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19.青田買い

 中間試験を終えた金曜日の正午過ぎ。

 ファミリーレストラン『キャスト』絹里駅前店を徹郎、奏恵、雪奈の三人が訪れた。

 早速奏恵はドリンクバーチケット三人分をウェイトレスに手渡したものの、三人はまだ昼食を済ませていなかった為、結局他のオーダーも取ることになった。


「何か……普通にお昼ご飯を食べに来ただけになっちゃったね」


 下駄箱前の攻防は何だったのかと笑う雪奈だが、ココアに釣られてほいほいついてきた徹郎は今更ながら己の浅はかさを悔やむばかりで、笑うに笑えない心境だった。


「まぁ偶には、こういうのも良いんじゃないかい?」


 からりと笑う奏恵。

 艶やかな黒髪が美しいクールビューティーというイメージが先行している為か、徹郎の前で見せるあっけらかんとした笑顔は中々にギャップが凄い。

 尤も、徹郎は相手が美女だろうが何だろうが、ぼっちライフを邪魔する者は須らく敵という認識しか持っていないのだが。


「っていうか徹っちゃん、その眼鏡もう外したらぁ? ここにはあたし達しか居ないのに、顔隠してても意味無いじゃん」

「おや。君のそれは、伊達眼鏡なのかい?」


 興味津々の様子でテーブルの反対側からずいっと身を乗り出してくる奏恵。すると、徹郎の隣に座っている雪奈がいきなり黒縁眼鏡を奪い取り、更には、


「はいはい~。ヘアスタイリスト雪奈さんにお任せして頂戴」


 などといいながら前髪を後ろに流して、鞄から取り出したカチューシャで止めてしまった。


「自分、問答無用やな……」

「えぇ~……この方が絶対、可愛いじゃん」


 徹郎は眉間に皺を寄せた。雪奈の可愛い基準がさっぱり、分からない。

 ところが奏恵は、すっかり見た目が変わってしまった徹郎の端正な顔立ちをまじまじと眺めて、心底感心した様子で変な声を漏らしていた。


「ほほ~……これはこれは、君は隠れイケメンだったんだね。何と勿体無い」

「でしょお? あたしもさぁ、ちゃんと顔見せなよっていっつもいってんだけど、徹っちゃん全然聞いてくれないんだよねぇ」


 勝手に盛り上がっている女子ふたり。

 そろそろ徹郎も苛々し始めてきた。

 一体何の用があって、態々こんなところまで呼び出したのか。


「ん? 別にこれといった用事は無いよ。強いていうなら、君の人柄を知りたくて、ちょっとお話したかっただけなんだよね」

「そういうのは、女子会でやってくれへんかな」


 いいながら徹郎は席を立った。そのままドリンクバーへと向かい、特製ココアをカップに注ぐ。

 すると雪奈と奏恵も徹郎の後を追う様にして、レモンスカッシュとウーロン茶をそれぞれゲットして戻っていった。

 この間、徹郎は雪奈のカチューシャで前髪を上げて素顔を晒したままなのだが、どういう訳か他の客席から次々と視線が飛んできているのに気付いた。

 学年もクラスも分からないが、いずれも同じ制服を着用していた。中間テスト明けにファミレスで軽く昼食を取ろうという連中だろうか。


「おぉ、鬼堂君。すっかり注目の的だね」

「俺なんか見て何がおもろいねんな」


 テーブルに戻ってココアをすする徹郎を、奏恵は意味ありげな笑みでじぃっと凝視していた。

 どういう訳か雪奈も、分かってないなぁとばかりにかぶりを振った。


「だってほら、徹っちゃんの素顔ってほとんど誰も知らない訳じゃん」

「うんうん。絹里に、名も知られていない謎のイケメン現る……週明けには、もうそんな噂で持ち切りになるだろうね」


 勝ち誇った笑みで胸を反らせる美少女ふたり。もう全く以て、意味が分からない。

 一体何が楽しいのやら。


「そりゃあ、自慢にもなるよ。謎のイケメン君の正体を知ってるのが、あたしと委員長のふたりだけ。話題の中心になれるじゃん」

「またしょうもないことを……」


 矢張り、女子の感性は理解不能だ。

 そんなことで何の得になるというのだろうか。

 と、そこへウェイトレスがふたり、三人分の料理をトレイに乗せて現れた。雪奈はパスタセット、奏恵はドリアセット、そして徹郎は焼き鮭定食だった。


「うわ……徹っちゃん、相変わらずチョイスが渋いね……」

「ほっといてくれ」


 大根おろしに軽く醤油を差しながら、徹郎はふんと鼻を鳴らした。

 ともあれ、ここから先はランチタイムだ。流石に焼き鮭にココアは合わないので、少し自重する。

 そんな徹郎に、奏恵は再び視線を浴びせかけてきた。その瞳には好奇の色が滲む。


「ところで君は、他に何が出来るんだい? 学力が高いことと、料理の腕が達人並みだというのはもう知っているんだけど、他にももっと色々出来そうな気がするんだよ」

「陰キャでぼっちやから、ハブられるのは得意やで」


 などと答えてみたものの、奏恵は端から信用していない様子だった。

 ましてや雪奈には、彼女を絹里西公園で救出する際に管山達を制圧した戦闘技術を目撃されている。そう考えると、変な脂汗が滲んできた。

 しかし奏恵は、それ以上は追及してこなかった。代わりにただひと言、


「シェフは確保出来ている。ならD組の学祭出し物は、模擬店で決まりかな」


 などと聞き捨てならぬ台詞を放っていた。

 それにしても、何とも気の早い話である。絹里高校学園祭はまだ半年程も先の話だ。

 これではまるで、ただの青田買いだった。

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