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前編

「オリヴィア・ブロムウィック。貴様にはほとほと愛想が尽きた。婚約破棄を言い渡す!」


 伯爵令嬢の私に、第二王子のオスカー様が社交の場でそう言い放った。

 オスカー様の隣には、私の大親友であるカロラインの姿。

 細い腰をオスカー様に抱かれたカロラインは、豊満な胸を寄せて……いえ、むしろ押し付けているわね。

 怒りがないわけではなかったけれど、誰が見ても美男美女のお似合いカップルだわ。周りからため息が漏れるほどにね。

 オスカー様の美しい藍の瞳は、カロラインに夢中になっていて。第一王子や周りの出席者たちが、私に憐憫の情を送ってくるのがわかる。

 なにを言っても無駄だと言わんばかりの雰囲気に、私はゆっくりと頭を下げた。


「承知いたしました。婚約破棄を受け入れたく存じます」


 なんの言い訳もせず受け入れると、オスカー様はその端正なお顔を少し歪ませるように笑った。


「そうか、潔くて結構だ。貴様はカロラインに精神的な苦痛を与えたのだから、当然の結果ではあるがな」

「ほんとうですぅ〜、わたしぃ、ずっといじめられててつらくてぇ〜」


 まったく、カロラインの演技の素晴らしさには舌を巻くわ。

 自慢のお胸を押し付けられて、鼻の下が伸びてらっしゃいますわよ、オスカー様。


「なんて可哀想なカロライン……」

「ふえぇえん!」


 だめ、笑ってしまいそうよ。

 だって、あまりにもな茶番劇なんですもの!

 けれど周りはそれに誰も気づかず、周囲はさっきまで私に向けられていた憐憫の目を、今度はカロラインに注いでいた。

 よかったわね、カロライン。みんなあなたの演技に夢中になって。


「オリヴィア、貴様はこの場から出ていってもらおう。罪科はなしにと願った、心優しいカロラインに感謝するのだな」


 罪科もなにも、私はカロラインをいじめてなどいないけれど。

 私は言われるがまま、その場を去った。

 第一王子のグレゴアール様の視線を、いつまでも背中に感じながら──





 ***




 オスカー様に婚約破棄された私は、もう結婚は望めないだろうと親に諦められてしまった。

 普通、伯爵令嬢が王子という身分の方の婚約者になることなんてまずないから、当時は大喜びしていたものだけれど。こればっかりは仕方がないわね。


 このまま家で厄介になるつもりのない私は、自ら願い出てペレグリン侯爵家の奥様の侍女となった。

 奥様と言っても、かなりのお年を召していて、旦那様はさらにお年が上。けれども二人にはお子がおらず、かなりの偏屈で知られていたために、後継がいない状態だった。


 私は王子妃となるため、十四歳から二十歳までの六年間、みっちりと教育をされてきている。

 二人の偏屈老人をうまく笑顔で躱わしながら、領地経営にもさりげなく口を出し始めた。

 奥様と旦那様に尽くしながら機嫌を取る私に、少しずつ二人の態度が柔和になり始める。

 屋敷の使用人たちとも仲良くなり、執事の信用も取り付けた。あの偏屈な主人たちを手懐けてくれたと大絶賛され、喜んでもらえている。


 すべてが順調(・・)に進んだ。


 私は二年かけて、とうとうペレグリン侯爵家の養女となっていた。


「オリヴィア。今日も書類が山積みのようだな」

「グレゴアール王子殿下!」


 私が屋敷の執務室で山のような書類と格闘していると、第一王子であるグレゴアール様がいらしてくれた。

 第一王子派であるこのペレグリン侯爵家には、月に何度かグレゴアール様自らが訪ねてくる。

 その度に私はグレゴアール様と交流を深めていた。


「頑張っているオリヴィアにプレゼントだ」

「そんな、受け取れませんわ。私は自分の仕事をしているだけですのに」

「そう言うな。オリヴィアがここに来てくれたおかげで、本当に助かっているんだ」


 渡されたケースを開けると、眩しさで目が潰れるんじゃないかと思うほどの、豪奢な宝石がついたネックレス。

 一体いくらするのかしら。知るのが怖いわ。

 来るたびに宝石だドレスだ靴だと贈ってくださるものだから、隣の一室が丸々グレゴアール様のプレゼント部屋になってしまったほどよ。

 グレゴアール様はそのネックレスを取ると、私の首へとつけてくれた。

 嬉しそうに細ませている碧い瞳、なびく金色の髪は、おとぎ話に出てくる王子様も顔負けで。

 赤髪で体格のいい藍の瞳のオスカー様と比べると……いえ、比べるのは失礼ね。やめておきましょう。

 だけどグレゴアール様は二十七歳でまだ婚約者が決まっていないものだから、みんな目の色を変えて王妃の座を狙っている。振り向くだけで世の令嬢がきゃーきゃーと黄色い声を上げるのも、仕方がないことなのでしょうね。


 そんなことを考えていると、グレゴアール様の瞳が私に向けられていた。


「そろそろ、リヴィと呼んで構わないだろうか」


 リヴィ。それは、オスカー様が私を呼ぶ時に使っていた愛称。

 その愛称を、グレゴアール様が使いたいだなんて。


「……申し訳ございません」

「まだ弟を忘れられないか?」


 グレゴアール様の手が私の顔に触れそうになり、とっさに顔を背けた。

 空気にしか触れられなかったその手は、悲しそうに元の場所へと戻っていく。

 オスカー様のことを忘れられるとか忘れられないとか、そういう話じゃないの。


「じゃあせめて、俺のことをグレッグと呼んで欲しい」

「そんな。恐れ多くて呼べませんわ」

「君になら構わない」


 構わないと言われても、安易に呼べるものじゃないから困ってしまう。

 けれど悲しそうに垂れ下がった眉を見ては、私が折れる以外になかった。


「承知しました。では二人きりの時だけ、グレッグ様とお呼びいたしますわ」

「ああ、そうしてくれ。俺も君をリヴィと呼べる日が来るのを、楽しみに待っているよ」


 多くの女性を虜にするような笑顔を向けられて、私もほんの少しだけ笑みを返した。


 リヴィと呼ばれると、胸がざわつく。

 今頃オスカー様はなにをしていらっしゃるのかと。


 グレッグ様は私の心を読んだかのか、困ったように口を開いた。


「最初はオスカーの元婚約者がこの家に来たと聞いて、なにを企んでいるのかと怪しんだものだが」

「そんな、わたくしはなにも企んでなど」

「わかっている。オリヴィアのおかげでこの地方はどんどん潤い、税収も上げることができた」


 第二王子の婚約者だった私が、第一王子派の侯爵家へと入り込んだことを、どうやら最初は疑っていたらしい。

 けれど私の献身的な働きを見て、その考えも変わってくれたようだわ。ありがたいことね。


「その税収ですが、もう少し下げてもらうわけにいかないでしょうか。やはり領民から不満の声が上がっていて」

「……そうか。しかし現在、どこの領地も経営がうまくいかず、税収は下がる一方だ。この領地には期待しているから、少しばかり耐えてもらいたい」

「そうでございますか」

「わかってくれるか。よろしく頼むよ、オリヴィア」

「承知いたしました。王国の繁栄のためとあらば、お役に立てるよう心血を注ぐつもりでおります」


 私が嘘偽りのない心を口にすると、グレゴアール様はやはり嬉しそうにニヤリと笑った。


「頼もしい。よろしく頼むよ。あっち(・・・)の方もね」

「かしこまりました。お任せくださいませ」


 そう伝えると、グレゴアール様は満足そうに部屋を出て行かれた。


 私があっち(・・・)を任されるようになったのは、ここ数ヶ月のこと。

 今までは、偏屈……もとい奥様と旦那様の仕事だったのが、ようやく私に回ってきていた。

 それだけグレゴアール様は私を信頼してくださっているのね。


 今ならどうして奥様と旦那様が偏屈になってしまったのか、わかる。


 全てはそう……



 あの方のせいだったのだから。



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