12.男達の恋談義
放課後。
これから部活に足を運ぼうとしていた筈の礼司と裕太が、帰宅準備中の徹郎を、態々体育館裏の用具倉庫前にまで引っ張ってきた。
「お前、何であんなことを……」
開口一番、裕太が詰め寄ってきた。
が、それよりも早く徹郎は拝む様な仕草を見せつつ、深々と頭を下げた。
「いや、ホンマすまん。自分らが折角色々骨折ってくれとったのに、申し訳無いことしてもうた」
するとふたりは毒気が抜かれた様子で顔を見合わせ、小さく肩を竦めた。
「ということは、あれが花辻さんや大塚さんに対して悪いことだというのは、自分でも分かってた訳だな」
礼司が呆れた様に大きく息を漏らした。
その傍らで裕太は、何ともいえぬ表情で腕を組んでいる。
「それはつまり、お前の中では花辻さんと大塚さんを思い遣ってのことなのか?」
「う~ん……まぁおおもとの発想は、そうやなぁ」
今度は裕太が、やれやれとかぶりを振りながら溜息をついた。
「お前がそこまでぼっちに拘る理由は知らないけどさ……少なくとも俺らは、お前がライバルだって認めてるんだぜ?」
この裕太の台詞には、逆に徹郎の方が困惑した。
いっている意味が、よく分からない。何に対してのライバルなのか、どういうことについて競争しているのかが皆目理解出来なかった。
そもそもこのふたりは、明らかに住む世界が違う。
礼司も裕太もスクールカースト上はほぼ最上位に位置している筈だ。最底辺の陰キャぼっちオタクと何を争う必要があるのだろう。
「ぶっちゃけ、俺は大塚狙ってるし、谷岡は花辻狙いだよ。でもさ、あのふたりは俺らなんかよりもっと凄い奴に気が向いちまってんだ」
いい終えてから裕太は、徹郎をびしっと指差した。
「お前だよ」
「んな訳あるかい」
徹郎は即座に否定した。
そんな馬鹿げた話はついぞ考えたことも無かった。
しかしどういう訳か、礼司も裕太も、こりゃ駄目だと呆れた様子で揃って天を仰いでいた。
「あのな鬼堂……俺達はお前が恋敵なら、真剣に勝負して、それで何とか相手の気持ちを勝ち取ろうっていう気分になっていたんだ」
いいながら、真顔で迫ってくる礼司。その傍らで裕太も、うんうんと頷いている。
これに対して徹郎は、ならば好都合だろうと逆に問い返した。
「今ならなんぼでも振り向いてくれるんちゃうの」
「いや、だから、それでは意味が無いんだよ」
議論が平行線になりつつあるのだろうか、礼司が幾分苛々した様子で頭を掻いた。その不機嫌のもとが自分にあることは徹郎も承知しているものの、何に対して不満を抱いているのかが分からない。
「傷ついてるとこに手ぇ差し伸べりゃあ、そりゃあ簡単に落とせるかも知んねぇよ? でもさ、それって結局おこぼれを拾ってるだけじゃん。それじゃあ恋の勝負で勝ったとはいえねぇんだよ」
裕太が人差し指で、徹郎の分厚い胸板をぐいぐい突いてくる。
流石にここまでいわれると、徹郎もふたりが何をいわんとしているのか理解出来た。が、それは飽くまでも彼らのやり方、彼ら流の恋愛論であって、徹郎には無縁の世界だ。
そこに巻き込まれても正直困るというのが、徹郎の偽らざる思いだった。
しかし同時に、ふたりを見直す気分でもあった。一見すると女をとっかえひっかえするチャラい連中かと思えるのだが、恋愛に対しては本当に真剣に、真正面から向き合おうとする好青年達だ。
そういう奴らはつい、応援したくなる。
だがここで問題なのは、灯香梨と雪奈の感情が徹郎自身に向けられつつあったという点だろう。
「そらまた困った話やなぁ」
「いやいや、他人事じゃねぇし。何、第三者ぶってんだよ」
裕太のツッコミに、徹郎は頭を掻いた。実際今の今まで、完璧に第三者のつもりでいたからだ。
そんな徹郎に対して、この場で何度目かの呆れた表情を浮かべる礼司。
しかし今回の一件は徹郎が灯香梨と雪奈のこれからのことを思い遣っての行動だということは、どうやら理解して貰えたらしい。それだけに、今後の対処に苦慮しているのかも知れないが。
とはいえ、覆水盆に返らず、だ。今更例の発言を撤回するつもりは無いし、これからもぼっちとして極力他者と関わろうとしない方針であることにも変わりは無い。
と、ここで裕太が質問を変えた。何故そこまで、ぼっちであろうとし続けるのか、と。
これには徹郎もどこまで答えるべきか悩んだものの、ふたりのイケメンが徹郎の為に真剣な程に頭を悩ませてくれている以上、或る程度のところまでは話すべきだと腹を括った。
「まぁ~、ちょっと職務上のこともあってあんまり詳しゅうは話せんのやけど、上からの命令、ってことで納得して貰えんやろか」
「……鬼堂、お前もしかして、どこかで仕事してるのか?」
礼司が目を丸くした。裕太も、同様の反応を見せている。
流石にこれ以上はいえないが、ふたり共、やんごとなき事情だというのは理解してくれたらしい。
ところがここで、思わぬひと言が飛び出してきた。
「まぁ、そういうことならアレだけど……でもさ、ぼっちであることと、彼女作るのはまた別問題なんじゃねぇの?」
裕太曰く、要は関わる人間の数を絞り込めば良いだけの話であって、その絞り込んだ関係者の中には恋人が居たって別に構わないだろう、という訳だ。
これには徹郎も、はっきりとした答えを持っている訳ではない。ぼっちであり続けようとしたのも、飽くまでも徹郎なりに考えて導き出した結論に過ぎないからだ。
「その……上役のひとに訊いてみるってのはどうよ? もしかしたら、彼女ぐらいなら作っても良いよっていってくれるかも知れないじゃん」
「いやまぁ、そら訊くだけなら何ぼでも訊くけど……」
だが、今更感は拭えない。
既に灯香梨も雪奈も、傷つけてしまった後だ。ここでどの面下げて、やっぱり仲良くして下さいなどといえるだろうか。
そんな意味のことを徹郎が口にすると、礼司も裕太も、そりゃそうだなと頷くばかりだった。
(もう無理やって、今更)
徹郎は既に諦めていた。最初からそのつもりだったのだから。