33 鮮血アリ
そこでボーが前に出て来て言った。
「そう言えば虫よけの薬を持っているが使ってみるか?」
「それはアリにも効くのか」
ボーは既に虫よけの薬の使用が決定したかのように、自分の馬に括り付けてあるバックをガサゴソと漁っている。
その上でやっと俺の質問の返答が返ってきた。
「やってみないと分らないから、やってみるか」
そう言って汚い布の包みを取り出した。
黙って見ていると、ボーはその包みに入っている黒くなった薬草のような物を取り出し、アリの行列から少し離れた地面に置く。
草を練りつぶしたような塊だ。
そして火付け道具を取り出す。
その草の塊に火を着け、虫系魔物の嫌がる煙や匂いで追っ払うようだ。
水分を含んでいるように見えたが、意外とあっさりと火は着いた。
薬草は固められているようでゆっくりと燃えていき、真っ白い煙を辺りに撒き散らす。
臭い。
物凄く臭い。
俺は慌てて鼻を塞ぐ。
俺だけじゃなく、他のメンバーも鼻を塞ぐほどの臭い。
すると鮮血アリの行列にも異変があった。
それを見たメロディが興奮した様子で言ってきた。
「ローマン様、見てください。アリさんが煙を避けて行きますよ」
虫よけはアリにも効くようだ。
アリが煙を嫌がって逃げて行く姿は、俺も初めて見る光景だった。
「よし、今がチャンスだ。通り抜けるぞ。アリは絶対に潰すなよ。一匹でも殺したら集団で襲って来るからな!」
俺は叫びながら獣車に飛び乗った。
煙で地面が見えにくい。
これは慎重に行かないとダメだ。
まずは俺の獣車が通り抜けた。
大丈夫だ。
そしてメロディの獣車が軽やかに通り抜ける。
しかしそこで風が強く吹く。
煙は風に影響を受ける訳で……
「待て、ボー、アリがまた行列を作り始めたぞ!」
声を張り上げて止めに入ったのだが、ボーは俺の制止を振り切って馬を走らせた。
アリの行列の上を颯爽と飛び越えるボーなのだが、彼女はこのアリの特性を知らないらしい。
正に鮮血アリの真上を飛び越えようとする時だった。
アリが次々に真上に飛び跳ねだした。
鋭いアゴで馬に噛みつこうというのだ。
数匹が飛び跳ねて、その内の一匹が馬の後ろ脚に噛みついた。
馬は着地すると、ボーを乗せたまま暴れ出す。
後ろ脚に噛みついたアリを振りほどこうと、何度も後ろ足で空を蹴る。
「ひええええ~」
悲鳴を上げながらも、振り落とされまいと必死に馬にしがみつくボー。
その間にも他の鮮血アリが何匹かが暴れる馬に近づいて行く。
俺は槍を握りしめて獣車から飛び降りて走り出す。
「すまん!」
そう言って馬の心臓を突刺剣で貫いた。
その拍子に空中をボーが舞う。
「……よっと!」
それを上手くお姫様抱っこで受け止めると、腕の中で驚愕の表情をするボーに言った。
「すまない、あれしか方法がなかった」
「え、え、ええええええ!」
俺の腕の中で大暴れをするボー。
俺は暴れるボーをメロディの荷車に乗せる。
「鮮血アリは真上に獲物に敏感だ。上を通ると飛び跳ねる。それと噛みつくと中々離さない。それで咄嗟の判断でああした」
俺が説明するとボーは顔を赤くして何かモゴモゴと返答するのだが、全くと言っていいほど聞き取れない。
面倒臭くなって返答を待たずに俺は自分の獣車に向かう。
するとメロディがボソリとつぶやいた。
「乙女心が分かってないですね、ローマン様は」
そうか、やはり馬を殺してしまったのはマズかったか。
街に付いたら弁償するか、しょうがない。
死んだ馬から荷物だけは回収して再び出発した。
そして野宿を経て、無事にダバドの街へと到着した。
この街で殺してしまった馬を弁償しようと、新たな馬を探したのだが、軍馬は愚か乗用馬も売っていない。
売っているのはロバか使役獣だけだ。
冒険者がロバじゃ様にならないよな。
困ったな。
そこでメロディが助け舟を出してくれた。
「ローマン様、私の馬を差し上げましょうか?」
一瞬、それは有難いと言い掛けるが、馬などいないはず。
いるのはユニコーンだけ。
俺が不思議そうにしていると、メロディがニコニコしながらユニコーンに近づく。
そしておもむろにユニコーンの角を掴むと、ペイっと角を外してしまった。
「おおお、なんてことを!」
驚いて声を上げたのはボーだ。
釣られて俺も叫びそうになった。
「これ、馬に取り付ける角モドキですよ。これつけると恰好良いじゃないですか」
そんなことを言ってくるメロディ。
驚かせやがって!
しかし面白い、人に付ければ魔族と言い張ってもバレなさそうだな。
「メロディ、助かる。ボー、これに乗ってくれ」
ボーは何度も礼を言いつつもメロディから馬を譲り受けた。
ついでに角も貰ったらしい。
ユニコーンモドキに跨ったボーは、前より誇らしげだ。
となると俺はメロディに礼をしなくちゃいけないか。
その事をメロディに告げると「今までの恩がある」と言って礼は必要ないという。
だが、どのみち代わりに何か買わないと荷車が牽けない。
止む負えず使役獣を購入した。
『バイスン』という使役魔物である。
俺の『ホーン』と似ている魔物。
ホーン同様に牛系魔物で歩く速度は馬よりも遅いが、重い荷物でも運べるパワーがある。
足が遅いので街道輸送用ではあまり好まれない。
足が遅いという事は、盗賊に襲われても直ぐに追いつかれるからだ。
しかし無い物はしょうがない。
「メロディ、悪いな」
「いいえ、私はローマン様の奴隷ですからっ」
美人に言われると堪らんな。
いやいや、冷静を保て!
「次の機会に何か礼をする」
いつものように淡々と言った。
すると「楽しみです」と帰ってきた。
「爆せろ」
ボーがつぶやいたらしいが、意味がわからない。
まあいいか。
そうだ、ボーに聞いておきたい事があった。
「ボー、あの虫よけなんだが、どこで購入したんだ」
すると不思議そうな表情で返答がきた。
「あれは買ったんじゃない。自分で作ったんだよ。もしかして作り方を知りたいのか?」
話が早くて助かるな。
「そうだ、ぜひ知りたい。ちゃんと対価も払う」
「いや、命を救われ馬まで貰ったんだ。それくらいは構わない、サービスだよ」
ボーは意外と良い奴なのかもしれないな。
次に俺は生け捕りにした盗賊を奴隷商に持って行く。
いつまでも手元にあると手間が掛かるからな。
俺以外は先に食堂へ行ってもらい、後ほど合流して一緒に食事をすることにした。
俺は直ぐに奴隷商に向かい、さっさと手続きを終わらせ盗賊を売り払った。
それで値段はというと、元兵士だった事から一人金貨十枚の値が付いた。
これは嬉しい。
二人で金貨二十枚は大きいな。
苦労した甲斐があったってもんだ。
もっと交渉すれば買い取り額は上がったかもしれないが、今はその気になれない。
面倒臭いが先にきてしまった。
今は一刻も早く旨いエールが飲みたい。
結構稼いだからな、これはボーにも分け前をはずむか。
仲間を失って落ち込んでいるだろうしな。
そう思って皆と待ち合わせの食堂へと行く。
すると、なんだか人だかりが出来ていた。