5 護衛のバール
標的のオークであるゾッチは、四人の護衛オークに取り囲まれるようにして守られていた。
これを見るに、彼らが相当警戒しているのがうかがえる。
既に襲撃を受けたことがある感じだな。
オーク以外にも護衛らしい男達が何人もいる。
冒険者ギルドのメンバーバッジを付けている者が全部で十人。
依頼者であるゴブリンのゾラン情報とだいぶ違うな。
それと足枷を付けた人間の男奴隷が四人と、同じくエルフの女奴隷が一人立っていた。
その横には木製の檻が置かれていて、さらに狩りで仕留めたらしい魔物の毛皮が山積みされている。
相変わらず奴隷たちは皆、みすぼらしい恰好だ。
この奴隷五人を運ぶのが俺の仕事って訳だ。
男奴隷の一人に見覚えがある。
オレンジをあげた男だ。
なんかお互い気まずい雰囲気だ。
男はオレンジを俺から貰った事がバレたら主人に怒られからだろう。
そして奴隷全員で木製の檻を俺のカートに積み込むと、その檻に奴隷たちは詰め込まれた。
男も女も一緒だ。
空いたカートのスペースには強引に魔物の毛皮が詰め込まれる。
奴隷達も臭いのだが、それ以上にこの毛皮は獣臭くて困る。
そして当たり前の様に護衛オークの一人が、御者席の俺の隣に座ろうとする。
護衛オークの中でも一番腕の立ちそうな奴だ。
「待て、待て、お前も俺のカートに乗り込むつもりか」
思わず俺がそう口にすると、カートを牽引するウエストとノースも振り返って「クウーン」と鳴く。
ほら、犬達も嫌がっている。
するとそのオーク。
「お前が逃げないと言う保証はない」
まあ確かにそうだがな。
そう言われると何も言い返せない。
オークは人間なんかよりも体格が良く体重もある。
はっきり言って積載重量オーバーだ。
狼達がかわいそうだ。
「しょうがない、これで行くか、準備が出来たら出発するぞ」
俺は犬達に歩くように命じると、カートはゆっくりと動き出したのだが、いつもよりも走りだしが遅い。
やはり重いのだ。
すまん、ウエスト、ノースよ。
ここは耐えてくれ。
すると護衛の冒険者たちが、カートの周囲を囲むように歩き出す。
冒険者は若い獣人ばかりのグループだ。
見た所、それほど腕が立ちそうな奴はいない。
これなら襲撃もいけそうか。
何でギルドに直接輸送依頼をしなかったのか、隣に座るオークに聞いてみた。
「近ぐで戦争があっだ。ぞれでギルド通じても馬車の都合ができなかっだ。ぞれで値は張るが斡旋業者に頼んだ」
そうか、毛皮と檻を運ぶ手段がなかったのか。
臭いしな。
そう言えば戦争景気で輸送業者は引っ張りだこだ。
さらに何気なく探りを入れてみる。
「なあ、後ろの奴隷たちは売り払うのだったら俺が口利きするけどどうだい?」
するとオークは腕を組んで前を見つめたまま、無表情で返答した。
「余計な事をじゃべるな。黙っで狼を操っでろ」
犬なんだがな。
都合が悪いと話さないようだ。
しかしこれだと情報は得られそうもない。
こいつが隣にいるから奴隷からも話を聞けない。
だが標的が直ぐ近くにいるし、追加報酬も目の前にいる。
これはじっくりとやるか。
しかしオークってこんなに不愛想だったか?
俺の獣車が先頭でその後をゾッチの馬車が行き、その周囲を冒険者が取り囲むスタイルで俺達は道を進んで行く。
出発してしばらくした頃、街道に倒木が見えた。
どう見ても自然に倒れた木ではない。
道を塞ぐために故意に倒された木だ。
だが俺が聞いている襲撃場所ははここではない、もっと先のはず。
だが襲撃する場所としては悪い選択ではない。
となると予定にない⁉️盗賊か。
一早く二匹の犬が唸り声を発し始める。
俺はカートを止めて言った。
「待ち伏せみたいだぞ」
俺の声を聞いた冒険者のリーダーらしき人物が「周囲を警戒しろ!」と声を上げた。
倒木がある時点でおかしいと思わないとか、こいつらの力量が想像できる。
俺の隣のオークはどこ吹く風といった感じで、ずっと態度は変わらない。
腕を組んで前を見つめたままの無表情。
ヒュルルっと突然の風切り音がこちらに向かって来る。
カツンッと音が響いたかと思えば、カートの車体に短い矢が刺さった。
クロスボウか。
まずは威嚇のようだ。
刺さった角度から見て、射手は木の上にいるな。
こっちが手出ししなければ次は何らかの警告をしてくるだろう。
恐らく降伏勧告だろうな。
しかしその前に冒険者たちが騒ぎ出した。
「円陣を組め!」
「どこから射ってきやがった」
リーダーらしき冒険者が指示を飛ばしているが、それに従う者は少数だ。
誰もが勝手に動き出す。
これは何人か見せしめにやられるな。
俺はその一人に選ばれたくない、
犬二匹を宥めながら俺はカートの下に隠れる。
俺の隣に座っていたオークはというと、ゆっくりと立ち上がりカートから降り立つ。
しかし剣も抜かなけれ戦闘態勢さえとらない。
余程腕に自信があるのか単に馬鹿なのか、御者席に座っていた時と同じで腕を組んだまま地面に立ち尽くしている。
そして再びクロスボウの矢、つまりクォレルというクロスボウ専用矢が飛来した。
それも一本じゃなく、多数飛んで来た。
地面に数本のクォレルが突き刺さる。
放たれた内の一本が冒険者の肩を貫く。
「うわっ。や、やられた、たす、助けて――ぐはっ」
追い打ちを掛ける様に、さらにもう一本のクォレルがその冒険者の胸を抜いた。
これで死者が一名。
だが攻撃はまだ止まらない。
発射速度は遅いがクロスボウの攻撃が続く。
これだとクロスボウの数は四ってところだな。
すべて上方から射ってくるから全て木の上に潜んでいるようだ。
ゾッチの馬車を見れば護衛オークの三人が馬車を背に近接攻撃に備えている。
こっちのオークはまだ立ち尽くしている。
冒険者達の中の弓持ちが木上へとしきりに矢を放つも、当たる気配がない。
多分だがクロスボウの相手が見えていないな。
当てずっぽうで矢を放っているだけのようだ。
そろそろ本隊が乱入して来る頃か。
そう思った矢先、木の上から声がした。
「輸送荷物と金をその場に置いてここを立ち去れ、素直に従えば命までは獲らないぞ!」
これは盗賊の人数はそれほど多くないということだ。
圧倒的に戦力を上回るなら、俺達を全滅させて根こそぎ奪えば良い。
だがそれをしないという事は、それほどの戦力ではないのだろう。
さて、ゾッチよ。
ここはどう出るのかな。
ゾッチの馬車にいる護衛オークが馬車の中のゾッチと何か話をしている。
話が終わると大声で叫んだ。
「バール、殲滅しろ!」
その声で俺の腕を組んでいたオークが動き出した。
バールと言う名前のようだ。
バールは背中に背負っていた大きな戦斧を両手に持ち、まるで拝むように胸の前に持ってくる。
そして道から外れると、森の中へと足を踏み入れた。
バールの背中が木々や草で見えなくなってしばらくすると、森の中から怒号や叫び声が聞こえてくる。
「うわああっ、待て、やめろ、た、助けて……がああああっ」
「ぎゃああああ」
「に、逃げろっ、う、う、うわああああ!」
派手にやっているらしい。
戦い方を見ておきたかったが、あのバールというオークは要注意ということは分かった。
どれくらいたっただろうか。
森の中が静かになっていた。
そして森の中から返り血で赤く染まったバールが姿を現す。
俺と目が合うと、意味ありげにニヤリと笑いやがった。
これは俺の仕事の前に、大きな壁が立ち塞がったようだ。