第五十六話 そんなもしもを願った
その扉は金に染め上げられており、一つとしてさびなどの汚れは見当たらなかった。しかもその扉は僕たちの身長をはるかにしのぐほど高く、そしてずっしりと重く、僕たちを待ち受けていた。
そんな扉を父は体重を乗せて開けると、一つの広間に出た。その空間はまるで円柱の中をくりぬいたようで、壁全体が円を描いている。そしてその中央に、一人の女性がいた。白い布を見に包みどこかを眺めている姿に、僕は少しの奇妙さに頭を傾げた。
父が彼女に近づくと、彼女は空色の紙を揺らし、そして赤色の瞳でこちらをまじまじと見つめると、「ようやく来たんですね」といった。
「俺は、お前を殺しに来た。異変」
その言葉に、僕たちはともに口をあんぐりとした。なぜなら、美しいともいえる顔だちをしているその女性には優しさがあふれており、とてもじゃないが異変とは思えなかった。そしてなにより、人型の異変がいるとは思えなかった。
僕は思わず「何を言っているんだ、父さん」と首と突っ込んだ。すると、冷たい目で父がこちらを見つめた。
「首と突っ込むな。これは、被害者と加害者の対談だ。ほかの介入は許さない。.......それで、なぜおまえは抵抗しない?」
「そうですねぇ...」
まるで抵抗しないのが普通かのように、彼女はその言葉にご門を抱きながらも、何とかその理由を見つけた。
「私は、別に生きようとは思っていないのです。私が死ねばあなたたちは死に、そして暴走も終わってハッピーエンドになる。そして元通りになる。それは、あなたたちはそれを望んでいるはずです。それに私が死なない限り、あなたたちは暴走状態のまま。一時的にあなたは特別に戻ったみたいですが、それも時間の問題。このことは、あなたが一番知っているはずです。だから、あなたは何も気にせず、私を殺せばいいんですよ」
はたから聞いていた僕には、彼女が並べる言葉の羅列には確かな狂気が潜んでいると疑うしかなかった。利他的でもなく、そして救済を求めるわけでもなく、ただひたすらに殺せとそう優しく諭す彼女に、僕は畏怖の念を抱いた。それとともに、父が死ぬという言葉を聞いて、虚無に包まれた。
しかし父はそうでもなかったらしく、彼女の元へ駆け寄ると、懐からナイフを取り出した。
「同感だ。今の俺はすでに死んだ身だ。別に今から生きながらえようとは、微塵も思ってはいない。俺が願うのはただ一つ。自身の息子には自由に、そして幸せに生きてほしいってことだけだ。だからそのためにも、俺はあなたを殺すよ」
ナイフが振りかざされたとき、僕たちの後ろから何か音が聞こえた気がした。ん?と思ったのもつかの間、音は次第に大きくなっていき、音ではなく声であることが分かった。
その声色に僕は聞き覚えがあった。王宮にいたときに聞いた声。そう、アルベルト王の声である。彼は大声を上げ、やめろ!という一言とともに、この空間に乗り込んできた。
「やめろ!エディタ・グイド!私の妻を、殺さないでくれ!!」
恥を惜しみ、泣きじゃくるその姿は、まるで恋人に人生を捧げると決意した一人の男性のようで、今の王は、王とは思えなかった。
それに続いて、ルベルトが来たかと思えば、王を拘束した。
「ごめんなぁ。アドレ。だけどありがとう。これで異変は終わる。父さんは僕が拘束しとく。別に応援は僕が撒いといたから、来ないと思うで。父さんとはっきり話しぃや」
そう言われて父のほうを向くと、父はすでにナイフを振りかぶろうとしていた。慌てて時スキルを使い、僕は彼女と父の間に割って入る。
「父さん。僕はあなたを死なせたくない。あなたの大事な息子からの初めてのお願いだ!ここで死なないでくれ!」
その時初めて、僕の頬から一滴の涙がこぼれた。きっと感情が高ぶってしまったのだろう。気が付けば声にならない声で父を止めようとしていた。
僕の肩を父がそっとつかむ。
「お前に、出会わなきゃよかった。お前に出会わなきゃ一人で異変を解決して、お互い傷つかずにいれたのに。俺は馬鹿だよ。きっとお前たちを呼んだのも、心のどこかで止めたほしいと思っていたからだろうな。だけど、もう間違わない」
僕がとらえていた父の姿が、急に遠くなる。それだけじゃない。さっきまで後ろにいたユイガたちが隣にいる。
僕は、父のスキルで強制転送されていた。また父の元へ行こうとするが、見えない壁で防がれてしまう。それは皆も同じで、必死の思いで壁を叩いていた。
父が、彼女のほうへといざ向き合う。
「話は済みましたか」
「ああ。もう心の残りはない。じゃあな」
すると女性は目を閉じ、そのナイフが来るのを待った。そしてそのナイフはばずふりかざされ、彼女の首を高く吹き飛ばした。しかし血は飛散せず、代わりに光の粒子があたりを包み込んだ。
それは父も同じだった。いやきっと、この異変で蘇ってしまった全員が、同じようになっているのだろう。父は足から徐々に光の粒子が出ており、もう助からないと一目でわかってしまった。
父はもう止める理由もなくなったのか、スキルを解いた。おかげで、僕は父のもとに行くことができた。
「父さん」
「なあアドレ。お前は、俺の息子だからと言われてみんなに期待されているか?」
父のその一言は、完全に僕の心を読んでいた。僕のコンプレックスを。
しばらく黙り込んでいると、父はハハと笑って、そして優しく。諭すように言った。
「お前は確かに俺の息子だ。だけど、俺の息子だからと言ってやりたくないことをやるというのは苦だろう。だから、お前はお前でいいんだ。たとえそれで恨まれようとも、けなされようとも、俺はお前のことを立派な息子だと誇るよ」
その言葉を聞いた瞬間、僕は父の懐に飛び込んだ。そして父の服を涙で濡らし、口をへの字にしながら、その言葉を口にした。
「僕は父さんの息子に生まれてきて、幸せだった...!!」
「俺も、お前が息子で本当に良かった」
その瞬間、僕の腕の中にあった感触が消えた。代わりにあったのは、一粒の光の粒子であった。しかしそれも時がたつと、空高く舞い上がって、そして消えた。
僕は力が抜けたように膝をついて、今までため込んでいたものを吐き出した。嗚咽と、涙と鼻水でいっぱいで、何も考えられなかった。だが、ただ一つ思ったことがある。僕が力をつけていたのなら、父を死なせることも、あの人も殺すことなんてなかった。なのに、力がなかったから守れなかった。
僕に、力があったのなら。父が、完全に蘇っていたのなら。そんなもしもを心の奥から、叫ぶように願った。
最後まで読んでくださりありがとうございます!執筆速度は遅いですが、これからもこのシリーズを続けていこうともいますのでブックマークをして待っていただけると嬉しいです。
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