44 刺客
俺がアーレのビーンズ村に着いたのは、陽が沈んでからしばらく経ってからだ。
急がせたせいで馬はかなり疲れ果てているが、もうひと踏ん張りがんばってもらい、村の外れの我が家へと向かった。
我が家の見える所まで来た。
家の明かりは点いている。
そこで馬は置いて、俺ひとりで警戒しながら近づいて行く。
そして家の玄関口の所で、誰かが血を流して倒れているのが見えた。
血の量からして、どうやら死んでいるようだ
服装には見覚えがある。
この家を貸した冒険者の一人だ。
間に合わなかったか。
俺の代わりに暗殺されてしまった、すまない。
まだ襲撃者が近くにいるかもしれないから、迂闊に近付けない。
まずは敷地の周囲を回って様子を伺う。
すると、創庫から一人の獣人男が出てくるのが見えた。
更に納屋からも人間の男が一人出て来て、会話を始める。
会話は何で俺がここに居ないのかといった内容だ。
この家を貸したパーティーは確か全部で五人いるはず。
まさか全員が……
襲撃者の数はまだ把握出来ていない。
この状態で攻撃に出るのは無謀なのだか、俺の我慢にも限界というのがある。
俺の代わり殺されたのはボーの知り合いだ。
許せないな。
俺は闇の中の空
闇の中の気
闇の中の空にして気
俺は闇に溶け込む。
これで完全に気配が消えた。
闇の中を自由に動ける。
殺気を出さない為に感情を殺す。
無の状態で納屋の男に背後から接近する。
納屋の男が獣人男に話し掛ける。
「死体は納屋にでも放り投げてーーー」
しゃべり掛けた男のアゴの斜め下から、突刺剣を押し込んだ。
「ーーはうっ」
そのままぐいっと斜め上へと力を込めると、刃先が男の頭から突き出る。
話し掛けられた獣人男が問いただす。
「何だ急に黙りやがって、おい?」
獣人男がそのまま近付いて来る。
俺は素早く剣を引き抜いて、既に息のしていない男の背中をドンと突き飛ばした。
「おおっと、何しやがーーー」
獣人男は抱き付く様に迫る男を受け止めた。
そこで獣人男の両手は塞がった。
無防備もいいところだ。
俺は獣人男の左目へと突刺剣を刺し込み、そのまま力を込める。
すると、その刃先は後頭部から飛び出した。
男を蹴飛ばす様に剣を引き抜くと、二人の男はもつれるように倒れ込む。
直ぐに夜の静けさを取り戻す。
だが、まだ家の中には人の気配がある。
家の中の様子を見ようと窓に近付いた途端、突然窓が開いて男の顔が出てきた。
その男と完全に目が合ってしまった。
「ちっ!」
俺は舌打ちしながら突刺剣を突き上げる。
「ふげっ!」
顔を出した男のアゴ下に突刺剣を深く突き刺した。
手応えはあった。
これで三人、だがまだ中にいる!
家の中が騒がしくなり、玄関口からドドドッと獣人の男が三人出て来た。
そして一番最後に余裕を持って出て来た人間の男。
俺の知った男だ。
「何であんたがここにいる」
俺の言葉にその男は申し訳なさそうに口を開いた。
「まさか俺も“闇の執行人”とやり合う羽目になるとは思わなかったよ」
その男は『古のランタン亭』の主人、いつも居眠りしているあのおっさんだ。
「何でまた……」
「すまねえとは思うがな、俺は家族を守らなくちゃいけねえんだよ」
そう言えば、おっさんには六人の子供がいたんだよな。
組織の事だ、子供をダシに脅されたか。
「そうか。だがな、俺にも守るものがある。ここで手は抜けない。ハッキリ言おう。貴様はここから生きて帰れない。逃げるなら今だぞ?」
そこまで言っても引こうとしない。
力量の差はハッキリとしている。
おっさんもそれは分かっているはずだ。
だが引こうとしないばかりか、むしろ薄笑いを浮かべている。
「ふふ、俺だって昔はこれでもちょっとは名が売れた暗殺者だったんだ。舐めてもらっちゃ困る」
「そのデップリした腹でか?」
おっさんの身体はどう見てもブヨブヨ。
戦えるようには見えない。
だがそれでも戦う気だ。
「やれっ」
おっさんの合図で、獣人三人が剣を抜いて俺に迫る。
獣人だけにかなり動きが素早いが、この程度なら何とでもなる。
問題はおっさんがどういった動きをするのかだ。
獣人の剣攻撃を一人目、二人目と避ける。
そして三人目の剣攻撃をかわした時だ。
おっさんが何かを口に咥えた。
それで思い出した。
あのおっさんは吹矢使いだった。
おっさんが息を短く吹き出す。
何かが飛んでくる。
だが暗くて全く見えない。
だが、それは吹き矢で間違いない。
咄嗟に姿勢を低くする。
髪の毛を吹き矢が掠めていく。
これで俺はおっさんの事を完全に思い出していた。
俺は昔、あのおっさんを一度助けている。
そう言えば、前に宿でおっさんも俺を命の恩人と言っていたな。
剣で突かれそうになった時に、その剣を俺が手で掴んで止めたんだった。
あの時のおっさん、大分ビビってたな。
「剣を手で掴むとか神かよ」とか言って騒いでいたっけな。
考えごとしながら剣を捌いてたら、獣人三人は呻き声を上げながら、地面に転がっていた。
無意識に片付けてしまったか。
思ったより弱いな。
「おっさん、とうとうあんた一人だぞ。どうするつもりだ?」
それでも必死に矢を吹き続けるおっさん。
「諦めろ、悪いようにはしない、降伏しろ」
そうは言ってみたが、おっさんも裏稼業で生きてきた者。
降伏なんてするはずはないだろう。
「“闇の執行人”と言われたあんたが、敵に情けを掛けるのか―――ふざけるなっ、俺はあんたを本気で殺すつもりだ。あんたも本気で来い!」
そうまで言われては引けない。
俺も裏の人間だった者としての意地がある。
必死に突刺剣の間合いに入ろうと接近を試みる。
しかし軌道が見えない吹き矢がそれを拒む。
暗い上に吹き矢は小さい。
飛んでくるそれを見極めるのは不可能に近い。
ほとんど勘だけで避ける。
それなら―――
俺は逆におっさんとの間合いを広げていく。
「ぬっ、どこへ行くつもりだ。戦え!」
俺が逃げると思ったらしい。
そうじゃない。
俺は倉庫に飛び込んだ。
姿を消せれば俺の勝ちだ。
気配を消す。
俺は闇の中へと溶け込む。
おっさんが慌てて倉庫の近くに走り寄る。
「くそ、どこ行った」
俺はおっさんの耳元で囁いた。
「俺はあんたの後ろにいるよ」
そう言って突刺剣の刃先をおっさんの首に当てた。
こうなったら動けまい。
そこで俺は命を奪う事に躊躇した。
それが暗殺者を引退した俺の甘さかもしれない。
その時に出来た隙を敵は見逃さなかった。
倒したはずの獣人が、俺の横から剣を振りかざして突っ込んで来ていた。
「うがあああああっ」
完全に俺の油断だ。
俺は刺されることを覚悟した。
しかしそうはならなかった。
「させるかよ~~っ」
首に突刺剣を突きつけられていたおっさんが身体を捻じる。
そこへ獣人の剣が突き刺さった。
おっさんのブヨブヨした腹に獣人の剣が突き刺さり、物凄い量の血が流れ出す。
「おっさん、何してるやがるっ!」
俺が叫ぶがおっさんはニヤリと笑い、自分の腹に刺さった剣を両手で掴む。
「お前さんのように斬られる前に剣を掴んでは防げないけどな、この状態なら俺でも掴めるんだぜ?」
おっさんに剣を掴まれた獣人は、剣を引き抜こうにも抜けずにモタモタしている。
おっさんは苦しそうな声で俺に訴えてくる。
「命の、借りはこれで、返したぞ。は、早くこいつを……」
くそ、くそ、くそ。
おっさんのくせに!
「うああああああっ!」
俺は叫びながら獣人の脳天に突刺剣を突き刺した。
獣人を払い除けると、おっさんは力なくその場に崩れ落ちる。
「おっさん、何故俺を助けたんだ……」
すると遠いところを見つめながら言った。
「あ、あんた、には……命の、か、借りがあったから、な……」
「まさか、初めから死ぬつもりだったのか……」
「俺なんかが、あんたに勝てるとは、お、思ってないよ。でも、これで、か、貸し借り…なしだ……闇の執行人よ、最後に頼み……があ、る……」
「なんだ?」
おっさんは弱々しい動きで腕を上げると、握りしめた手紙を俺の目の前に差し出す。
「お、俺の家族に、こ、これを、送って……く、れ……」
そう言って、おっさんの手は力なく地面へと落ちた。
俺はその手紙を開く。
その内容は『仕事で長期不在になる』といったものだった。
家族に心配かけない様に出かけた事にするらしい。
俺は目頭が熱くなるのを耐えながらその手紙を懐に仕舞った。
多分おっさんは、初めから死ぬつもりだったんだろう。
俺に勝負して死ねば家族に害はないからだ。
次回が最終話となります。
明日の投稿です。