4 ゴブリンの依頼
俺は時間を掛けて商人ギルドを漁ったんだが、受けたいと思える依頼が無い。
ほとんどが物資の調達依頼だ。
確かにどれも普通よりは割高な報酬にはなっているのだが、リスクを考えるとどれもそれほどおいしい依頼ではない。
戦争が始まると戦争屋などの荒くれどもが集まって来る。
そうなると街道の輸送も気を付けなくてはいけなくなる。
いつもより護衛を増やさないといけないってことだ。
傭兵崩れの半端者などが盗賊まがいの事をしでかし、街道は危険度が高まるからだ。
そうなるといくら割高な依頼でも、リスクに見合わないと俺は考えてしまう。
だからいつまでたっても仕事が見つからない。
戦争景気の影響が少ないアーレの街で食料か矢などの消耗品を仕入れて、この街へ持って来て捌けば儲かったのにな。
残念。
きっと今頃アーレの街にも話が伝わって、物価が上がっている頃だと思う。
そんな込み合う商人ギルドの中で、一人だけ怪しげな行動を取る者がいた。
ゴブリンだ。
このダバドの街では特に珍しくはない。
それに商人ギルド内へ入れたという事は、一応は商人証書は持っているはずで身元は確かだ。
そのゴブリンの怪しげな行動というのは、室内にいる商人に一人づつ話し掛けている。
何かお願い事のようだが、先ほどから全て断られている。
だいたいこのパターンは決まっている。
ギルドを通さないで直接仕事の交渉をしているのだろう。
ギルド職員に知られたら大変なことになるんだがな。
そのゴブリンが遂には俺の所へと来た。
「頼みたい仕事があるんだが受けてくれねえか」
予想通りだ。
商人証書を持っているギルド会員が、ギルドを通さない仕事を依頼したり依頼を受けたりするのはご法度だ。
発覚した場合は罰金やギルド追放の処分が待っている。
ちなみにギルドではこういう仕事を『闇営業』と言っている。
ただ、それはバレなければ良いってだけなんだが。
ギルドを通さない理由としては、ギルドに支払う手数料を浮かせることが出来る、もしくはギルドを通すことが出来ない内容、だいたいこの二つの内のどちらかだろう。
一応話だけでも聞いてみるか。
商人ギルドとは関係ない仕事依頼の場合だってあるからな。
危ない話なら受けなきゃいいだけだ。
「どんな依頼だ。依頼内容を聞いてから判断したい」
俺の返事にちょっと嬉しそうに話し出すゴブリン。
ゴブリンにしては中々に流暢な共通語で話し出した。
「良かった、聞いてくれるか。それならここじゃあれだ、あっちのミーティング室に移動しよう」
そう言ってミーティングルームへと向かうゴブリン。
ミーティングルームは有料なんだが、そんな部屋まで使って依頼を断っても大丈夫なんだろうか。
ちょっと不安になってきた。
ゴブリンは受付に金を払い、ミーティングルームへと入って行く。
俺も後ろに続く。
お互い席に着くと、ゴブリンが話し出す。
「俺は見ての通りゴブリン族で名前はゾランという。俺の事、怪しいとは思うだろうが――」
「俺はローマン。前置きはいらない。要点だけ話してくれ」
俺の言葉に少し面食らった様子だったが、直ぐに話を進め出すゾラン。
「ああ、そうだな。手短に話そう。この街からダバドの街まで荷物を運んでほしい」
「で、その荷物とはなんだ」
「それが……奴隷なんだ」
この街もそうだが、ダバドの街は奴隷の販売も所有も特に禁止していない。
ここまでの話を聞いても特に問題ない。
そこで確信を突いてみた。
「奴隷の輸送など別に違法なことはないよな。それなのに何故ギルドを通さない?」
すると少し動揺した様子でゾランが説明を始めた。
「奴隷は全部で五人いるんだが、その中にエルフが混じってる。それと奴隷の持ち主はオークだ」
まさか、ゾッチと奴隷エルフ達の事じゃないのか?
エルフの奴隷は珍しいとはいえ、禁止はされてない。
偶然の一致なのかもしれない。
俺は平静を装いつつ続きの話を促す。
「エルフの奴隷とは珍しいな。だがそれとギルドを通さないのと関係ないだろ」
「ああ、確かにそうだ。だがな、これ以上話を聞くのなら仕事を受けてくれ。そしたら説明してやる」
そうきたか。
ちょっとヤバそうな案件だが、話の流れ的には違法行為はない。
逆に面白そうだ。
こういう仕事にはヨダレがでそうになる。
「依頼料を聞かせろ。それ次第だな」
「前金で金貨五枚、終わったところでさらに金貨三枚でどうだ」
「引き受け手が見つからなくて困っているんだろ? 全部で金貨十二枚だ」
ゾランの眉間に皺が寄り、少しだけ悩んだ末。
「うーん、前金五枚で後金五枚の合計で金貨十枚でどうだ」
「まあいいだろう。それで引き受ける。よし、詳しい説明をしろ」
ほっとしたような表情を浮かべるゴブリンのゾラン。
「五人の奴隷の内訳は獣人の男が四人とエルフの女が一人だ。男の奴隷はおまけみたいなもんだ。本命はエルフ。訳あって彼女をかっさらう。つまりダバドの街へ到着前にエルフの女を横取りする作戦だ。後金の金貨五枚はダバドの街へ着いたら使いの者に持たせる」
そうきたか!
「誰かに襲わせるってことか?」
「ああ、話が早くて助かる。ローマン、あんたは手だし無用ってことだ。襲撃を受けたら輸送車を止めて黙って見ていれば良い」
そういうことか。
ギルドを通すと輸送依頼失敗のレッテルが張られるからな。
そうなると依頼を受ける者はいなくなる。
そこからゾランから詳しい作戦内容を知らされた。
俺の仕事は襲撃地点まで輸送するだけだ。
一応、四人ほどオークの護衛が付くらしいが、それ以上の数で襲撃するという。
ゾランはよそ者のゾッチに輸送手段の斡旋をしているらしい。
それと、この作戦を知っている者は俺だけらしい。
そして襲撃後にダバドの街へ到着したら、盗賊に襲われたと報告すれば盗賊による犯行で片付き、俺の仕事は終わりという訳だ。
誰も怪しまれないという寸法か。
依頼を受けてしまったが、これは間違いなく危険な仕事だ。
だが奴隷エルフは俺の暗殺依頼に深く関わっているから無視できない。
それにどっちの依頼もエルフの救出だしな。
こうなったらエルフ救出を見届けた後に、オークを始末することにするか。
俺は前金の金貨五枚を手に宿に戻った。
『古のランタン亭』に着くと直ぐに受付のおっさんが、俺に顔を近づけて小声で話し出す。
頼んでおいたゾッチというオークに関する情報だ。
情報収集が早くて助かる。
ゾッチはオーク族の豪族の一人だが、今は実家を離れてあちこちで遊び惚けているらしい。
奴隷売買が主な収入のようだ。
ただし情報が正しければ、非合法な奴隷売買もやっている。
ゾーダンの街には既に一週間ほど滞在しているが、明日の朝には出ると言う情報。
明日の朝というと、ゴブリンのゾランからの依頼と重なる。
明日の朝、奴隷エルフを連れて俺はこの町を離れる手はずだ。
オークのゾッチだが、オークの護衛をいつも四人連れているらしい。
俺が迷いの森で見かけたオーク達だな。
それに加えて人間の奴隷を四人と最近エルフの女奴隷を確保したらしい。
ここまでくれば間違いない。
依頼がブッキングしたか。
まあ、どっちも依頼達成させれば良いだけだ。
翌日の朝、俺は待ち合わせ場所へと向かう。
そこにはゾッチ達一行が集まっていた。