35 リーダーは誰だ
今俺は股間を押さえ、恥ずかしそうに椅子に座っている。
同じテーブルにはメロディとボー、そしてブルンブルン女と銀等級の女も座っている。
名前はブルンブルン女がジャーラ、もう一人がインガという。
その周りでは護衛のゴブリン四匹が、周囲を睨みつけるように警戒している。
まるでVIP席のようでもある。
護衛がゴブリンでなければだが。
「すまない、チンピラか何かに絡まれたのかと思った」
俺が正直に答えると、腰を浮かして怒り出すブルンブルン女のジャーラ。
「チンピラとはなんだ!」
イチイチ災害級の胸をブルンブルンされると、視線のやり場に困る。
「すまないな。しかしあそこで放って置いたらお前はボーを殴ってただろ」
俺が最もらしい事を言うと。
「確かにそうなんだが……」
そう言ってすごすごと元の椅子に腰を下ろすジャーラ。
簡単に話をまとめると、ボーはこの二人と同じパーティーを組んでいた冒険者だ。
だがボーが突然そのパーティーから抜けたから怒っているらしい。
しかもその抜けた理由を言わないから、話がややこしくなっているんだという。
パーティーを抜けるのにわざわざ理由を言わなきゃダメなのか。
そんな理由を聞いてどうするんだとは思うが、こいつらにとっては重要な事らしい。
「なあボー、こいつらはそれが気になるっていうんだから、教えてやれば良いんじゃないのか。それでこの話は片が付くっていうんだしな、どうだ?」
俺がボーにそう言うと、ジャーラとインガの二人は黙って頷く。
すると諦めたようにボーがゆっくりと口を開く。
「これはあまり言いたくはなかった。だが言えというならば仕方ない。話してやる」
ここに居る全員が前のめりになってボーの話に耳を傾けた。
「パーティーを組んで初めは良かったんだ。三人で仲良く順調に稼いでいたよ。このパーティーなら私も上手くやっていけると思ったよ。だがな、ジャーラとインガが付き合い初めてからパーティーの雰囲気は変わったんだ」
付き合い出したと?
女同士でか。
突然のぶっちゃけトークに、メロディはボーを二度見する。
俺は逆にジャーラの胸とインガの顔を交互に見てしまう。
深い意味はない。
するとジャーラが話し出す。
「待て、私とインガが悪いというのか!」
悪いと言わないが原因はお前らだろうに。
三人のパーティーで二人が良い仲になったら、残った一人は居ずらいだろうな。
それくらい察しろって感じだ。
ボーが話を続ける。
「まあ、そうだな。野宿する時も私は常に気を遣わなければいけない。最初は二人の邪魔をしないようにと思っていたんだがな。でもな、放って置いたからだろうけど、お前ら、だんだエスカレートしていっただろ。昼だろうが夜だろうがお構いなしだ。獣じゃあるまいし……」
お構いなしに、何がだ?
そこは男が一番詳しく知りたいところだぞ!
ぜひボーの口から聞いてみたい。
途中からメロディにもどういうことか理解してきたらしく、顔を赤くしてずっとうつむいている。
ずっと黙っていたインガが口を開いた。
「そんな理由だったのか……悪かったよ、気が付かなくて。これからは夜だけにするよ」
そこまで言われておいて、やっぱりするんだ、お前らは!
獣だな、いや獣人だからか?
しかし話に入っていけない。
そこへボーが変な事を言い出した。
「悪いんだが、私はもう彼らのパーティーに入ってしまったんだ。今更もう遅いんだよ、すまないね」
は?
このパーティーって俺とメロディとゴブリン、そして狼のことなのか?
ゴブリンは奴隷だしメロディだって書類上は奴隷だし、ましてや狼達は使役獣だぞ。
パーティーとは違う。
だいたい俺は冒険者じゃないしな。
しかしボーは強引にその設定で話を進めるらしい。
「だから、悪いが新しいメンバーを見つけてくれ、すまない!」
何故かボーが謝罪している。
逆のような気もするが。
取りあえずボーは元のパーティーには戻りたくないらしいから、俺もその設定に付き合うとするか。
「俺からも頼む。ボーは俺達のパーティーにとってかけがえのないメンバーだ。悪いが見逃してはくれないか」
何故かボーが俺を見て目をウルウルさせている。
しばらく考えてからジャーラが返答した。
「わかった、そこまでいうなら仕方ない。ボーを頼む」
その言葉にインガは少し驚いたようだが、最終的には諦めたのかインガも「頼みます」と言ってきた。
こうして穏便に話は済んで、ジャーラとインガの二人が手を繋いで店を出て行く。
すると何故か周囲のテーブルから拍手が巻き起こった。
すべて聞いていたらしい。
完全に酒の肴にされたな。
どうりで店内が静かだった訳だ。
「いやあ、ありがとうローマン」
直ぐにボーが礼を言ってきた。
俺も社交辞令的に返す。
「問題ない、困った時はお互い様だ」
「そうか、そうか、私も正式にこのパーティーメンバーか。ふふふふ」
ん?
今、変なことを言ってたような。
「おめでとう、ボーさん。でも私の方が先輩ですからね?」
あれ、その言い方はメロディも認めているってことなのか。
さっきの話の流れはあくまでも設定だろ。
だいたい俺は商人であって冒険者じゃない。
同じパーティーって変だろ。
「ええっと、ボー、ひとつ聞いていいか?」
「なんだ、リーダー」
へ?
リーダー?
もしかしてパーティーリーダーってことか。
「俺は商人ギルドの銀等級、ボーは冒険者ギルドの銀等級だな」
「ああ、良い感じに一緒だな」
「つまりだな、俺とボーじゃギルドが違っているんだぞ。それでパーティーって変だと思わないのか」
「そうか? それを言うならメロディやゴブリン、それに狼もギルドに登録してさえいないよな」
「ああ、確かにそうだが……」
「なんか問題あるのか、リーダー?」
「ない、な……」
どうでも良くなった。
ただ、うやむやの内に俺の隊商メンバーにボーが加わったってだけのことだ。
うん、実に些細なことじゃないか……
「なあ、ボー。ひとつだけ頼みを聞いてくれるか?」
「ああ、何でも言ってくれ、リーダー!」
「その、リーダーってのだけは止めてくれ。恥ずかしい……」
店の外にいるサウスとイーストの二匹が俺から何かを感じ取ったのか、いつもより長めの遠吠えを始める。
その物悲しそうな声が、街の空にいつまでも響き渡るのだった。