31.エロティック委員長
金曜の夕刻。
サッカー部での練習を終えた礼司は、ロッカールームで駅近くの屋内型レジャープールに遊びに行こうと誘われた。サッカー部から何人かの有志を募り、チアリーディング部の女子達と一緒にプールサイド合コンを楽しもうという企画らしい。
複数人ずつの女子と男子で繰り出し、週末のナイトプールイベントで羽目を外そうという訳だ。
正直なところをいえば、灯香梨を密かに狙っている礼司としてはチアリーディング部の女子には然程興味が無い。が、これもまたひとつの友達付き合いだと割り切り、参加することにした。
ところが現地に到着した時、行き交う客の間で奇妙な噂が囁かれていることを知った。
曰く、競泳用50メートルプールでひと組の美男美女が、泳ぎの猛練習に興じているというのである。
男の方は鍛え抜かれた筋肉がほれぼれする程に美しく、どこかのスポーツジムのコーチなのではないかと目されているのだが、それにしては少し若過ぎるという意見も散見されるのだという。
一方女性の方は、こちらもとびきりの美人で、抜群のスタイルと色っぽいビキニ姿が男性客の目を引いて仕方が無いともっぱらの評判だ。
これ程のペアならば、普通に考えればプールサイドデートに来ていると考えるのが普通だろう。
しかし件のカップルはちっともデートらしいことはせず、ひたすらストイックに泳ぎの練習に没頭しているらしい。
この瞬間、礼司は脳裏に徹郎の屈強な姿を思い浮かべた。
(いや……まさかな)
幾ら何でもそれはあり得ないだろうと、すぐに己の想像を打ち消した礼司。しかしどうにも、そこはかとない不安がむくむくと湧き起こってくる。
あの男ならやりかねんという思いが、どうしても拭えないのだ。
同行したサッカー部員らも、その噂が気になるらしく、
「ちょっと見に行ってみよーぜー」
という提案に、全員が乗ることとなった。当然女子らも、面白そうだからついていこうという話になった。
(いや、まぁ……遠目に見学するだけなら多分、大丈夫だろうな)
そんなことを思いながら水着に着替え、プールサイドエントランスで集合した両部の男女達。それでは早速ということで、問題の競泳用プールを覗きに行ってみた。
すると――確かに、居た。
マッチョな男の方はプールサイドを歩きながら、必死に泳いでいる女性に気合の声を飛ばしている。
「ほらほらほらぁ~、脚ぃ動いてへんでぇ。もう疲れたんかぁ?」
その瞬間、礼司はその場に凍り付いてしまった。あの声、あの関西弁、聞き間違える筈も無い。
(き、鬼堂……お前、こんなところで何をやっているんだ……)
声も出せずに、愕然とした表情のままその光景を凝視する礼司。
一方、水着姿のチアリーディング部女子達は、筋肉隆々のイケメンで、しかも普段滅多に耳にすることのない関西弁ということもあって、やけに楽しそうな笑みを浮かべている。
彼女達は恐らく、知らないのだろう。あのイケメンマッチョの正体が、一年D組の暴言陰キャぼっちだということを。
やがて、しごかれていた女性の方が休憩の為にプールサイドへとよじ登ってきた。
その美しく整った顔立ちが疲労困憊でぜぇぜぇと息を切らしている姿が、恐ろしい程に色っぽい。が、よくよく見たらその顔にも思いっきり見覚えがあった。
(嘘だろ……あれ、うちの委員長じゃないか!)
礼司はもうこの段階で頭の中が真っ白になってしまった。
容赦無くしごきまくっている鬼教官は徹郎で、必死になって稽古をつけて貰っているのは学年内でもトップクラスの美女として名高い奏恵。
そんな彼女の想定外な姿を見た礼司の頭脳はすっかりバグってしまい、そこから先は、思考が全く追い付かなくなってしまった。
「きょ、教官殿……ボクはまだ、い、いけるよ……」
「あかんて。オーバーワークで続けてもフォーム崩れるだけや。そんなグダグダなん覚えてしもたら、余計下手になってまうわ」
徹郎は無理矢理奏恵をラウンジャーに横たえ、彼女をうつ伏せにすると、いきなり密着し始めた。
(お、おい鬼堂、お前一体、委員長に何を……)
ひとりで勝手に興奮している礼司。同行した面々も、何が起こるのかと妙に期待した顔つきで件の美男美女にひたすら注目している。
が、その後に続いた光景は、ただのクールダウンストレッチだった。
徹郎が疲れ切って身動き出来ない奏恵の為に、手取り足取りでストレッチをサポートしてやっている。
本人達は至極真面目にやっているのだろうが、傍から見れば凄まじく妖艶で色気たっぷりだった。
「あぁ……教官殿……悪いね……最後まで、手間を取らせてしまって……」
「呼吸乱れるから喋るなて。ちゃんといわれた通りに息整えてくれるか」
徹郎は欲情する様子も見せず、淡々と奏恵の為に全身の筋肉をほぐしてやっている。その奏恵の喉の奥からは聞いている方が恥ずかしくなる程の色っぽい喘ぎ声が漏れ出していた。
「ふぁ……あっ……うん……あっ……んぁっ……あぁッ……」
普段教室では絶対に聞くことのないエロティックな奏恵の声に、礼司の脳内で妄想が炸裂しそうになった。
「何か……あんまりじろじろ見てるのも悪いし、そろそろ行こうか……」
サッカー部員のひとりが幾分腰が引けた状態で、そそくさと去ってゆく。他の男子も一様に腰が引けていた。それは礼司すらも例外ではない。
(そ、そりゃやっぱり、勃つよな……委員長のあんな色っぽい姿見せられて、あんな喘ぎ声聞いてしまったら……)
我ながら健全な男性機能だと乾いた笑いを浮かべつつ、礼司も他の面々に倣って競泳用プールを後にした。
◆ ◇ ◆
ラウンジャー上で仰向けに寝そべり、心地良い疲労感を全身に感じている奏恵。
今日で徹郎からの水泳レクチャーは最終日だ。
最初はどうなることかと思ったが、彼の指導は矢張り素晴らしいものがあり、今では50メートルを一気に泳ぎ抜くだけの技術が身についていた。
「いやぁ、本当に感謝するよ、鬼堂君。まさか本当に、ここまで泳げる様になるなんてね。自分でもびっくりだよ」
「何や委員長、疑っとったんかいな」
立ちっぱなしでトロピカルジュースをがぶ飲みしている徹郎は、幾分呆れた視線を落としてきた。
「けどまぁ、もともと運動神経良かった方なんやろうな。見てて分かるぐらいに上達してきて、教えてる方も楽やったわ」
「ふふふ……そういって貰えると、頑張った甲斐があったよ」
水泳の授業はいよいよ、週明けの月曜からだ。今なら自信を以て臨むことが出来る。
「ところでやっぱり、鬼堂君は見学するだけにとどめるのかい?」
頷き返す徹郎に、奏恵は勿体無いなぁと苦笑を返した。
これ程の教え上手だということは、きっと凄い泳力を具えているのだろう。
ちょっと見てみたかった気もするが、何も学校の水泳授業だけが全てではない。そう例えば――今の様に、プライベートでプールや海に誘えば良いだけの話ではないか。
「鬼堂君……次は特訓なんかじゃなくて、普通に泳ぎを楽しみに行かないか?」
「何や、ドーバー海峡でも渡るんか?」
思わぬ返しに、一瞬きょとんとしてしまった奏恵。
一体どこからそんな発想が出てくるのかと、驚くと同時に呆れてしまった。




