45.委員長の交渉術
ニーナ・ニーナでの読書、三日目。
この日は更に、人数が増えた。
徹郎が陣取っている席には灯香梨、雪奈、奏恵の三人が同席している。
クラスの三強美少女が三人とも、コンカフェの同じテーブルに同席しているというのは、これは一体何の罰ゲームだろうか。
常連客達は女性スタッフとろくに会話もせず、徹郎のテーブルにひたすら驚きと羨望と、そして強度高めな嫉妬の眼差しを叩きつけている。
そもそもこんなところに陽キャ美少女三人が揃うなんてことは、本来あってはいけない筈だ。ここは陰キャが見目麗しい女性スタッフに心を癒して貰う場なのだ。
そんなところに、店の女性スタッフを遥かに上回る美貌の持ち主が三人も連れ立って客として訪れるというのは、それはニーナ・ニーナに対する冒涜というものだろう。
という様な内容の説明を、徹郎は小声で三人に懇々といい聞かせた。
「んで、結論や。自分らさっさと帰れ」
「えー。ヤだしー」
雪奈が速攻で拒否。
灯香梨と奏恵も、徹郎の言葉は話半分でしか聞いていない風を装っているのか、それぞれ明後日の方向に視線を流していた。
「へぇ~……ここがコンカフェなんだね。何だかクラシックな装いで素敵だね」
「ボクもまだまだ社会勉強が足りてないな。駅近にこんな隠れ家的なお店があったんだね」
余りに白々しい灯香梨と奏恵の反応に、徹郎は額の辺りで血管が切れそうになった。
「自分ら、ホンマ殺されるで……ここは陰キャオタクの陰キャオタクによる陰キャオタクの為の店なんやで」
「んじゃあさ、あたしもオタクになるからさ、それでオナシャス」
雪奈が自分の頭に掌を乗せて、何故かてへぺろポーズ。
駄目だ、こいつら、全然分かっちゃいねぇ――徹郎は気が気ではなかった。折角静かにライトノベルを堪能する新たな拠点を見つけたというのに、この陽キャ共の所為で全てが台無しだ。
出禁になったら、どうしてくれよう。
「まぁ今日のところは、勘弁してくれたまえ。そもそもの原因は、君がちっともアプリで返事を返してくれないし、お宅に伺ってもいつも留守なんだから、ボク達もこうして足を運ばざるを得なくなったんだ」
そんな奏恵の弁解に、徹郎は胡乱な眼差しを返した。奏恵がこういういい廻しをする時というのは大体いつも何か裏がある時だ。
が、相手はココア用ミルクを定期的に送ってくれるお得意様だから、ここは黙って耳を傾けるしか無い。
「何か用でもあんの?」
「えっとね……終業式が終わったらさ、皆で二泊三日の旅行計画立ててるんだけど、鬼堂君もどう?」
いいながら灯香梨が、熱海や白浜、白兎海岸などのパンフレットをテーブル上に広げた。
海水浴メインらしいが、場所次第では温泉もありだという。
一応親からは各自許可を取り終えているらしく、後は実際に計画を立てて、旅行会社と相談する段にまで至っているとの由。
「それって、俺がラノベ読んでる時間も確保出来んの?」
「そりゃまあ、移動時間中ぐらいは読めるんじゃないかな」
徹郎に応じた奏恵は、しかし幾分自信が無さげだ。多分雪奈や裕太辺りが一緒に遊ぼうだ何だとちょっかいをかけてくるものと思われるのだが、彼女もその辺のことを察して、敢えて明言しないのだろう。
「徹っちゃん、行こうよ~。来てくれたらあたし、ちょー気分アゲアゲなんだけどぉ」
「ね、鬼堂君……学校の外だから、別に陰キャでもぼっちでも居る必要、無いんだよね? だったら、今のそのスタイルで一緒に来て貰えたら、あたしも嬉しいな」
雪奈と灯香梨は、やけに積極的に誘ってくる。そこまでぐいぐい攻めてくる理由は何なのだろう。
だが徹郎は即答せずに、熟考を重ねた。こんなところであっさり言質を取られる訳にはいかない。
「……ひとつ条件あるわ」
「え? 何なに?」
嬉々として上体を乗り出してくる雪奈。その大きな胸が、テーブル上で窮屈そうに押し潰されている。
徹郎は三人の美少女それぞれに視線を這わせた後、ココアのカップ脇に置いている自身のスマートフォンを軽く叩いた。
「写真にも動画にも、絶対俺を写すな。それが約束出来んのやったら、俺は行かん」
「一応、理由を聞いておこうか」
返すべき言葉が見つからない様子の灯香梨と雪奈を制して、奏恵が落ち着いた面持ちで訊いた。
徹郎は当然の措置だと答えた。
「万が一、陰キャぼっちの鬼堂徹郎が陽キャな自分らと一緒に旅行に出かけたなんてことが知れたら、面倒臭い話になる。人間どんだけ隠そうとしても、形あるものは絶対どっかで流出する危険性があんねん」
だから写真にも動画にも絶対、姿を晒す気は無いというのが徹郎が示す絶対の条件だった。
奏恵は、そういうことなら仕方が無いと納得の表情を示したが、灯香梨と雪奈は渋ったまま、口の中でもごもごいい続けている。
「え~……そんなの、つまんないなぁ……あたし、徹っちゃんと色んなとこで記念写真撮りたいのにぃ……」
「そ、そうだね……思い出だけじゃどうしても足りないから、写真とか動画とか、鬼堂君と一緒に撮りたいなって、あたしも思うし……」
ならば、この話は無しだ――徹郎はここで話を遮り、再びライトノベルを手に取って開いた。
灯香梨と雪奈は尚も、顔を見合わせて不服そうな視線を交わしている。
すると奏恵が、良い方法があると両掌を軽く打ち合わせた。
「要は、陰キャぼっちとしての君が、ボク達と一緒に校外で居るのが知られなかったら良いんだろう?」
だからその対策として、徹郎と一緒に写真や動画に写りたい場合は、徹郎の個人端末で撮影すれば良い、と彼女は提案してきた。
徹郎管理の端末であれば、情報が漏れたとしてもそれは徹郎個人の責だ。要は徹郎が、己の端末を自分でしっかり管理すれば良いだけの話であろう。
「そないきたか……まぁ、確かにそれが一番手堅いわな」
そうまでいわれたなら、応じるしかない。灯香梨や雪奈だけなら兎も角、お得意様の奏恵にまで乞われたとあれば、断る訳にはいかなかった。
「エエよ。俺の名前も入れといて」
徹郎が答えた瞬間、奏恵はほっと安堵の吐息を漏らし、灯香梨と雪奈は抱き合って喜んだ。




