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44.推し、誕生

 翌日の日曜も、あのイケメンマッチョが午後二時頃、ニーナ・ニーナに来店した。

 一方、この日の沙璃耶は午前中だけの勤務で、その後は客として店内の片隅に陣取っていた。

 それにしても、妙な客だ。

 昨日あのイケメンマッチョはほぼ閉店間際まで粘っていたのだが、その間ずっとライトノベルらしき小説を延々と読み続け、女性スタッフ、即ちリーアに対しては追加注文を取る時以外、全くといって良い程に声をかけなかったのである。

 コンカフェに来るソロ客で、女性スタッフに見向きもしないというのは一体どういうことなのだろう。

 少なくともこのニーナ・ニーナでは女性スタッフとお客の交流を推奨しており、これまでの常連客は全員、それを目的として来店している。

 ところがあのイケメンマッチョは本当にただライトノベルを読みふけるだけで、用事が無ければ女性スタッフに一切何の接触も持とうとしない。

 本当にただ、読書する為だけに来店しているのだろうか。であれば、何故ニーナ・ニーナなのか。

 沙璃耶の頭の中では、時間を追う毎に疑問符が次々と増えてゆくばかりだった。

 ところがこの日は、更なる進展が見られた。

 新たにふたりの新規客が来店したのだが、いずれも目を見張る程の美男美女だった。実に、メイド服姿の女性スタッフの方が遥かに見劣りするのではないかと思える程の、完成された美貌のカップルだった。

 そんな美男美女が女性スタッフの案内を受ける傍ら、例のイケメンマッチョに向けて大声で話しかけ始めたのには沙璃耶も内心で仰天した。


「あー、やっぱりここに居たんだ、徹っちゃん」

「国見から連絡があったからまさかと思ったが……本当にコンカフェに通い始めたのか、鬼堂」


 その美男美女カップルは女性スタッフからの説明を程々に聞き終えると、一直線にそのイケメンマッチョ――鬼堂と呼ばれた男性の席に相席の形で陣取った。

 鬼堂なるイケメンは、この時物凄く迷惑そうな顔を見せていた。


「自分ら、ホンマどこでも見つけてきよるな……」

「えー、だって徹っちゃんが全然、返事くれないんだもん~」


 そんなやり取りをしながらも、美男美女カップルはドリンクと軽めのフードを注文していた。

 と、ここで沙璃耶は或ることに気付いた。

 カップルのうちの男性の方は、確か絹里高校サッカー部の新入部員だった筈だ。一年生ながら次期エースとしての期待が高く、来年のインターハイでは大活躍間違い無しとまで囁かれている人物の筈だ。

 沙璃耶は何故か手にしていた文庫本で自身の顔半分を隠しながら、サッカー青年の顔をじぃっと見つめた。


(そうだ、思い出した……確か一年D組の谷岡君だ!)


 そしてその一年D組が、美少女が多い為に奇跡の1-Dと呼ばれていることも同時に思い出した。


(え、ちょっと待って……ってことは、あの子もしかして、三強美少女のひとりじゃない?)


 ひと目見てゆるふわ系ギャルの印象を与えるあの美少女は、沙璃耶の想像に間違い無ければ大塚とかいう名前だった筈だ。

 ここまで新たな情報が出揃えば、もうかなり前進したと見て良い。

 あのふたりが揃って気安く声をかけているということは、あのイケメンマッチョも一年D組の生徒に違いないだろう。


(やっぱり、絹里の生徒だったんだ……ってことはやっぱり、彼が私のヒーロー?)


 そこまで考えが至った時、急に心臓が高鳴り出した。

 同時に、顔が火照ってくるのが分かる。

 しかしそれならどうして、彼は昨日、沙璃耶に全く声をかけようとしなかったのだろうか。

 或いは彼も咄嗟のことだったので、自分のことをほとんど覚えていなかったのだろうか。

 そして何より最大の謎は、どうして今の彼と、沙璃耶の命を救ってくれた時の彼は、あんなにも印象が違ったのだろう。

 沙璃耶を救ってくれた時、確か彼は黒縁眼鏡と野暮ったい髪型だったという証言が揃っている。

 それなのに今、この店に顔を見せている鬼堂青年は誰がどう見ても超爽やか系のイケメンだ。


(本当に同一人物なのかな……確かめる必要がありそうね)


 ソフトボール部には一年D組の女子生徒も所属している。槙山華乃子(まきやまかのこ)という三塁手希望の補欠部員だ。

 幸いなことに、明日ソフトボール部の練習が午前中から再開される。

 そこで槙山にそれとなく聞いてみよう。


(それにしても、彼……関西弁なんだ)


 昨日初めて来店したばかりで、オーダーを取るとき以外はほとんど声を発しなかったから、今まで気づかなかった。

 そういえば沙璃耶を助けてくれたあの時も、低い声音で気合の様に唸っただけで、まともな言葉は全く発していなかった様に思う。

 実をいうと沙璃耶、上方のお笑い芸人が大好きで、推しの芸人もひとりやふたりではない。いつもはテレビやネットの中でしか聞けないナチュラルな関西弁が、こんなに近くで聞くことが出来るなんて、これはまた別の意味で僥倖だった。


(彼と……鬼堂君と、お話してみたい、な……)


 文庫本で顔を隠しながらも、目がどうしても彼の端正な横顔から離れない。

 あのイケメンでありながら、あれだけベタな本格関西弁は、かなりのギャップがある。そう、沙璃耶にとってはこれはもうギャップ萌えの一種だ。


「それで鬼堂、ここで何読んでるんだ?」

「え? これはアレや、ライトノベルってやつや。飯村君に教えて貰て、この夏の新しい趣味にしようか思てんねん」


 悪びれもせず、照れることも無く、そして何の臆面も無く、あれ程のイケメンがライトノベルを趣味にするつもりだと公言した。

 これは或る意味、物凄い話だ。

 学年でもトップクラスの美少女と知り合いで、あれ程のイケメンなのに、オタク臭を自ら肯定するなんて、一体どんな神なんだろう。

 店内に居た他のオタク常連達も、沙璃耶と同じく呆然と、三人の美男美女にちらちら視線を送っていた。

 女性スタッフらもすっかり目が離せなくなっている。

 この日、ニーナ・ニーナでは新たな歴史が生まれようとしていた――様な気が、しないでも無かった。

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