42.コンカフェデビューの男
一学期の期末試験終了翌日、七月の蒸し暑い土曜日。
徹郎は絹里駅前に幾つも建ち並ぶ商業ビルの一角に姿を現した。その三階と四階に入っているアニメ専門ショップの『メディアトピア』に所用があったからだ。
(おー、ここかぁ。ド派手な入り口で分かり易いから助かるわぁ)
この日の徹郎は前髪を左右に分け、薄いフレームの伊達眼鏡で軽く変装を施している。
トップスとボトムスにはカジュアルTシャツとスリムジーンズで適当に合わせているのだが、その下から浮かび上がる筋肉の峰は特に隠してもいない為、道行くひとびとが徹郎の頑健な体躯に目を奪われるという場面が何度も繰り返されていた。
そんなイケメンマッチョがアニメ専門ショップに足を踏み入れてきたものだから、来店客のみならず、スタッフまでもが一瞬ぎょっとした表情を浮かべている。中にはいつまでもじろじろと無遠慮に眺めてくる者も居たのだが、徹郎は全く気にすることなく店内を徘徊した。
この日徹郎は、何冊かのライトノベルを買い求めに同店を訪れていた。
一年D組のクラスメイト、ラノベ愛好家の飯村守に夏休みの時間を有意義に過ごす方法は何か無いかと訊いてみたところ、お勧めのライトノベルを何種類か紹介されたのである。
今までは英語やフランス語などの海外小説を原本で読むことが多かった徹郎だが、流石に飽きてきた為、新境地を開こうと決意した訳だ。
そして、今日。
絹里高校内での陰キャぼっちスタイルのままで足を運んだのでは、またどこでD組のクラスメイトと遭遇するか分かったものではない為、敢えて素顔に近しい軽やかなスタイルで外出することにした訳だ。
(おぉ、あったあった。何や、結構一杯出とるなぁ)
買い物かごに、守大絶賛のシリーズを次々と放り込んでゆく。最初に聞いた話では数冊程度ということだったが、こうして関連シリーズまでも物色すると、結構な数に上った。
(まぁエエわ。どうせ二カ月近く暇になるんやし……)
試験休みは事実上の一週間で、且つ夏休みは六週間の合計七週間。中々の日数だ。
となれば、そこそこの数を今から買い込んでおいても特に問題は無いだろう。
しかし、問題は読む場所だ。
自宅の高級マンションでも良いのだが、あそこは何人かの陽キャ連中に住所が割れている。有意義な夏休みを突如の訪問で台無しにされる可能性が高い。
となると、アイスココアが絶品のカフェチェーン店か、特製ココアが最高に美味いファミリーレストラン『キャスト』辺りが読書地の候補に挙がるのだが、流石にそう毎日、何時間も居座る訳にはいかない。
(どこがエエやろなぁ)
そんなことを考えながら会計を済ませ、二十冊近いライトノベルをリュックタイプの鞄に放り込んだ。
そしてまだ若干梅雨が明け切っていない鉛色の雲を頭上に眺めつつ、駅前遊歩道に出た。すると、同年代と思しき女子数名が、何かのチラシを配っていた。
「すみません、ご協力をお願いしまぁす」
そのうちのひとりが、徹郎にB4版のチラシを手渡してきた。そこには『このひとを探しています』的な文章が記され、黒縁眼鏡をかけた絹里高校男子のイラストが描かれていた。
特徴は長身で、且つ体格が良いと来ている。徹郎は嫌な予感を覚えた。
(これまさか……俺とちゃうやろな)
しかし、チラシを配っている女子達には見覚えも無いし、当然面識も無い。
彼女らは一体、誰を探しているのだろう。
(一応、警戒はしとこか……)
兎に角、少しでもヤバそうだと思った以上は距離を取ることだ。徹郎は何喰わぬ顔で件のチラシをくしゃくしゃに丸めて近くのごみ箱に放り込んだ。
その時、すぐ近くで年若い女性がミニスカートのメイド服姿で、チラシを配っている光景が視界に飛び込んできた。徹郎は咄嗟に、これだと確信した。
(そうか……エエ場所あるがな)
通称コンカフェ。
正しくはコンセプトカフェ。かつてはメイドカフェで通っていた形態の萌え産業だ。この手の店は一定時間毎にオーダーすれば、結構長い間居座ることが出来るという話を聞いたことがある。
女性スタッフから諸々のサービスを受けるには追加料金が発生したりと色々ある様だが、少なくとも徹郎が今必要としているのは、ライトノベルの読書地だ。正直、女性スタッフなどどうでも良い。
すぐにスマートフォンを開いて、駅前近郊のなるべく流行っていない店を検索する。
幾つかの候補の中から、可も無く不可も無くな店を絞り込んだ。
◆ ◇ ◆
この日、沙璃耶はメイド風コンセプトカフェ『ニーナ・ニーナ』に、長時間シフトでスタッフ勤務に入っていた。
沙璃耶は自身の顔立ちやスタイルが決して悪くないことを自覚している。もう少し正確にいえば、結構良い線いっているとも思っている。
平日や試合のある日はソフトボール部を優先させているが、土日祝などの休日は基本的に、ニーナ・ニーナでの勤務に時間を充てていた。
彼女が通うニーナ・ニーナは然程に賑わっている店ではない。しかし客の質は決して悪くなく、安心して接客することが出来るという理由で、かれこれ半年以上、客席ホールの顔として勤務し続けていた。
その沙璃耶の前に、三人の女子が客として来店した。いずれもソフトボール部のチームメイト達だった。
彼女らに対しては一応来店客としての扱いはするものの、自分と友人同士であるということを店長には事前に伝えてある為、割りとフランクに接することが許されていた。
「お疲れお疲れぇ~……で、どうだった?」
三人の友人客らに冷たいドリンクを自らの奢りで供しながら、僅かに声のトーンを落として訊いてみた。
実は沙璃耶、命の恩人のヒーローを見つけ出す為に、彼女らにひと探しのチラシ配布を依頼しておいたのである。
「う~ん、駄目っぽいかな。誰からも反応無しぃ」
友人のひとりが疲れ切った様子でかぶりを振った。他のふたりも、似た様な反応だ。
(やっぱり、難しいかなぁ)
内心で少し泣きそうになりながら、沙璃耶は小さな吐息を漏らした。が、折角頑張って協力してくれているチームメイト達には、そんな落ち込んだ顔は見せられない。
沙璃耶は精一杯の笑顔を向けて、ゆっくりしていってねとだけ告げて新たな来店客への対応に廻った。
「お帰りなさいませ、ご主人様。何名様でしょう……か……」
新たに来店したのは、190センチ前後はあろうかという頑健な体躯のイケメンだった。服の下から盛り上がる筋肉が素晴らしい程に美しく、勤務中であることも忘れてしまう程に思わず見惚れてしまった。
「あぁ、ひとりです」
その短いひと言に、沙璃耶は全身を雷に打たれたかの様な衝撃を覚えた。
このイケメンマッチョな新規客の声音に、聞き覚えがあったのだ。
(え……まさか……?)
沙璃耶はぎこちない所作でマニュアル通りの接客を進めながら、喉がからからに渇くのを感じた。




