43.読む男と探る女
メイド風コンセプトカフェ『ニーナ・ニーナ』は、内装こそクラシカルな純喫茶を思わせるが、客室ホール担当の女性スタッフはいずれも裾が際どい短さのミニスカートを着用している。
勿論下着の上にはスパッツなどの盗撮防止着を穿いているのだろうが、それでも白い太ももから発せられる色気は女性慣れしていない若者には中々刺激が強いかも知れない。
そんな中で徹郎は、リーアというスタッフネームのメイド少女に案内されて、奥まったテーブルに腰を落ち着けた。
このリーアの声、どこかで聞いたことがある様にも思えたが、営業用の裏声を用いている所為か、地声とは若干響きが異なっており、どこで聞いた声なのかすぐには思い出せない。
とはいえ絹里高校には大勢の女子生徒が居るのだから、似た様な声の持ち主を特定するのは不可能だろう。
(まぁどうせ、女性スタッフに用は無いんやし……)
そんなことを考えながら、徹郎はメニューを開いた。
リーアが先程から色々説明してくれているが、半ば以上は聞き流している。どうせメニューや、各テーブルに置かれている注意書きを見れば必要なことはひと通り書いてあるのだ。態々彼女の言葉を真剣に聞いておく必要も無いだろう。
そして説明がひと通り終わった段階で、徹郎はホットココアとシフォンケーキを注文した。
ついでにいえば、結局最後までリーアの顔をほとんど注視しなかった。
この店に来た目的は飽くまでも、大量買いしたライトノベルをひとり静かに味わうことだ。
女性スタッフに相手して貰う気はさらさら無い為、担当に就いたリーア嬢がどれ程の美人なのかは別段気にする必要も無かった。
(ここは何時間まで粘れるんかな?)
徹郎はテーブルに置かれている注意書きのラミネートを一瞥した。
どうやら注文さえし続けていれば、特に上限は無さそうである。極論すれば、閉店まで粘っても良いという訳だ。
(まぁ流石に、そこまではおらんやろうけど……)
それでも長時間居座ることが出来る新たな拠点を開拓出来たのは、この日最大の収穫だといって良い。
徹郎はホットココアとシフォンケーキが供されるのを待つまでも無く、買い込んだライトノベルのシリーズ第一巻を早速取り出した。
内容は、現代日本が舞台のラブコメらしい。微妙にタイトルが短文っぽいのが昨今の流行りなのだろうか。少なくとも英文やフランス語の海外小説とは趣きがだいぶん異なる。
と、ここで目の前のレンズが邪魔になった。
どうせここには顔を見知っている者はひとりも居ないのだからと、徹郎は伊達眼鏡を外して鞄の中に仕舞い込んだ。
そこへ、お待ちかねのホットココアとシフォンケーキが出されてきた。
いよいよ、静かな読書時間のスタートだ。
◆ ◇ ◆
沙璃耶はもう、顔が火照って仕方が無かった。
自分でも情けない程に、店舗利用の説明の際に何度も何度も噛みまくってしまったのである。
いつもならこんなことは絶対あり得ないのだが、もしかしたらこの新規客が彼女の命を救ってくれた名無しのヒーローかも知れないと思うと、もう冷静ではいられなかった。
それでも何とかオーダーを取り終えるところまでは、辛うじてやり切った。
その間、この逞しいイケメンマッチョな新規客は全く沙璃耶の顔を見ようともせず、じぃっとメニューに目を凝らすばかりだった。
そして厨房にオーダーを伝え終えると、沙璃耶はすぐにソフトボール部チームメイトの三人が陣取っている席に急行した。
「ね、ねぇ……さっき入ってきたご新規さん、見たこと無い?」
いいながら沙璃耶は、例のイケメンマッチョを密かに指差した。友人三人はしかし、よく知らないとかぶりを振った。が、どうやら駅前でチラシを配った相手のひとりかも知れない、ということらしい。
「その時、どんな感じだった?」
「えー、どうだろう。別にこれといって目立った反応は無かったと思うけど」
件の新規客にチラシを渡したかも知れないと答えた友人は、しかし、ほとんど何も覚えていなかった。
こうなるともう、沙璃耶自身であの新規客から情報を引き出すしか無いだろうか。
しかしもし本当にあの新規客が沙璃耶の命の恩人だとしたら、彼女が目の前に居るにも関わらず、ここまで徹底的にシカトし続けるだろうか。
或いは偶々声と体格が似ているだけで、赤の他人かも知れない。寧ろ、そっちの方の確率が高いのではないだろうか。
「私……ちょっと色々探ってくる。もうこっちには戻ってこないかも知れないから、適当に上がって貰って良いわよ」
それだけいい残して、沙璃耶は客席ホール中央へと引き返した。
リーアと記されたネームプレートを今一度真っ直ぐな位置に正して、いざ、情報収集開始である。
まずはあの新規客が何をしているかを探ろう。
沙璃耶は各テーブルに陣取っている常連客にお冷を注いで回る風を装いながら、それとなく例の新規客の近くを素通りして、彼の手元にちらりと視線を送ってみた。
どうやら、小説を読んでいるらしい。
テーブル上にも二冊、雑に放り出してある。沙璃耶もタイトルだけは知っている、有名なライトノベルであった。
(へぇ……見た目すっごいイケメンなのに、こういうの、読むんだ)
ちょっと新鮮な思いだった。
この新規客は見るからに爽やかなイケメンマッチョで、パリピか陽キャっぽい空気を感じる。にも関わらず、やっていることはまんまオタクだ。コンカフェに足を運んでライトノベルに熱中するなど、どう見ても陰キャ属性にしか思えない。
だがここで判断を下すのは、時期尚早だ。
もっともっと、色々情報を仕入れなければ。
ところが、そうは問屋が卸さない。
リーアの顔を見る為に通ってくれている常連客の相手もしなければならないから、いつまでもこの新規客にばかり注意を払っている訳にもいかないのである。
「リーアちゃん、これ見て見て。実はこれがさぁ……」
「へぇ~! こないだいってたやつですよね~! もうゲットされたんですかぁ!」
おっさん臭い下卑た声音の常連客相手にでも、可愛らしさを意識してあざとい仕草を返しながら、裏声満開でフレンドリーに対応する。
その間も沙璃耶は、あの寡黙なイケメンマッチョにちらちらと視線を送っていた。




