表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

彼女ハ舞ウ_________救イノタメニ。

作者: 箱庭の巣窟

ぽっと出で書いた短編です。特に他の物語と絡みはありません。



_____返り血が服にべったりと付着する。

これでどれだけ、斬っただろうか。

手にしている刀は神の手ともいわれている腕のいい職人に作ってもらったもので、これだけ斬っても未だに刃毀れすらしない。素晴らしい一級品だ。


そう思いながらも、考える暇もなくまた、彼女は刀で敵を斬る。

袴姿の彼女は、この村の住人が避難するまで、必死に時間を稼いでいるところだ。

と言っても避難したなどと連絡が来るはずもなく、何時まで斬ればいいのかわからぬまま「奴ら」を手にかける。

_____空も、紬のそんな不安げな心のように、灰色で、霧が幕を張っている。


「_________________(アヤカシ)め。」

ぽつりと、彼女がつぶやいた。


彼女が戦っているのは「(アヤカシ)」。人を遥かに超える身体能力と生命力のほかに、妖術を使う。

と言っても妖術を扱えるのはほんの一握りの強力な妖のみだ。


(あと少し、あと少しで________援軍が来る。)


彼女の持つ(からす)の「八咫丸(やたまる)」に手紙を預け、軍まで持っていってもらったのだ。


八咫丸が援軍を送るという旨の返事を持って帰り、満足気にカアと鳴いたので間違いなく援軍は来るだろう。


八咫丸はそこらの烏より賢く、人の真意を読み取れる。その為どれだけ協力的な手紙を八咫丸が持って帰ってきたとしても、不満げに鳴いたならばそれは嘘だと彼女は断定する。


それほどまでに信頼を置いているのだ、この烏には。



「はあ.......はあ........」


正直、きつい。体力の限界も近い。何せもう4時間も斬り続けているのだから。


(もう、力を使うしか........)


おばあ様にむやみやたらに使うなと言われてきた一族に代々伝わるその力。


妖を斬りつける威力も弱くなってきたし、攻撃をもらうようになっている。

_______今使わないで、いつ使う。


彼女は精神を研ぎ澄ます。

「.........八咫烏よ、ここに目覚めろ。」

唱えると同時に、彼女の体力と共に、何かが抜き取られていく。そしてそれは、八咫丸に、一直線に向かっていく。


八咫丸が大きくなり、黒い羽根が舞い......ひときわ大きな声でカアと鳴くのを見届けてから_____

彼女は意識を手放した。




烏之(からすの)家に代々伝わる力、それは_______


『神々の力をもって、使役している烏に強大な力をもたらす。』


烏之 紬(からすの つむぎ)は昔から霊力が少なく、大した強化もできない落ちこぼれとされてきた。


______しかし、そうではない。現に、八咫丸の足は三本に増え、周りからは金色の光を発散させている。


.........一族の者は大抵、八咫烏が仕えていたとされる素戔嗚(スサノオ)の力を借りる。

しかし、紬は違った。

天照大御神の力を使うのだ。

彼女は素戔嗚を降ろす際の霊力が弱いだけであり、逆に素戔嗚以外の神に関しては一族のものより何倍も霊力が高い。


故に素戔嗚を降ろす霊力だけを検査していた一族の者たちが紬を落ちこぼれと断定するのは仕方のない話なのだろう。


強大な神を降ろすとなれば、その分身体にかかる負担も大きい。

一族の者たちは霊力が少ないと身体に影響が出るのだと信じていたため、紬が一層落ちこぼれと言われるのは目に見えていた。


ここに一族の者がいたらさぞや驚くだろう。

八咫丸は、守るようにばっさばっさと紬の周りを旋回し、その威圧と金色の光で妖を黄泉の国に送り返していく。


......力もなく、群れで虐められてきた八咫丸にとって、助けて相棒にしてくれた紬は神と言っても差し支えない存在だった。

その為、本来より大きな力が出ている。

_______希望、夢、野望なんてのは、妖にとって毒だ。


瞬く間に全ての妖を退散させた八咫丸は、紬の傍に寄り、嘴を頬に擦り付ける。

大きな翼で、紬の顔を覆い込む。


.........彼にとっての、最上級の愛情表現であった。


そして_______紬の美しい黒目が、顔を覗かせる。



.........暖かい。


紬はまるで極楽浄土に来たような安心感を抱えて、その場に寝転んでいた。

柔らかい羽毛を敷き詰めた部屋だ。壁も羽毛も白く、近くの棚には瑞々しい花と、もぎたてであろう果物が山と積まれていた。

壁には地上の風景や人の暮らしを模した美しい絵画が掛けられている。


........つい先ほどまで、妖が周りに群がっていたのはよく承知している。


でも、ここにはそんなものを忘れさせるような暖かさがあった。


.......................と。

彼女の最も愛して止まない彼が来た。

「八咫丸!」

彼女は八咫丸に触れようとするが、彼はそれを阻む。

「........駄目なのね?」

その調子に納得した紬は、今度はと言うように次々八咫丸に質問していく。

「大丈夫?力はもらった?私、霊力少ないからちゃんと戦えるかどうか......怪我はしてない?翼は?嘴は動かせる?動けるの?」


八咫丸はきょとんとして、首を傾げている。仕方がない。あまりにも早口だったものだから。


「あっ、ごめん.........ねえ、それより、私は戻れるの。それとも.......」

瞬間、紬に恐ろしい考えが浮かんだ。死だ。あの戦乱の只中で。

だとすれば私の身体はとうに食われて彼らの血肉となってしまっている。........人間の肉を得た妖は、さらに強くなるのに。


急に、この楽園が恐ろしく思えた。確かに暖かく、安心させてくれるものがある。だけれど、何も知らないまま、ずっとここにいるなど........

壁の絵の中では、幸せそうに笑う人々が畑仕事をしている。永遠に........

絵の中の小川は、絹のような清らかさで、魚を泳がせている。永遠に.........


この世の恐ろしい部分も、美しい部分もまとめて愛したい紬にとって、一面だけを芝居のように見せられているのは苦痛であった。

目にじわりと沸き上がった涙が一粒、零れた時。


急に、周りがぼやけ.......



森の奥が映し出された。先ほどまで戦っていた、その場所である。

.........そこにはもはや、何もない。平常運転に戻った八咫丸と、妖の死体があるだけだ。


しかし_____________________________

空には、美しい黄金色の光を放つ日の丸があった。


まるで、微笑んだ天照大御神のように、強く、控えめに、きらきらと輝いている。そこに、先程までの灰色の雲や霧はない。

紬は黄金色の光に当てられ、顔を綻ばせる。


夜明けを感じ、紬は八咫丸を肩に乗せ、一直線に里までの道を駆けていった_______



あの後ちゃんと援軍は来ましたがもう全部八咫丸が処理していたので特に必要なく。紬に関しては力こそ認められていないものの、体を張って時間稼ぎをしたので一族からの評価が上がったようです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ