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25.但しイケメンに限る理論

 京子が目を丸くしていると、逆サイドから愛理がひったくる様な勢いで灯香梨の連絡先メモを手に取った。


「うっそ、マジで……これ、あかりんの字じゃん」

「え~……ってことは、あかりんが自分で書いて、鬼堂に渡したってこと?」


 そんな馬鹿げたことがあるものかと、不審げな顔で目線を交わすふたり。

 徹郎はしかし表情ひとつ変えず、愛理の手から連絡先メモを奪い返した。


「あかりんから無理矢理聞き出した……って訳でも、ないよね」


 尚も京子が、横からじぃっと覗き込みながら呻く様に呟いた。

 件のメモには電話番号とSNSアカウント名の他に、灯香梨のメッセージも記されている。


『鬼堂君! 絶対絶対、登録してね!』


 しかもその一文の周囲には、ご丁寧に幾つもの手書きのハートマークが散りばめられていた。どう見ても、いやいや書かされたものではない。寧ろ、恐ろしい程に嬉々としている心理がこの文面からも伺える。

 ふたりは、あり得ないものを見たといった様子の呆然とした面を、徹郎の左右から寄せてきた。


「あのさ鬼堂……あんたやっぱり、あかりんと仲良いの?」

「んなもん、本人に訊いたらエエやんか……」


 もう良い加減面倒臭くなってきた徹郎は、黒縁眼鏡を外して目頭を押さえた。

 すると愛理があっと驚いた顔になり、すかさず手を伸ばしてきて徹郎の前髪をぐいっと押し上げた。

 この奇襲には徹郎も即座に反応出来ず、驚いて睨み返すことしか出来なかった。

 ところが愛理も、そして京子も、愕然として口をパクパクさせるばかりである。何故この様な反応を返してくるのか、徹郎には一瞬理解が及ばなかった。


「あ、あんた……鬼堂、あんたが、例の、謎のイケメン、だったんだ……」

「うっそ~……へぇ~……マジでぇ~」


 尚も呆然とするふたり。

 徹郎は愛理の手を軽く払って、再び野暮ったい髪型に復帰し、黒縁眼鏡で目元を隠した。

 もしかすると、雪奈と奏恵の三人でファミレス『キャスト』を訪れた際、このふたりも同じ店内に居たのかも知れない。でなければ、あの時の謎イケメンスタイルを知っている筈も無かった。


「谷岡っちとキリーがいってたこと、マジのマジで、ホントだったんだ……」


 喉の奥で唸る京子。尚、谷岡っちとは礼司、キリーとは裕太のことを指しているらしい。

 しかし徹郎はそんなふたりの反応など一切無視して、灯香梨の連絡先登録作業を黙々と続けた。

 一方の京子と愛理は、何とも居心地の悪そうな顔でちらちらとお互いに目線を交わし合っている。この後、どう対応すれば良いのかが分からずに困っている風にも見えた。

 が、ややあって京子の方から切り出してきた。その面にはどことなく、変な覚悟の様な色が伺える。


「あ、あのさ鬼堂……あんた、その、あかりんと付き合う気って、あるの?」

「はぁ? 急に何や、藪から棒に」


 陰キャぼっちなのが見て分からんのかと吐き捨てようと思ったが、それよりも早く愛理が京子に続いた。


「あかりんってさ、入学してからもう何人も色んなオトコから、コクられてるんだよね」


 しかしそれらの告白を、灯香梨は全て断っているのだという。彼女は、よく知らない男と交際することには相当な抵抗感を抱いている節があるらしい。

 ふたりからそんな説明を受けた時、徹郎は頭の中に幾つもの疑問符を並べた。このふたりが何をいいたいのかが、未だによく分からない。

 徹郎が黒縁眼鏡の奥から胡乱な眼差しを送っていると、愛理は陽キャの癖にもごもごと口ごもる様な調子で、更に言葉を続けた。


「だからさ、あかりんがあんたみたいなネクラにモノにされちゃったら、あの子に変な噂が付き纏うんじゃないかって、ずっと心配してたのよね」

「でも、あかりんが惚れたのが例の謎イケメンだったら皆納得するし、あかりんを悪くいう奴なんて居ないと思う……」


 この時点で何となく、徹郎にも話の筋が見えてきた。

 要するにこのふたりは、灯香梨と仲良くしたいならイケメンとしての正体を露わにしろ、ということをいいたいらしい。

 徹郎としても、ふたりのいい分は理解出来る。

 絹里高校にも所謂スクールカーストなる目に見えない身分制、上下関係は存在している。それは徹郎も認識しているし、だからこそ底辺である陰キャぼっちを己の有様に据えた訳だ。

 どの学校に於いても陽キャは陽キャ同士で仲良く盛り上がるだろうし、陰キャはそのカテゴリーから弾かれて烏合の衆と化すだけであろう。

 しかし問題は、京子と愛理が徹郎に対して灯香梨達の居る側に身を置けと求めていることだ。

 徹郎にしてみれば、あり得ない話だった。


「っていうか、何で俺が付き合う前提になっとんねん。花辻さんにその気があるかなんて、自分らにも分からん話やろう」

「え、それはそうなんだけど……でも……」


 愛理は反論も出来ずに口ごもった。確証が無いのなら最初から話を持ってくるなといいたいところだが、彼女らとて灯香梨を心配してのことだろうから、敢えてそこまでいうつもりは無かった。

 それでも、今度は京子が変に泣き顔っぽい表情で更に訴えかけてきた。


「あの子がオトコに連絡先を教えたのって、うちらが知る限りじゃさ、鬼堂、あんたが初めてなんだよ」


 だから、その可能性が高いというのか。幾ら何でも、短絡的に過ぎやしないか。


「それいうたら、俺かて赤の他人やんか。同じクラスになって、まだふた月ぐらいにしかならんのやで。何でそんな、どこの馬の骨とも知れん奴にいきなり惚れたりすんねんな」

「いや……それは多分、違うと思う」


 京子が神妙な面持ちでかぶりを振った。


「ほら、あんた確か、あかりんがバイトで危なかったところを助けてあげたんだよね? 何の見返りも求めなかったんだよね? あの子さ、そういう男前なひとが好みだっていってた。それに、その時の御礼が中々いえてなかったってこと、ずぅっと気にしてたぐらいなんだよ」

「キモオタが下心丸出しで美少女を部屋に連れ込んだ挙句に顰蹙買いまくった事件やな」


 徹郎はアイスココアを飲み干しながら、窓の外を茫漠と眺めた。

 この辛辣なひと言に対し、京子と愛理は揃って大いに慌てた。


「いやだからそれは、あんたがこんなイケメンだなんてうちらも皆も知らなかったから……!」

「そういう問題なんか? イケメンなら何しても許されるて? 俺が陽キャを嫌ってんのは、そういうとこやねん」


 もうこれ以上は話すだけ無駄だ。

 徹郎はさっさと帰り支度を済ませ、その場に京子と愛理を置き去りにしたまま店を出た。

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