34 金等級冒険者
「ちょいと通してくれるか」
そう言いながら人混みを掻き分けて店内へと入って行くと、徐々に見知った顔が見えてきた。
メロディとゴブリン達が座るテーブルの横で、一人だけ息巻いてる女冒険者。
あれは、ボーだよな。
ただ彼女一人だけではない。
ボーと睨み合う様に獣人の男が二人いる。
これは良くあるあれだな。
女とゴブリンしかいない弱そうなグループに、軽い気持ちでちょっかいを掛けてきたチンピラっていう事象だな。
しかし聞こえてくる会話からは、そんな感じではなさそうだ。
「だから理由ぐらい聞かせてくれてもいいだろう。なぜそうまで頑なに理由を言わないんだよ。なあ、ボー。私達のパーティー上手くいってただろ?」
「そうそう、私達良いパーティーだった。それを黙って出て行くなんて酷くないか?」
声を聞いて自分の過ちに気が付いた。
男二人だと思っていた獣人は、二人とも女だったようだ。
体格が良い上に髪の毛も短いから気が付かなかったが、良く見れば胸は膨らんでいる。
間違いなく女性だ。
特に主導権を握っている獣人女は、よくよく見れば災害級をお持ちの様だ。
しゃべる度にブルン、ブルン震えている。
敢えて何がとは言わなくても良いよな?
会話から同じ冒険者仲間みたいだが、ちょっと揉めてるっぽい。
獣人女の冒険者バッジが見えた。
銀等級と金等級の二人。
ちなみに金等級はブルンブルン女だ。
その周囲に集まるのは、いやらしい目で見守る男達。
時々「殴れ、やっちまえ」とか「脱がせ、ひんむけっ」等と野次が飛ぶ。
滅多に見られない女同士の喧嘩に期待しているのだ。
そういう野次を飛ばすのは大抵が冒険者ども。
冒険者はこういった揉め事が大好きだ。
そう言う俺も黙って見物しているんだがな。
「どう思われても構わない。だから私にはもう関わらないでくれ」
話を聞いていると、同じパーティーメンバーだったようだが、ボーが勝手に抜けた事に対する不満ってところだろうか。
しかしボーは何故か理由を言わない。
というか言いたくないのだろう。
するとそんなボーに痺れを切らしたのか、遂に獣人女の一人が怒りだした。
「この分からず屋めっ!」
そう言ってボーの胸倉をつかむ。
ボーは抵抗さえしない。
このままだと確実に殴られる。
仕方ない、止めに入るか。
「何があったか知らな―――ふごっっっ!」
左頬が熱くなり、俺の身体は錐揉み上に回転しながら壁に激突した。
止めに入った俺の顔に拳が決まったのだ。
やはり獣人パワーは侮れない。
吹っ飛ばされたよ。
「ローマン!」
自分が殴られる覚悟だったボーが驚いて、ぶちのめされた俺に駆け寄って来た。
テーブルに座っていたメロディとゴブリン達も焦り出して立ち上がる。
殴った方の獣人女はというと。
「お、おい、な、なんで急に私の前に出て来る……」
狼狽えているな。
「ローマン様!」
そこで驚いたメロディが俺に駆け寄って来て、仰向けに倒れている俺の顔に手を当てる。
なんか下から見上げるメロディも悪くないな。
そんな事を思いつつも俺は、メロディの手を格好良く振りほどき、何事もなかったかのように立ち上がり一言。
「おい、女、気が済んだか?」
獣人女はこの状況がつかめていない様子。
俺とボーを交互に見ながら戸惑っている。
「ボー、これ以上は店に迷惑が掛かる」
そう言ってボーの腕を引いてこの場から立ち去ろうとするのだが、そう簡単に終わらせてはくれない様だ。
「おい、待てっ。良くわからないが話は終わってないぞ。それからお前、そこの人間の男だ。邪魔するなら容赦しない!」
そうだろうな、こんなに簡単に誤魔化せるはずもないか。
だけど出来れば女は殴りたくないが、こいつは男以上の女だしな。
ちょっと悩む。
よし、一応平和的に終わらせようと提案してみるか。
「お前たち、ボーとはどういう間柄かは知らないが、本人が嫌がっているんだ。この辺で終わりにしないか。俺も手荒な真似はしたくない」
「おい、人間。舐めた事いうじゃないか。その言い方はまるで私達が荒くれ者みたいな言い方だな。それに手荒な真似だと? お前、たった今、痛い目に合ったのを忘れたか」
まあ、冒険者相手だ、そういう展開になるよな。
「はあ~、ったく。それじゃあ来い。相手してやる」
俺のそのタメ息交じりの一言で、獣人女二人の怒りが頂点に達したようだ。
最初に殴り掛かってきたのはブルンブルン女だ。
それこそブルンブルンと振わせて、俺の視線を惑わせる。
こいつ、そういう戦法か!
正に災害級だな。
ブルンブルン女の拳が俺の顔面に迫る。
完全に避けたつもりがコメカミを掠める。
さすが獣人族の金等級、恐ろしく速い!
さらに追撃の拳が迫る。
そのまま下がりつつ、近くにいたボーの腕を引っ張り前に出す。
いきなり前に出されたボーは避けることが出来ずに、ブルンブルン女の拳をまともに顔面に受けた。
「ぐひっ」
女とは思えない威力のパンチがボーの顔面にめり込んだ。
ブルンブルン女もしまったとばかりに「あっ!」と声を漏らす。
間違えてボーを殴った事に動揺し、ブルンブルン女の動作が一瞬止まる。
チャンス!
ボーの影から不意打ち気味の張り手攻撃。
しかし簡単に避けられ、俺の張り手は空を切る。
さすがに金等級冒険者にこれくらいの攻撃が通用するはずもないか。
だがそうなると俺も向きになって、両手で張り手の連打をこれでもかと繰り出す。
その連打の一発がブルンブルンの右のブルンに「ペチンッ」と掠った。
途端に周囲にいた客から歓声が沸き上がる。
「うおっ、ワザとじゃないぞ、不可抗力だ」
咄嗟に俺は言い訳するが、ブルンブルン女はその災害級の胸元を押さえながら呆れた様子でつぶやく。
「お前、最低だな……」
暗殺者だった俺は、真正面での戦いは苦手だ。
もし真正面での戦闘に持ち込まれたらどうするかというと、卑怯な手を使う。
最低だと?
そうさ、どんな手を使っても最終的に勝てば良い。
卑怯、卑劣、最低、俺にとっては誉め言葉だな。
俺は「すまん、すまん」と謝りながら両手を鷲の爪のようにして、災害級の胸元に迫る。
「おおおい、な、な、なにを!」
慌ててブルンブルン女が両手を胸元に当てて下がった。
そこで俺はボーを再びブルンブルン女へと突き飛ばす。
「うわっ!」
慌ててボーを抱きかかえるブルンブルン女。
掛かった!
そこで俺は一気に距離を縮め、二人の横をすり抜ける。
「あ、お前!」
直ぐに気が付いて声を上げるが、その時は既に遅い。
俺はクルっと回転するように体を交かわし、ブルンブルン女の腕を取って後ろに回り込んだ。
そして耳元で囁く。
「勝負あったな」
そう言って俺は腕を締め上げようと――
「もう一人いることを忘れてるよ!」
――背後から声がした。
しまった!
銀等級の獣人女が後ろから俺の股間を蹴り上げた。
「おうふっ!」
悶絶。
「ひ、卑怯な、うぐぐぐぐぐ」
言葉で必死の抵抗を試みたんだが、負けは負けである。
「いや、お前が先にそういう手に出たんだろう」
と銀等級女。
ごもっともなご意見だ。
しかし卑怯な手を使っても負けた俺って……
メロディ曰く。
「ローマン様、最低ですね」
言い返せない。