9 導き手
「そこまでにしてください」
俺は驚いて立ち止まり、エルフの方を見る。
エルフも立ち止まっており、俺を真正面から見据えて再び口を開く。
奴隷という事もあってかなり汚い身なりなのだが、それに反して透き通るような言葉の響き。
「お前、共通語がしゃべれるのか。それもかなり綺麗な発音だな」
そう俺が言うと、エルフはコクリと頷く。
「はい、素性を知られたくなかったので、敢えてしゃべらないようにしていました。申し訳ございません」
あまりにも汚い恰好だから解かりづらいのだが、見た目はまだ少女といった感じ。
しかし口調からするともっと歳を喰ってるか。
エルフは人間よりも長寿だから、見た目の年齢に騙されてはいけないと聞いた事がある。
「お前、歳は幾つだ?」
「女性に対して年齢は聞くのはどうかと?」
こ、こいつ……
言葉遣いと汚い格好のギャップがえげつないな。
とりあえずこんな街中の道端での会話はマズい。
「場所を移すぞ。怪しい奴に見張られているしな」
俺の言葉に奴隷男四人はキョロキョロする。
俺達を見張っている連中は、フード付きのマントを身にまとって姿を隠してはいるが、あれは明らかにゴブリン族だ。
身長が低い事が何よりの証拠だ。
ということは、ゾランの一味ってことか。
しつこい奴らだ。
これだけ人の目があるところで襲っては来ないだろうとは思うが、警戒するに越したことはない。
まずはこの汚い身なりを洗って綺麗にさせたい。
だいたい、臭いが酷い。
公衆浴場はこの街にないらしいいので、止む負えず宿泊施設に入る。
宿主からは凄く嫌がられたが、金を握らせてなんとか収まった。
そこで部屋を借りてお湯を買い、こいつらを綺麗にする。
さすがにゴブリン共は宿泊施設にまで入って来ないみたいだ。
エルフは女性ということで、宿泊所の女中さんに綺麗に洗って貰う。
その間に別室で奴隷男四人に尋問をする。
奴らの目の前には食事をずらりと並べた上でだ。
奴隷生活の中で唯一の楽しみは食事である。
その奴隷の時の食事の内容に比べると、こいつらの目の前に出された食事は夢のようなメニューのはずだ。
具がたっぷりと入ったスープにパンを前にして、奴隷男達は「ゴクリ」と喉を鳴らした。
「さて、色々と質問がある」
奴隷男四人は瞬きも忘れて食事を見つめる。
目の充血が凄い。
俺は話を続ける。
「あのエルフについて知っていることを教えろ」
その後はすんなりと話が進んだ。
しかし、こいつらが知っていることはあまりに少なかった。
知っていることと言えば、エルフは珍しい存在ということ、そして言葉は通じないふりをしていたことくらいだ。
言葉をしゃべれるのが分かると、エルフの里の場所をしゃべらされて、里を襲われるからという理由らしい。
それもあるかもしれないが、俺には別に理由があると睨んだ。
しかしこいつらからはこれ以上情報は得られないと俺は判断する。
さて、ならばこいつらをどうするかだ。
奴隷商に売り払っても良いんだが。
取りあえず食事を許すと、大喜びでがっついた。
俺がこいつらをどうするか考えていると、オレンジをやった男が話しかけてきた。
「なあ、聞いていいか。俺達をどうする気だ。解放してくれるのか?」
そう言えば俺の質問の答え次第で解放してやっても良いって言ったんだった。
どうするか、昔の俺だったら間違いなくまとめて四人とも消去しているんだがな。
口を塞ぐには消去が手っ取り早い。
しかしここで消去する訳にもいかないし、そもそも消去した後の処理に金が掛かる。
“掃除屋”に頼めば良いのだが、それも金が掛かる。
奴隷と言えどもむやみに殺せない決まりがあるからだ。
返答に困るな。
消去するか開放するか悩んでいるとか言えない。
「そうだな、考えておく」
結局そう言ってはぐらかした。
そうこうしている内にエルフが洗い終わったと女中が知らせに来た。
別室に待たせているらしいので俺は部屋を移る。
案内された部屋に入って身体が固まった。
部屋の椅子には見違えたエルフ女性が座っていたからだ。
汚れ切っていたガサガサの髪の毛は、今じゃ銀髪サラサラのロングヘアー。
色白の肌はつやつやと輝きさえ放っている。
ちゃんとした服を着せれば、どこか金持ちの令嬢と言っても疑われないだろう。
そんな姿を見て言葉に詰まる俺を無視して女中が言った。
「私もエルフなんて初めて見たんだけどさ、綺麗な子だねえ。エルフってこんな綺麗な子ばっかりなのかねえ」
俺も全くの同感だ。
人間の年齢だと十代後半くらいに見える。
今はボロイ服を着ているが、綺麗な服で着飾ればもっと凄いことになるだろう。
これで手の甲にある奴隷の焼き印を見なければ、この少女が奴隷身分とは信じられない。
だがマズイ。
これで外を歩かせたら大騒ぎになる。
そうだな、顔が隠せるフード付きのマントが欲しい。
俺は即座に女中にフード付きマントを買ってくるように頼んだ。
くそ、金が飛んでいく。
衣類は高級品で金が掛かるのだ。
その間に俺はエルフに質問しようとするも、照れてしまって真面に正面から顔を見れない。
ヤバい、顔が火照る、熱い。
何で自分の所有する奴隷に照れなきゃならねんだ!
「まずは、名前を聞かせてくれるか」
エルフは俺の目を見つめたまま答えるのだが、耐え切れずに俺は直ぐに視線を逸らす。
「メロディ・コメット、エルフの森のコメット族の一人です」
コメット族と言われても、エルフの一族の名前なんて俺は知らない。
だから初めて聞く族名である。
一応俺も名乗る。
「俺は……ローマン、商人をやってる。一応言っておくが、お前の主人だ」
そう言って目を逸らす。
「はい、ご主人様ですね」
「ああ、そうだ。だから正直に答えてくれ」
「はい」
「なぜ追われている」
「そ、それは……」
「それも一人に追われているだけじゃないよな。何らかの組織にまで追われているようだが、その理由を正直に話してもらおうか」
しばらく床を見つめたまま黙り込むメロディーだったが、覚悟を決めたのか突然顔を上げて話し出す。
「まず最初に言っておきます。今からする話を聞けば、あなた様も命を狙われる可能性があります。その覚悟はありますか?」
そこまで凄い話なのか?
まあ、元々俺は闇社会の人間だ、命の危険の覚悟なんて今更だ。
俺は黙って頷く。
「ご覚悟は理解しました。それではお話します――」
彼女が話した内容というのは彼女の能力に関しての事だった。
その能力欲しさに、いくつかの組織や個人が動いているらしい。
奴隷身分に関しても特に罪を犯したわけではないと言う。
それは彼女を拘束しておくための手段だった。
だが一度奴隷身分に落とされたなら、焼き印を消さない限りは一生奴隷扱いされる。
彼女の手の甲にもしっかりと奴隷の焼き印がある。
焼き印をされて大体二ヵ月もすれば体に焼き印が定着してしまい、治癒魔法でも消せなくなる。
そうなると焼き印を隠して怯えながら暮らしていくか、自由奴隷身分になってある程度の自由を獲得するか、せいぜいそのくらいしか逃げ道はない。
それで彼女の能力だが、それは彼女が持つギフトだった。
ギフト、つまり生れながらに持つ固有の特殊能力。
彼女の場合『導き手』と言う能力らしい。
この小説、本当は元工作員的な話を書くつもりでした。
異世界のスパイアクション的なやつです。
しかし書いてるうちになんか違ってきちゃいましてね。
こんな作品が出来ましたとさ!