23.そうだ、スマホ買いに行こう
その後は、他愛も無い雑談が続いた。
学校では接触を極力避けていることもあって、灯香梨の好む話題や、どういった点が笑いのツボなのかがよく分かっていなかった徹郎だが、カレーを振る舞いながら交わした小一時間程の会話の中で、或る程度のところが掴めた様な気がした。
そして徹郎宅を辞する際、灯香梨は御馳走になった礼を述べると同時に、安心して欲しいと小さくガッツポーズを作った。
「大丈夫だからね! 鬼堂君がそうして欲しいっていうなら、あたしは全力で鬼堂君のぼっちライフを応援するから!」
「あぁ、うん……そら助かる」
灯香梨は心の底から嬉しそうな笑みを湛えて、機嫌良く去っていった。その後ろ姿は、ともすればスキップでも踏み始めるのではないかと思える程に軽やかだった。
その後、トレーニング部屋を借りていた軽音部の連中もカレーを御馳走になってから、三々五々、徹郎宅を辞していった。
「いやぁ~、マジで助かるぜ。ホント、サンキューな」
「まぁ、部屋貸すぐらい別にエエよ」
最後に残った裕太にお代わりのカレー皿を手渡しながら、徹郎は小さく肩を竦めた。
裕太はギター担当なのだが、今練習している曲はソロパートが多いらしく、結構なエネルギーを消費するのだという。
その分、他のメンバーよりも腹が減るなどといっているが、彼の大喰らいは恐らく生来の体質だろう。
「ところでさぁ、鬼堂……結局、ホントのところを明かしちまって良かったのかよ?」
恐らく裕太は、徹郎が灯香梨と雪奈に例の暴言を吐いた真意を伝えたことを指しているのだろう。
実際のところ徹郎も、当初はあのふたりには真意を伝えるつもりはさらさら無かった。
他のクラスメイト達と同様、徹郎に対して怒りを抱き、愛想を尽かして貰おうと考えていた。
ところが、雪奈が管山達に襲われたあの事件を切っ掛けとして、その思考を改めた。
雪奈を救出し、この部屋で彼女の精神的なケアに努めた徹郎は、何故あの事件に至ったのか、その一連の経緯を聞いて考え直さざるを得なかった。
(あの時、大塚さんは精神的に参ってるところを管山に呼び出されて、そのまま連中に拉致されたっていうとったな)
徹郎に拒絶されたと解釈した雪奈は、相当に気分が落ち込んでいたらしい。管山に告白されたその日の午後、再度あの男から放課後にもう一度会って欲しいと頼まれた彼女は、何も考えずにのこのことついていってしまったのだという。
その後、学校近くの路上で無理矢理バンに押し込まれ、絹里西公園に連れていかれた雪奈。
いつもの彼女なら、そんな誘いには乗らなかったかも知れない。だが心に打撃を受けていたあの当時は、警戒心がほとんど機能しなかったものと思われる。
その元凶は間違い無く、徹郎だ。己が彼女に与えた心理的打撃が、無用な危機を招いてしまったのだ。
これは明らかに徹郎のミスだった。
(最初っから、ぼっちでおりたいから協力してくれっていうとけば良かっただけの話やんけ……)
それなのに何故、あんな回りくどい手段を取ったのか。
理由は自分でも分かっていた。
同年代の女性から友人として接して貰うことに、戸惑いを感じていたのである。
(年少諜報部におる時は、例え女相手でも殺るか殺られるかの連続やったからかな)
勿論、それもあるだろう。
しかしそれ以上に、自分でも理解出来ぬ気恥ずかしさの様なものがあったことは否めない。
思春期の性教育や恋愛論を、対人情報戦略という意味合いでしか学んでいなかったことも事実だが、いざ自分の周辺で起きてみると、これ程の支障を来たすことになろうとは想定もしていなかった。
それでも、己の心理的な問題に気付けたのは収穫だ。今後はそれを改めれば良い。
「……まぁちょっと、色々あってな。あのままやったら絶対拙いことになる思うたから、正直に話した」
「ふぅん……拙いこと、かぁ」
何故か意味ありげに笑う裕太。恐らく彼は、何か別のことと勘違いしている。
だが、そうであっても別段、構わない。
要は徹郎の偽造ぼっち状態維持を邪魔しなければ、それで良いのだから。
「けどさ、そのお陰で俺もちょっとだけ、やる気出てきたぜ」
二皿目のカレーをぺろりと平らげてから、裕太は不敵に笑った。
「大塚が元気になってくれたじゃん。やっぱあいつはああでなきゃ、攻略し甲斐がねぇってもんよ」
「自分乙女ゲーみたいなこといいよるな」
空いた皿をシンクに引き取りながら、徹郎は呆れた顔を向けた。
しかし裕太は笑っていたのも束の間、その直後には随分と自信無さげに大きく溜息を漏らしていた。
「けどよぉ、何か無理ゲー臭くなってきたんだよなぁ」
雪奈の徹郎に対する好意が、ここ最近は随分と露骨になってきたと裕太はかぶりを振った。
徹郎にしてみれば、あれは単にぼっちを弄って楽しんでいる陽キャだという認識だったのだが、そうではないのだろうか。
「お前ホント、そういうところ超鈍いよな……で、実際のところ、どうなんだよ。大塚か花辻、どっちを取るんだよ?」
「ぼっちを取る」
誰が上手いこといえと頼んだよ、などと苦笑しながら帰り支度を始める裕太。
別段徹郎としてはウケを狙った訳ではなかったのだが。
「まぁ、精々頑張れよ……お前がいつまでぼっちを偽装してられるか、遠くから暖か~い目で見守っててやるからさ」
「どっちかいうたら、冷たい目で見ててくれる方がぼっちらしさ全開なんやけど」
そんなことをいいながら、徹郎は玄関先まで裕太を見送った。
そうして、やっと徹郎宅は静かになった。
その後洗い物を片付け、日課の筋トレと格闘技鍛錬に入ろうとした直前にふと気づいて、灯香梨が持ってきてくれた特製タルトの残りを冷蔵庫に仕舞い込む。
と、そこで紙袋の奥に紙片が入っていることに気付いた。
灯香梨の連絡先だった。携帯番号とSNSのアカウントが記されている。オンラインで繋がりたいという意思表示だろうか。
(流石に、局から支給の端末に入れる訳にはいかんなぁ)
徹郎は週末、個人用のスマートフォンを買いに行くことにした。




