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4.屋上に潜む刺客

 チャイムが鳴った。

 朝のホームルームが始まる時間だ。

 クラスメイト達は尚も徹郎に疑念と侮蔑が入り混じった視線を送っているが、それでも表面上は一応静かになった。

 灯香梨と彼女の友人達も、自分達の席に戻ってゆく。その時の彼女達の表情は見事に二分されていた。

 感謝の念から申し訳無さへと変貌を遂げた灯香梨と、そんな彼女を守ろうと険しい敵意をぶつけてくる友人女子達。

 しかしこれはこれで、寧ろ有り難い。下手にフレンドリーに振る舞われるよりも、敵意でも何でも良いから距離を取ってくれた方が徹郎としては過ごし易くなる。

 仮に学校側に知れたとしても、生徒同士の個人的なやり取りである以上、介入してくることは無い筈だ。

 勿論徹郎が灯香梨に対して暴力を振るったとなれば話は別だが、そんな事実は無い上に、灯香梨自身が徹郎に感謝の意を示しているから、彼女がその様な告発を打ち上げることはまずあり得ないだろう。


(後は変な正義感振りかざしてくる奴がおらんことを祈るだけやな)


 そんなことを思いながら一時間目の準備を進めていると、教壇上に三十歳手前ぐらいの女性教師が立った。

 D組担任の新見恵津子(にいみえつこ)だ。担当科目は英語。大抵はグラマーを受け持っているが、時折リーダーの授業に廻ることもあるらしい。


「はいはーい。皆席に就いてー」


 はきはきとした声が室内に響き渡る。当日の連絡事項の伝達や、回収物の予告などを手短に告げてゆく彼女は今日も機嫌が良さそうだ。


「早いもので、中間テストがもうあとちょっとに迫ってきてまーす。皆さん、初っ端から後悔することの無い様に、しっかり準備だけは進めておいてねー」

「うわー、えっちゃん朝からその話きっつぅ~」


 前の方の席に座っている男子生徒が、おどけた調子で合いの手を入れた。

 えっちゃんとは、恵津子の愛称である。

 彼女も別に拒絶する素振りは見せておらず、生徒達の好きな様に呼ばせていた。そのおおらかさが人気なのだろうか、恵津子を悪くいったり、彼女に反発する様な生徒は今のところ皆無だった。


「まぁでも、ここでコケたからって取り返しがつかない訳でもないしね。私がいえるのは、精々頑張れってなぐらいかしら」


 などと冗談交じりのひと言でホームルームを締めた恵津子。

 そのまま、一時間目の物理の担当教師と入れ替わる形で教室を飛び出していった。

 そしてこの僅かな隙間を縫って斜め前方、教壇に近い辺りに座っている灯香梨が僅かに面をこちらに向けて、申し訳無さそうな顔つきで拝む仕草を見せてきた。


(何を謝る必要があんねんな……)


 もうこれ以上構ってくれるなと内心で溜息を漏らしつつ、徹郎は前を向けと追い払う仕草で応じた。

 ところが同時に、灯香梨の友人女子達が鋭い眼光を飛ばして睨みつけているのが見えた。

 ああいう手合いは、こちらから下手に関わろうとしなければ良いだろう。向こうも徹郎のことを、キモいオタク野郎だと思っている筈だ。

 今どきの女子は、キモい奴には極力関わろうとしないという話を聞いたことがある。

 それが事実ならば、灯香梨を追い払っておけば大体上手くいくだろう。

 だが問題は、その灯香梨だった。


(こらぁ、休み時間は極力ここにおらん方がエエな)


 作戦は決まった。

 後は実行に移すのみだ。


◆ ◇ ◆


 授業間の小休み時間では、徹郎は下の階の男子トイレに逃げ込むことにした。

 教室を出る際と戻ってきた時には依然として突き刺さる様な視線の嵐が飛んでくるが、単に見られているだけならどうということは無い。

 仮に何かを口走ってきたとしても、授業が始まれば黙り込まざるを得ない訳だから、こちらも放置で良いだろう。

 となると、問題は昼休みだ。

 流石に飯時までトイレに籠もる訳にはいかない。


(どっかエエ場所探さんとなぁ)


 自作の握り飯をエコバッグに放り込んで、そそくさと教室を飛び出す徹郎。


「あ、鬼堂君……!」


 背後から灯香梨の声が追いかけてきた様な気もするが、ここも無視だ。あそこで立ち止まったら、折角の努力が全て水の泡と化す。

 何とか上手く教室からの脱出を果たした徹郎は、廊下の窓から青く霞む空を見上げた。

 暖かくて、良い天気だった。


(屋上でエエか)


 確かこの学校の屋上は、朝と授業中は封鎖されるが、昼休み以降から放課後までは開放されているという話だった。


(あれ、先客おんのか)


 階段を上り切って穏やかな風を浴びた瞬間、何人かの人影がそこかしこに見えた。これだけ良い天気なのだから、徹郎と同じく、明るい空のもとで昼食を取ろうという発想を抱く者が他に居てもおかしくはない。

 逆に徹郎ひとりだと却って悪目立ちするから、他に人影がある方が寧ろ有り難かった。


「あれ~? スケコマシのぼっち君じゃ~ん」


 不意に階段室の横手から、妙に嬉しそうな声が飛んできた。

 徹郎は渋い表情でその方向に面を向けた。そこに、同じD組の女子生徒が居た。確か、大塚雪奈(おおつかゆきな)とかいう名前だった筈だ。

 灯香梨とは別の女子グループを組んでいる筈だが、何故こんなところにひとりで居るのか。

 が、そんなことはどうでも良い。折角クラスの他の連中から距離を取ったというのに、ここで雪奈に捕まってしまったのでは、まるで意味が無いではないか。


「こんにちは。ほなさいなら」


 徹郎はそのまま階段室に引き返し、別の場所を探そうと考えた。

 ところが――。


「あぁ~! ちょちょちょちょい待ち! 何も逃げることないじゃん!」


 雪奈が慌てて追い縋ってきた。

 こんなところで騒がれると、また注目を浴びてしまう。現に、屋上に居る他の生徒の一部が、何事かと訝しげな顔で視線を投げかけてきている。

 面倒臭くはあったが、徹郎は仕方無く屋上に留まることにした。


「ねぇ、これからお昼~? 何食べんの~?」


 空いているところで適当に腰を下ろした徹郎の横に、何故か雪奈も当たり前の様に腰を下ろしてきた。ライトブラウンに染めた柔らかな髪が、ウェーブを描いて風に揺れていた。

 もう勘弁してくれや――徹郎は内心で大きな溜息を漏らした。

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