8 ゾッチとの対決
咄嗟に俺は身構える。
ゾッチの表情が険しくなる。
そしてゾッチの視線が護衛オークの死体へと向けられた。
マズい!
俺は走った。
ゾッチが馬車から飛び降りると同時に、腰の突刺剣の柄に手を掛けた。
間に合うか!
ゾッチが殺気を放ちながら、腰のロングソードを引き抜こうとする。
俺は左手を伸ばす。
ギリギリ届いた!
俺の左手はゾッチの剣の柄を押さえる。
そしてゾッチの剣を鞘に押し戻す。
ゾッチは怒りの表情でそれを跳ねのけようとした。
「こいづ!」
だが俺の右手は既に突刺ナイフを引き抜いている。
間合いも完全に俺の距離。
「悪いが消去させてもらう」
そう言って俺は細長い刃をゾッチの鳩尾にあてがい、革鎧の上から一気に体重を乗せて押し上げた。
革鎧による少しばかりの抵抗があるものの、直ぐに貫通して刃先は胃袋を突き破り、斜め上の心臓へと達する。
ゾッチは身体をビクビクと震わせながら、その場で崩れていく。
「カギは貰っておくぞ」
そう言って倒れるゾッチの腰に吊り下がる、奴隷の足枷のカギを引き抜く。
こうなったらあとはこの場から消えるだけだ。
丁度この位置は馬車で冒険者からは見えない死角だ。
だが周囲を見まわして檻で目が留まる。
奴隷全員が俺を見ていた。
消去の瞬間を見られた。
俺の固有能力は見られてないが、これはしくじったな。
だが見られたのは奴隷。
なんとかなる。
俺は無言で口に人差し指を当てると「シ~」
すると奴隷達は何度も縦に首を振った。
そして俺は叫ぶ。
「大変だ、ゾッチ様が弓矢にやられているぞ!」
そう叫びながらゾッチにはゴブリンの矢を差しておくのを忘れない。
俺の声に何事かと治療最中の冒険者達が振り向く。
そして依頼主がやられて大変だと大騒ぎだ。
冒険者にしたら依頼主が死んでしまっては、この仕事は失敗となるからだ。
戦いが終わりしばらくすると、ゴブリンを追いかけていった冒険者達も戻って来た。
依頼者が襲撃者に殺されてしまったから護衛依頼は大失敗だ。
そこで話し合いが始まった。
幸いな事に俺を疑う者は一人もいない。
取りあえず目的地であるダボドの街へ行く事となった。
そして死体を馬車に積んで出発した。
街に到着するとまずは犬達を獣舎に預け、生き残った冒険者らと一緒に次に冒険者ギルドへ行く事にする。
依頼主が死んでしまったからだ。
その説明に全員で行く。
このダバトの街もソーダンの街と同様に、他種族が生活する街だ。
ここまで来ると敵対する種族も見かけるほどだ。
冒険者ギルドへ着くと直ぐに受付へと報告に行く。
そこであらかたの説明をしたところで、ゾッチの持ち物である奴隷をどうするかという事になった。
そこで俺は待ってましたと奴隷の譲渡書類を差し出す。
依頼遂行中にゾッチが死んでしまった場合の契約書だ。
もちろん偽造品。
冒険者ギルドに通用するか心配だったんだが、意外にすんなり通ってしまった。
俺の銀等級の商人証書が力を発揮したのだ。
さすがにこれは実物だからな。
こうして俺は奴隷五人を引き連れて、堂々と冒険者ギルドから出て行った。
もちろんエルフ奴隷も含まれている。
冒険者ギルドを出ると直ぐにゴブリンのゾランが接触して来た。
「奴隷エルフを手に入れたのか、しかしどうやって……」
俺がエルフを連れているのを見て驚いている。
フードを被っていても分かるようだ。
そこでゾッチが流れ矢で死んで、主人が居なくなった奴隷を俺が買い取ったという事にして説明した。
「そうかい、そうか、いやあすまない。それじゃあ報酬の金貨五枚だ」
素直に金貨五枚は払ってくれるらしい。
遠慮なく俺はそれを受け取り、その場から立ち去ろうとする。
「ちょっと待て、エルフを置いて行ってくれよ」
やはりそうきたか。
そこで俺は説明してやる。
「何を言ってるんだ。俺は奴隷をこの街まで運ぶだけの仕事を受けたんだぞ。なんで奴隷までお前に渡さなきゃいけないんだ」
呆気にとられた顔をするゴブリンのゾラン。
ズルいようだが俺は間違った事は言ってない。
俺は奴隷を輸送して、襲撃されても静観していろと言われただけだ。
奴隷を奪えなかったこいつらが悪い。
それをきっちり説明してやると、怒り出すゾラン。
「ふざけるな、エルフを渡せ。さもないと酷い目に合わせるぞ!」
強気に出たな。
確かに周囲に数人の怪しいゴブリンがこっちを見ているが、街中のこんなところでまさか襲っては来ないだろう。
「おい、おい、冒険者ギルドの前で暴力か?」
言葉で牽制してやる。
ゾランは腰の小剣の柄に手を当て、今にも抜きそうな構えだ。
しかし目がキョロキョロと周囲を見まわし、剣の柄から手を放すと姿勢を正した。
そして改めて俺と向き合うと口を開く。
「な、ならばそのエルフ奴隷を買い取る」
そうくると予想はしていたが、一応は関心がある振りをしてやる。
売る気はないがな。
「ほほう、いくら出す?」
「金貨十五枚」
その掲示に俺は笑って返す。
「ふざけるな、そんな金額で売るはずないだろ」
するとさらに。
「わかった、金貨二十五枚出す」
躊躇せずに一気に増やしたな。
でもそれだけこのエルフに価値があるってことだな。
ならば俺のやることはひとつだ。
「どうやら話にならないようだからな、この事は無かったことにする」
俺はそう言って歩き出すと、奴隷達もすごすごを付いてくる。
「待て、これでどうだ。金貨四十枚、これが限界だ!」
俺は振り返らずに手をヒラヒラと振りながら歩を速めた。
するとゾランは諦めたのか気配が無くなった。
すげ~、金貨四十枚以上の価値があるのか。
これは予想以上の金の種が転がり込んできた。
さあてと、そうと分かれば伝達屋にもエルフは渡さないでおこう。
金貨十枚じゃもったいない。
どうせオプション依頼だから失敗しても問題ない。
ゾッチを消去したことで依頼は達成だしな。
死体は護衛オークを含めて冒険者ギルドに渡したから、証拠の手首が無くても証明できる。
これは久しぶりに美味しい依頼だったじゃないか。
取りあえず男奴隷の四人はいらないから奴隷商へ売り払おう。
そこで歩きながらエルフに話し掛けてみた。
しかし言葉が通じないのか聞こえてないのか返答がない。
男奴隷の三人は言葉が通じないらしいが、オレンジをあげた奴隷は通じるから話を振ってみた。
「おい、お前。言葉は通じるよな?」
「あ、ああ。解かるよ。あの時のオレンジ、ありがとう」
「このエルフについて聞きたいことがある」
俺がそう言った時、エルフがピクリと反応した気がした。
もしかして……
「あ、ああ、構わないが、あのエルフとは会話なんかしたことないから、あんたに教えられる事はないと思うよ」
そう男がエルフをチラチラ見ながら言った。
はは~ん、嘘をいってるな。
逆にエルフはそっぽを向いて、関心がないようなそぶりで歩いている。
「言っておくが、答え次第でお前を奴隷から解放してやっても良い」
この解放という言葉に男がだけでなく、エルフまでもが反応した。
エルフがキッと男を睨んだのだ。
男の反応はというと酷く動揺し始めた。
エルフをチラチラ見ながら俺を見て、返答に苦慮している。
「あの時のオレンジだが、俺にも害が降り注ぐことを覚悟した上でお前に与えたんだぞ?」
奴隷身分の者にとって、オレンジなどの果物は高嶺の花なはずだ。
どれだけ感謝されても仕切れないはず。
奴隷の身分だと一生涯食べられないかもしれない。
奴隷男は「ううう」とかなり悩んでいる。
そして遂に口を開きそうになった時だ、エルフ奴隷が言葉を発した。
「そこまでにしてください」
それは流暢な共通語だった。