルはいつでも読めるが、旅行までの時間はもう余り無いから、彼女の水着選びのタイミングも限られてくる。

 実際雪奈がいう様に、徹郎のこの後の予定など、ライトノベルを読むこと以外では本当に何も無かった。

 要するに暇なのだ。であれば、少しぐらい一緒に歩いてやっても良いだろう。


「何か狙ってるやつでもあんの?」

「えっへっへ~……ちょっとねぇ、こないだちらっと見かけたので、すっごく可愛いのがあったんだよねぇ」


 この瞬間、徹郎の頭の中で可愛いというフレーズが何度もリフレインした。

 女子高生がいうところの可愛いというものは、本当に基準が曖昧で、しかも方向性がよく分からない。どう見てもベクトルが明らかに違うものでも、彼女らの視界に入れば片っ端から可愛いのひと言で片付けられている様な気がする。

 それでも当人達からすれば、しっかり可愛いの基準の中に入っているのだという。


(下手に同意も否定も出来んから困るわ)


 そんなことを考えながら、徹郎は雪奈に手を引かれて駅前のショッピングモールへと足を運んだ。

 雪奈が目指したのは、女性向けブランド水着を数多く揃えるセレクトショップだった。

 到着してみると、意外と男性客も多い。恐らくは、彼女に付き合って一緒に買い物に来たというのが大半であろう。


「あー、これこれー。あたしが狙ってたやつー」


 雪奈が目を輝かせているのは、黒をベースにした若者向けのバンドゥビキニだった。


「徹っちゃんも買ってったら? ここ、メンズも置いてあるし」

「いや、俺は良い」


 徹郎はそもそも、今度の旅行では海に入るつもりは無かった。ただでさえ体育の水泳では毎回見学で押し通しているのだ。そんな奴が海で遊んで真っ黒に日焼けでもしようものなら、絶対に怪しまれる。

 他の連中が海でわいわい遊んでいても、徹郎だけは何が何でも海遊びを断固拒否する腹積もりだった。


「えー……じゃあ徹っちゃん、海行って何するつもり?」

「釣りでもやっとく」


 これは本気だった。徹郎は堤防で釣り糸を垂れるのが、実は結構好きだったりする。


「また徹っちゃん、おじいちゃんみたいなこと……」

「釣り舐めとったらあかんで。あれは一回やり始めたら、まぁまぁ嵌るんやからな」


 水着ショップに来てまで釣りの奥深さを熱弁するイケメンマッチョという絵面は、それはそれで中々にシュールかも知れない。

 流石にもう付き合い切れなくなったのか、雪奈はひとりでさっさとお目当ての水着を手に取り、試着コーナーへと飛び込んでいった。

 そしてどういう訳か、徹郎も試着コーナー前に引きずられてきてしまった。

 雪奈がどうしても、似合っているかどうか見て欲しいとせがんだ為なのだが、正直女性の水着の似合う似合わないを鑑定する自信は全く無かった。


「徹っちゃ~ん! 見て見て~!」


 試着コーナーのカーテンがさっと開いて現れたのは、雪奈の豊満な胸とセクシーなヒップをこれでもかと主張するボディラインだった。

 純粋に綺麗だと思った徹郎は、太い豪腕を組んだまま、ほほぅと思わず唸った。


「馬子にも衣裳やなぁ」

「ちょっとそれ、どーゆー意味かな?」


 微妙に引きつった笑みを浮かべる雪奈。

 徹郎は、深く考えるなとさらりと躱した。


「せやけど自分、いつ見ても乳デカいよな。ホンマに高校生か?」

「うわー……徹っちゃん、それめっちゃセクハラー……うわー……」


 雪奈はドン引きしている様な仕草だったが、何故か目は嬉しそうに笑っている。嫌がっているのかいないのかよく分からない娘だ。


「あぁ、そういえば委員長も大概、エロかったよな」

「……え、それ、どゆこと? 委員長と泳ぎにいったことあんの?」


 聞き捨てならぬとばかりに食いついてきた雪奈。

 徹郎は内心、ああしまったと自分で自分に毒づいた。


「ねぇ徹っちゃん、素直に白状しなよ。委員長とは、どこまでイったの?」

「いや自分、そういう変な訊き方すんのやめとこうや」


 徹郎は夏の水泳授業が始まる直前、奏恵の為に泳ぎの稽古をつけてやったことを簡単に説明した。すると途端に雪奈が、悔しそうに頬を膨らませた。


「うわー、マジかー……そんなイベントあったんなら、あたしも呼んでよー」

「いや、委員長本気で死にそうになっとったから、多分自分なんか来てたら水死体になっとったで」


 流石にそれは、居たたまれない。

 徹郎はもう少し冷静になれと、水着を試着したままぶぅぶぅ文句を並べている雪奈をなだめた。

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