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22.乙女のワンチャン

 徹郎は頭を下げたまま、朗々と響く声を発した。


「こちらこそ、いつぞやはエラい失礼な真似してしまいまして、誠に申し訳ありませんでした」


 灯香梨は頭の中がパニックになっていた。

 どうして徹郎が、礼を執って謝る必要があるのか。

 と、そこまで考えて、はっと思い出した。

 京子と愛理が徹郎に怒りを向けた、あの時の暴言のことをいっているのだ。

 しかし、何故今になって謝罪してきたのか、灯香梨には全く理解出来ない。それに謝るぐらいなら、最初からあんなことを口走らなければ良かった筈だ。

 灯香梨が見るところ、徹郎は非常に頭が切れるし、あの場であんなことをいえばどのような状況になるのか、分からないひとではない筈だ。

 それなのに、どうして――この時、灯香梨はひとつの仮説に辿り着いた。

 もしかしたらこのひとは、クラスの中で孤立したいが為に態とあんなことを口にしたのか。

 そして本当は思ってもいない言葉を発し、自分や雪奈に迷惑をかけてしまった。そのことを悔いているというのだろうか。

 いや、そうとしか考えられなかった。

 でなければ、徹郎がこうして頭を下げる理由が見当たらない。


「ね、顔を上げて鬼堂君。あたしは別に、あのぐらい何とも思ってないから」


 灯香梨は慌てて徹郎に駆け寄り、その大きな手を取った。

 ここで漸く徹郎は頭を上げた。

 その瞳には灯香梨に対する悪感情は、欠片にも感じられない。寧ろ、優しげな輝きだけが灯っている様に思えた。


「ね、座ろう? ちょっと落ち着いて、お話しない?」

「あぁ御免。俺がいわなあかん台詞やな」


 徹郎は頭を掻きながら灯香梨にダイニングチェアを勧め、自らもその隣に腰を下ろした。


「実は、大塚さんにはもう先に謝る機会があったから、御免なさいっていうてあるんやわ」

「あ、そうだったんだ」


 だから雪奈は、あれ程積極的になれたのだろうか。もしそうなら、その気持ちは大いに分かる。

 灯香梨も、同じだ。あの時の暴言が徹郎の本心ではなかったとするなら、灯香梨も自分の気持ちに従って、徹郎に想いを寄せていくことが出来る気がした。

 但し、ひとつだけ分からないことがある。どうして徹郎は、あんなことを口走ったのか。

 そのことを訊いてみると、徹郎はただひと言、


「ぼっちを続けなあかんからな」


 と、よく分からない台詞を返してきた。

 しかしそれが目的なら、確かに効果はあった。クラスメイトの大半はあれ以来、徹郎と距離を取る様になっていたから。


「でもどうして、そんなに皆を遠ざけたいの?」

「うん、まぁ、職務上の話やから」


 徹郎は言葉を濁した。どうやらここから先は、立ち入ってはいけない領域の様だ。

 であれば、灯香梨としてもこれ以上踏み込んで訊く訳にはいかなかった。ただ兎に角、徹郎は自ら望んで孤立したいが為にクラス全員を敵に廻す暴言を発した。

 しかし本心では灯香梨と雪奈に、申し訳ないという想いを抱いていた。だからこそ彼はこうして、頭を下げてくれたのだ。

 灯香梨としては、もうそれだけで十分だった。徹郎はちゃんと、本心を明かしてくれた。これ以上、何を望む必要があろう。

 が、ここで灯香梨は別のことに思い当たった。


「あ……もしかして、あたしが色々鬼堂君に話しかけてたの、あれって拙かった?」

「う~ん……正直いうと、拙いっちゃあ拙い」


 但し徹郎は灯香梨を責めたり、不平を口にすることはしなかった。意図を説明し、接触を避ける様にと依頼していなかった自分が悪いと、彼は素直に己の非を認めていた。


「じゃあもしかして、大塚さんにも困ってたりする?」

「めっちゃ困ってる。あんだけ何回も、ひと前では話しかけてくんなっていうとんのに、全部無視しよる」


 灯香梨はつい、噴き出しそうになってしまった。

 徹郎がここまで困り切った表情を浮かべるのは、見たことが無かった。しかし当人にとっては決して笑いごとではないのだろう。

 とはいえ、灯香梨としても、これ以上はどうしようもないのではと思う部分もあった。


「だって鬼堂君、頭良いところとか料理が凄いこととか、結構知られちゃってるし。谷岡君と桐島君とも結構、仲良いでしょ? もうその時点でぼっちの陰キャをアピールするのは、無理っぽい気がするんだけど」

「えぇ~、そんなんでもう、あかんのか」


 徹郎は苦り切った表情を浮かべた。

 彼にとってはそれ程までに、ぼっちで居ることが重要なのだろうか。灯香梨には今ひとつ、理解が及ばなかった。


「っていうか、どうしてそこまでぼっちに拘るの?」

「いや、そらぁやっぱり平和で静かなスクールライフっちゅうたら、ぼっちの右に出るもんは無いやろ」


 その瞬間、灯香梨は目を丸くした。ここまでの極端な意見は聞いたことが無かった。

 確かに煩わしい人間関係をシャットアウトすれば、平穏な日常を過ごすことは出来るだろう。

 しかしそれで、充実した学園生活が送れるというのだろうか。

 勿論、価値観はひとそれぞれだ。灯香梨が思う幸せが必ずしも徹郎の理想と合致するとは限らない。

 だがそれにしても、ぼっちこそ至上の平和スタイルだというのは、少々異質に過ぎないか。


「えっとね……例えば少しだけ友達作って、小さく盛り上がるっていうのは、どうかな?」

「盛り上がってる時点で普通に陽キャやんか。陽キャはあかん」


 灯香梨は徹郎との会話の中で初めて、こりゃ困った、と思い始めた。

 陽キャやパリピなどを敵視するのは、何故だろう。そんなに嫌なものなのだろうか。

 そういえば灯香梨自身、所謂陽キャに属すると自覚している。となると、徹郎と仲を深めたい自分としては、これは結構拙くないだろうか。


「あ、でも、学校以外の場所でなら、普通にしていられるんだよね? 例えばここでなんか、鬼堂君ぼっちスタイルじゃないよね?」


 何故か灯香梨は、必死だった。

 学校外なら、徹郎と仲良く過ごすことが出来る筈だ。そこに望みがあるのなら、期待しても良い様な気がしてきたのである。


(……って、あれ? あたしもしかして、学校外ならワンチャンあるとか思ってる?)


 ここで灯香梨は自身の想いに、漸く気が付いた。

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