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13.無双の鉄拳

 屋上はもう、行く気にはならない。

 徹郎の昼食は校舎裏の非常階段降り口でほぼ固定されつつあった。

 あれ以降、灯香梨も雪奈も徹郎に声をかけてくることは無かった。ふたりとも友人グループの間に居る時はそれなりに笑顔を見せているが、それ以外の場では表情が暗くなっている様にも見える。

 そんなふたりの姿を見ると、申し訳無いことをしたという気持ちは確かにあるのだが、しかし諜報員候補生である以上、ここで妥協するつもりも無い。

 裕太が語っていた様に、諜報員だからといって恋人を作ってはならないという規則がある訳ではなかったが、しかし徹郎としては矢張り、好きになったひとを危険に巻き込むぐらいなら、最初から作らない方が良いという発想がどうしても拭えなかった。


(ま……要は俺が逃げに徹してるだけやけどな)


 などと自嘲しながら、今日も薄暗い陰の中で握り飯を頬張る。

 すると、どこかからふたり分の足音が聞こえてきた。

 また告白タイムか――徹郎は邪魔にならぬ様にと気配を殺しつつ、尚も握り飯を喰い続けた。

 男子生徒の方は、二年生らしい。管山秀雄(くだやまひでお)と名乗っていた。

 そして女子生徒の方は、聞き覚えのある声だった。

 雪奈だ。

 そういえば聞いたことがある。彼女は入学初日に、いきなり十名近くの男子生徒から立て続けに告白されたのだが、その全てを断っていたらしい。

 その後も定期的に告白されては何かと理由を付けて、御免なさいを繰り返していたのだとか。


(まぁ、こればっかりは当人同士のフィーリングもあるやろうからな)


 そんなことを思いながらそれと無しに聞き耳を立てていると、雪奈は疲れ切った様子で、幾分沈んだ声を管山なる上級生に返した。


「えと……その……ちょっと、考える時間が欲しい、かな……」


 その瞬間、徹郎は内心で小首を捻った。

 以前の雪奈なら快活な調子で、はっきりした返答を口にしていたことだろう。しかし今回は随分と曖昧な態度で、どこか煮え切らない様子を示していた。

 恋愛に対して、何か心境の変化でもあったのだろうか。

 ともあれ、以前とは明らかに異なる元気の無い姿に、違和感を覚えたのは間違い無い。

 勿論ふたりの事情に徹郎が口を挟む権利は欠片も無いのだから、ここは黙って様子を見るばかりであったのだが。

 やがて、雪奈はとぼとぼと消え入るような背中で去っていった。

 一方、残った管山は何故かガッツポーズ。次いでスマートフォンを取り出し、誰かと通話し始めた。


「あぁ先輩、オレです……えっと、答えは保留っす。でも、何とかなるっしょ……はい、はい……んじゃあ、絹里西公園で……はい……あ、ゴムなんて要らないと思いますよ。どう見てもあの女、ビッチですんで。すぐ落とせますよ……はい、じゃあ、今日の夕方」


 そこで声が途切れた。

 徹郎は握り飯をむしゃむしゃと咀嚼しながら、内心で、


(ふぅん……色んな奴がおるんやなぁ)


 などと呑気に考えていた。


◆ ◇ ◆


 斜陽が街並みをオレンジ色に染め上げる頃。

 絹里高校から数百メートル程離れた絹里西公園の林の中で、雪奈は恐怖に凝り固まっていた。

 目の前には数人の見知らぬ男達。

 いや、正確にいえばひとりだけ知っている。今日の昼休みに裏庭で告白してきた管山という上級生で、放課後にもう一度雪奈を呼び出してきた男だ。

 今、雪奈は複数の男達に、草生えの地面の上で全身を押さえつけられていた。口の中には丸めたハンドタオルが押し込まれ、悲鳴を上げることも出来ない。

 ミニ丈の制服スカートの裾が大きく捲り上げられ、淡いピンク色のミニスキャンティが露わとなっていた。

 ブラウスは左右にはだけられ、お揃いのブラが男達のいやらしい目に晒されていた。


「うわ、すっげ……マジもんの巨乳だな」

「ねぇ先輩、後でオレにもヤらせて下さいねぇ。この女、ビッチの癖にやたらガード堅くて、呼び出すだけでも結構苦労したんスから~」


 興奮して息が荒い主犯格の男に、管山が背後から耳障りな声で呼びかけている。

 雪奈は、涙で視界がぼやける中で必死に声を出そうとした。が、口の中に押し込まれた布の塊が声帯の響きを阻害している。偶然近くを誰かが通りがかりでもしない限り、絶対に気付かれることはないだろう。

 そのことを、この連中は知っている。だからこそ、雪奈をここに連れ込んだに違いない。

 舌を噛んで死んでしまいたい。でも、それすら出来ない。

 そして抵抗しようにも、腕力で勝る複数の男達に押さえ込まれてしまっている。

 どうして、こんなことになってしまったのか――自分でも、よく分からない。

 気が付けば、ひと気の無い樹々の連なりの中に拉致されていた。自分から足を踏み込んだ訳ではなかった。


(嫌だ……嫌だ……嫌だ!)


 涙が止まらない。どういう訳かこの時、黒縁眼鏡と野暮ったい前髪で表情を隠しているクラスメイトの顔が思い浮かんだ。もしかすると、彼のことを一心に考えていれば、少しでもこの苦痛と恐怖を和らげることが出来るだろうか。

 あの時、彼は教室で決別を宣言した。多分、もう彼には自分の心は届かない。

 でもせめて今だけは、この時だけは、思いを寄せることを許して欲しい。目の前の汚らわしい男達の手で凌辱される間、貴方への気持ちで救って欲しい。

 今だけ――本当に、今だけで良いから。

 やがて、無理矢理下着がずり下ろされ、もういよいよその時が迫ろうとしていた。両目をぎゅっと閉じて、その一瞬に耐えようと歯を食いしばった。

 ところが、いつまで経っても恐ろしい瞬間は訪れなかった。更にいえば、いつの間にか、全身を押さえつけていた絶望的な力の群れが消え去っていた。

 何が、あったのだろう。

 雪奈はゆっくりと瞼を開け、そして胸が高鳴るのを感じた。

 自分を拉致してきた男達は全員、その場にうずくまって悶え苦しんでいた。

 そんな中で、彼が、管山の首を片手で掴んで持ち上げている姿が見えた。

 そう、彼が――徹郎が、そこに居た。


「お前ら、誰に手ぇ出したんか分かっとんのやろな」


 微かに怒気を含んだ低い声だったが、それは雪奈にとってはこの世の何にも優る、最高の救いの声だった。

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