31 襲撃の跡
メロディの説明によると、エンタングルの魔法だという。
それは近くに植物があれば、その植物の根や蔓や蔦が伸びて、対象物に巻き付いて動けなくする魔法らしい。
「なあ、メロディ、他にどんな魔法が出来るんだ。そういうのは最初に教えておいてもらえると助かるんだがな」
俺がそう言うと申し訳なさそうに言った。
「あの、秘密にしてた訳ではないのです。エルフだったら皆これくらいは出来るので、いちいち説明などしませんので……すいません」
いや、謝れると気まずい。
俺も色々隠しているわけだし。
「ええっと、言える範囲で構わないんで教えてくれ」
「はい、植物育成の魔法が出来るだけです。他にはできません」
「それはどんな魔法だ?」
「植物の成長が少し早くなる魔法です。申し訳ないんですが、私、攻撃魔法は一切出来ません」
「いや、それだけ出来れば十分。俺なんか魔法使えないからな」
うーん、でも植物育成なんて役に立ちそうにないな。
だがエンタングルとか言う魔法は使い方によっては有効だろう。
ということは役立ちそうなメロディの魔法は、治癒とエンタングルだけか。
まあ、それでも今回は十分に役立った。
捕縛した盗賊二人は奴隷商送りだな。
この盗賊リーダーは、賞金が掛かっていてもおかしくなさそうだがな。
でも人間の死体を積むのは抵抗がある。
俺の荷車は商品用だからだ。
人の血で汚したくない。
ここは諦めて生きて捕らえた二人の盗賊だけ連れて行く事にする。
二人とも元兵士ならば、奴隷商も結構な値で引き取ってくれるはずだ。
戦闘技能を有する奴隷は高く売れるから、奴隷商も高い値を付けてくれるのだ。
そういえば盗賊のリーダーの遺体を獣人女が貰いたいそうだ。
冒険者ギルドに証拠として差し出す為だ。
それと俺のサインと商業ギルドのギルド番号の控え、これも冒険者ギルド提出用だ。
死体を漁ってみたのだが、盗賊達の装備品は酷い代物で、とても金にはなりそうにない。
そう言えば、負傷していた獣人女性が仲間を助けてくれと言ってたな。
獣人女性を見ると一人で来た道を歩き始めていた。
それを見たメロディが獣人女を止めようとする。
「お待ちください。治癒魔法で治ったからといって直ぐに動くと、体内で傷口が開きます。ジッとしていてください!」
「しかし、仲間が……助けないと」
しょうがない。
「あっちか? 俺が見て来るからジッとしていろ。馬を借りる」
俺は獣人女が乗っていた馬に跨り、徐々に明るくなり始めた街道を進んだ。
しばらく進むと、襲撃があったらしい現場に到着した。
獣人の隊商らしい。
だが獣人の生き残りは一人もいない。
代わりにいたのは人間の盗賊が一人。
盗賊の死体も幾つか転がっているところをみると、意外と善戦したいたようだ。
でも全滅じゃあ意味がない。
盗賊男は壊れた馬車の荷物を漁っている真っ最中のようだ。
その盗賊の側には乱暴された獣人女性の死体が転がっている。
酷い事しやがるな。
俺は気配を消した。
盗賊は完全に油断しているから気配を消すのも容易い。
俺は風に乗り移動する。
風音だけを残して盗賊男の後ろへ付く。
「殺された女性の痛みを味わえ」
「は?」
男が振り向いた瞬間に突刺剣を男の腹に突き刺した。
「ぐあああああっ」
「安心しろ、直ぐには死なない。痛みに耐えながら死んで逝け」
そう言って、突刺剣を刺したままぐるりと回してから抜いた。
「うぎゃああああああっ」
「内臓の位置を少し変えたから、ヒールポーションや治癒魔法でも治らない。ほら、あっちに落ちていた短剣とポーションだ。内臓の位置を直せば助かるかもしれないが、やるかやらないかは貴様次第だ」
そう言って短剣と液体の入った瓶を男の前に転がした。
すると激しい痛みと格闘しながらも、男は短剣とポーションを手に取る。
そしてそれをじっと見つめながら歯を食いしばっている。
どうするか考えているんだろう。
「悪いが時間切れだ」
「うぐぐぐ、ま、待て……やめて、やめて、くれ!」
「消去!」
突刺剣が男の脳天に突き刺ささる。
盗賊男は目を見開いたまま動かなくなった。
俺は再び馬に乗ると、来た道を戻って行った。
俺が戻ると真っ先に獣人女性が俺に問いただす。
「どうだった、生き残りはいたのか!」
俺は首を横に振る。
するとガックリと膝をついてうな垂れてしまう獣人女性。
「ダメだった、間に合わなかったようだ。生き残りはいない」
あの盗賊男のせいだが、それは口にしない。
「私だけが、私だけが生き残ってしまった、う、う、うあわあああ」
遂には号泣してしまった。
どうやら隊商の護衛パーティーの一人だったようだ。
「ああ、えっと、メロディ頼む」
こういう時の俺は無力である。
メロディは優しく獣人女を抱きしめ頭を撫でている。
獣人女は体中血だらけだというのに気にしない様だ。
まるで聖母のようだな。
それにしてもだ、はたから見ていると、なんだな…………羨ましい。
陽が昇って周囲は明るくなった頃、獣人女はやっと落ち着いて来たようだ。
「先ほどは取り乱してしまい、申し訳なかった。私の名前はボーだ。あなたがこの隊商の主人と聞いた。改めて助けてくれた事、感謝する」
落ち着いた姿をみると戦い慣れした剣士っぽい。
女性がこうして剣士や戦士になれるのも、獣人族ならではの身体能力のおかげだ。
人間とは違い、獣人族は男も女も身体的能力は変わらない。
だから女性剣士も普通に存在するし、人間よりも強い場合が多い。
その代わり獣人族の寿命は人間よりも短いとされる欠点もあったりする。
「俺はローマン。要点だけ言おう。君たちの護衛の馬車の荷物だがな、見つけた俺達の物ってことで良いか」
護衛だったボーがそこで説明してくれたのだが、彼女はあくまでも護衛で雇われたにすぎず、単なる冒険者の一人らしい。
つまり護衛していた馬車の所有権はない。
行商人や旅人が道中に盗賊や魔物に襲われ、やむなく荷物等をその場に放置したりするとする。
それを他の者が見つけた場合どうなるかというと、基本的には見つけた者が所有権を主張できる。
ただし元の持ち主は買い戻す権利を主張できる。
ここまでがルールだが、買い戻す権利とはいっても値段交渉の内容までは取り決めがない。
つまり恐ろしい値段を吹っ掛けられる場合もある。
しかし今回の場合は持ち主が全員死亡している案件だ。
となると買い戻す権利など発生しないから全てが俺の物になる。
これは助けて良かったってことだ。
それではと、俺達は放置された荷馬車へと荷物の回収に向かう。
ボーが現場を見て悔し涙を流し始めた。
「皆、すまん……」
悲惨な現場である。
見せない方が良かっただろうとは思うが、彼女も一端の冒険者だ。
胸からは銀の冒険者バッジをぶら下げている。
銀等級と言えばベテランと言われるレベルで、決して素人ではないのだ。
これくらいで凹んでいては冒険者など務まらない。
そんな事をよそに、俺はさっさと荷物の選別を始めた。
ゴブリン達が荷物を集めてきて、俺が金になりそうなものだけを自分の荷車に積み込んでいく。
半刻ほど掛かったが元手が掛かってない分、これはかなりの収入になりそうだ。