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24.W伏兵

 徹郎は、ひとだかりが出来ている廊下の一部を素通りしようとして、足を止めた。

 その中に灯香梨の笑顔を見つけたのだが、彼女はもっと前から徹郎の姿に気付いていたらしい。

 灯香梨は流石にこの場で声をかけてくる様な真似はしなかったが、しかし彼女はその瞳で、廊下の掲示板を見て欲しいアピールを示していた。

 徹郎は、そこに貼り出されている中間テスト結果の総合順位表を軽く一瞥した。


(あぁ、そういうことか)


 何をアピールしていたのか理解した徹郎は、他の生徒には気付かれぬ様に、灯香梨に対してだけ小さくサムズアップ。

 すると灯香梨も、仲良し女子達に左右を囲まれつつ、心底嬉しそうな笑顔で矢張り同じ様にサムズアップを返してきた。

 総合順位表には学年トップ10までの生徒名が大きく記され、その後に少しフォントを縮めて一年生全員の名前が成績順に沿ってリスト化されている。

 灯香梨の順位は、18位だった。絹里高校の一年生は全部で300人程度に達するから、これはもう素直に喜んで良い結果だろう。

 今回の中間試験前、灯香梨は何度も徹郎に教えを乞いに来ていた。それ程に彼女は真剣だった。

 そして現在、その努力が見事に報われた。


(よう頑張ったな。お疲れさん)


 徹郎は心の中で拍手を贈りつつ、掲示板の前を去った。徹郎には、中間試験の成績よりも更に大事な使命が課せられている。

 今日は金曜日だ。この日の放課後、駅前の家電量販店に足を向け、個人用のスマートフォンを購入する計画だった。

 その為にはまず、雪奈に捕まる訳にはいかない。或いは奏恵辺りも、今回の試験結果を受けて徹郎を拉致しようなどと考えるかも知れない。

 ちょっと面倒臭そうだった。

 ところが、今回は運が味方した。六時間目終業のチャイムが鳴ると、裕太が雪奈の席に近づいてきて、カラオケに行かないかと誘い始めたのである。


(ナイスフォローや)


 別に裕太は徹郎を助けようと思ってやった訳ではないだろう。

 が、それでも徹郎にとっては有り難い話だった。

 裕太はしきりと、ギターを貸し出してくれるカラオケに行こうと持ち掛けている。恐らくここ一週間で習得した曲を、雪奈にいち早く披露したいと考えているのではないか。

 実際裕太は徹郎宅のトレーニング部屋で、いつも最後まで残って練習を重ねていた。雪奈にその腕前を披露してやれる程には自信が持てる様になったのだろう。

 徹郎は帰り支度を整えると、雪奈と裕太の会話には一切加わらずに席を立った。

 すると雪奈が、物欲しそうな顔で呼び止めてくる。


「あ、ねぇ、徹っちゃん今日ヒマ? 良かったらあたしらと一緒にカラオケ、どう?」

「今日は忙しい」


 顔も向けずにさらりと返す。

 本人達の顔は見なかったが、雪奈が残念そうに唇を尖らせ、その一方で裕太がグッジョブだぜと嬉しそうな笑顔を向けてきていることは、背中越しの気配で何と無く分かった。


◆ ◇ ◆


 結局、奏恵からも呼び止める声は飛んでこなかった。

 徹郎はこれ幸いにと学校を飛び出し、そのまま駅前へと走る。

 今回購入するスマートフォンは予め目星をつけてあったから、夕方までには一連の手続きが完了し、徹郎専用の個人端末を無事に入手することが出来た。


(花辻さんの連絡先だけ、さっさと登録してしまおか)


 帰宅してからでは忘れてしまうかも知れない。徹郎は直ぐ近くのカフェチェーン店に飛び込み、アイスココアとパウンドケーキをオーダーしてから窓際に並ぶひとり用の席に陣取った。

 これで本日最大のミッションはほぼ終了。後は穏やかにひとりの週末を過ごせば良い――などと考えていたのだが、ここでまさかの遭遇が徹郎に襲い掛かってきた。


「……あれ? 鬼堂?」

「え? 嘘、マジ? あのぼっちが、こんな店でおひとり様キメてんの?」


 徹郎は眉間に皺を寄せながら、声の主ふたりにちらりと視線を送った。

 同じクラスの国見京子と藤田愛理――灯香梨の仲良しグループの女子共である。

 内心でしまった、と舌打ちを漏らした徹郎。

 よくよく考えればこのカフェチェーン店は、陽キャの溜まり場になりそうな人気スポットだ。そんなところに陰キャぼっちスタイルのままで、何の気無しに飛び込んでしまったのが迂闊だった。

 だがしかし、ここは冷静に考えてみよう。

 自分は例の暴言事件で、クラスメイトのほぼ全員からそれなりにヘイトを集めている筈だ。雪奈と灯香梨には頭を下げたが、他の連中にはその事実は伝わっていないものと思われる。

 ならば、ここはシカトだ。学校の外でも嫌な奴に徹し切れば、陽キャ共の方から態々近寄ってくることも無いだろう。

 徹郎は本気で、そう信じ込んでいた。

 ところがその発想が、見事に覆された。京子と愛理はそれぞれオーダーしたドリンクを手にして、あろうことか徹郎の左右に腰を下ろした。両側から徹郎を挟み込むスプリットスタイルだった。

 先に声をかけるべきかどうか逡巡した徹郎だが、ここで下手に反応しては相手の思う壺だ。そのまま何もいわずにストローでアイスココアを吸い出しつつ、スマートフォンを操作し続けた。

 京子も愛理も、しれっとした顔で横からちらちらと徹郎の面やらスマートフォンやらを覗き込んでくるが、そんなものをいちいち気にしている場合ではない。

 彼女らにしてみれば、左右から圧力を加えることで陰キャぼっちを弄ってやろうという意図なのだろうが、こちらが反応を返さなければそのうち飽きるだろう。

 ここは忍耐力の勝負だ。

 徹郎は兎に角、手元の作業に集中してふたりの気配には気付いていない風を装い続けた。

 ところが、意外な形でこの沈黙が破られた。


「あれ……それって、あかりんのアカウントなんじゃないの?」


 不意に京子が、アイスココアの傍らに置いてあるメモ帳を横から覗き込んできて、声を裏返した。

 愛理も、信じられないといった表情で愕然としている。

 徹郎はここでも、ミスを犯した。

 灯香梨と仲の良いふたりなら、彼女のアカウント名を知っていてもおかしくは無い。その点をすっかり、考慮から外してしまっていた。

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