30 腕の立つ盗賊
助けを求められてもなあ。
冷たいようだが、助けても俺にメリットがない。
この獣人女とその仲間は実はお尋ね者で、襲った相手は賞金稼ぎだったとか。
盗賊に襲われたんだが、襲った相手が百人いるとか。
そうなったら俺達にとってはデメリットしかない。
ちゃんと相手を見極め、この獣人女も見極める必要がある。
冒険者ギルドのバッチも奪った物かもしれないしな。
「大丈夫です。私達が助けてあげますから安心してください」
そう思ってた矢先にこれだ。
この女、頭悪いんじゃないだろうか。
「メロディ、勝手に返事を返すな。事情も知らずに助けて、とんでもない騒動に巻き込まれるのはごめんだぞ!」
だが既にそれも遅かったようだ。
狼達が唸り声を上げた。
「ガルルル」
「グルルル」
獣人女を襲った奴らだろうか、数人の気配がこちらに近づいて来る。
暗闇から徐々にその姿を現す。
「気を付けろ、九人はいる」
暗闇から現れたのは盗賊らしき人間の男達。
酷い恰好をしている。
指や片腕が無い者、負傷しているのか傷口が化膿している者、どうやら敗残兵らしい。
敗残兵狩りから逃れて、こんな所まで来ていたとはな。
盗賊達の視線は真っ先にメロディへと向けられた。
「おい、女がいるぞ。それも上玉だ、ひっひっひ」
「すげ~ぞ、こんな上玉見たことねえ。俺が最初に頂く!」
「おい、楽しむのは良いが傷をつけるなよ。値が落ちちまう。ぐっふっふっふ」
聞こえた言葉で、こいつらの処分が決定した。
「おい、そこの三人は消去な。あとの六人は奴隷商行きが決定だ」
「はあ? てめえ何言ってやがる。その前にてめえは死刑だよ!」
そう言って盗賊の一人が、手に持った短槍で真っ先に俺に向かって来た。
「やれ!」
俺の合図で暗闇に潜んでいた狼の二匹が短槍の男に飛びかかる。
「うわあっ、な、なんだぁああっ――ぐえっ」
男は右足をイーストに噛まれて転倒するや、サウスが直ぐにそいつの喉笛を喰い千切った。
あっという間の出来事だ。
「ううおおおっ、狼がいるぞ、狼だ!」
「く、くそ、たった二匹だ。後はゴブリン奴隷とあの男だけだ。押せ、怯むんじゃねえ!」
腐っても元兵士だ。
リーダー的な男がショートソードを振り回しながら、仲間を鼓舞している。
負けじと俺も声を張る。
「ゴブリン隊はメロディを守れっ」
俺の指示にゴブリン四人はメロディの側で槍を構える。
すると盗賊のリーダー男も仲間に指示を出し始めた。
俺達に合わせて人数を割り振るようだ。
ゴブリン四人には盗賊二人が、狼二匹には盗賊五人があたり、リーダーの男が俺を相手するようだ。
ゴブリン四人とメロディが心配だが、今は俺の目の前にいる盗賊リーダーから目が離せない。
「ガガ、ギギ、ググ、ゲゲ、何としてもメロディを守れ!」
そんな指示を出すくらいしか、今の俺には出来なかった。
俺はここで初めて突刺剣を抜いて右手に握る。
さらに短剣を左手に持って構える。
盗賊リーダーの武器はショートソードに丸盾だ。
鎧は他の盗賊とあまり変わらずボロボロの革鎧。
そのリーダー男が俺の構えを見て感心するような口ぶりで言ってきた。
「ほほう、てめえ、ちっとはやるようだがな、抵抗するだけ無駄だ。落ちぶれても俺たちゃ元兵士だからな、ふはははは、死ね!」
盗賊リーダーが一歩前へ出て、距離を詰めたのと同時。
その視線が俺の足元へ向く。
足狙いか!
しかしショートソードの切っ先は俺の顔面へと伸びる。
フェイントか!
ギリギリ避けた。
避けたはずなのにアゴが僅かに切れている。
こいつは空を切る斬撃の余波だけで、俺のアゴを切り裂いたのだ。
それくらいは大した傷ではないのだが、俺が喰らったプレッシャーは小さくない。
ダメだ、正面から戦ったらやられる。
一人なら逃げ切れる自信があるのだが、メロディを置いてはいけない。
くそ、裏世界に生きた俺がこんな感情を持つとはな。
昔の俺なら間違いなく一人で逃げていた。
だが盗賊リーダーの攻撃は止まらない。
地面の土を蹴り上げての目つぶし。
ほぼ同時にショートソードが俺の足元を狙う。
戦い慣れている。
それも泥臭い戦場での戦い方にだ。
こういった手合いと正面から戦った事はほとんどない。
俺の戦い方は標的に悟られずに消去する暗殺がメイン。
これは完全に不利な戦いだな。
盗賊リーダーがニヤリとしながら、丸盾を俺の顔面に向けて押し当てようとする。
一見、シールドバッシュに見えるがこれは違う。
相手の視界を遮るのが目的。
つまり俺に対しての目くらましだ。
だが今の俺にとっては好都合。
一瞬でも俺の姿が奴の視界から消えさえすれば、俺には十分な反撃時間が稼げる。
俺はそよぐ風なり。
闇の中の空なり。
―――気配を消す
奴の目には突然俺が居なくなったように見えるはず。
盗賊リーダーが叫ぶ。
「くそ、どこいった!」
俺は盗賊リーダーの真後ろに回り込み、突刺剣を振りかぶる。
しかしそこで盗賊リーダーが叫びながら身体を捻じる。
「そこか~~っ」
俺の気配に感づいたのか。
やはり時間が足りなかったか!
ショートソードが横なぎに振るわれる。
咄嗟に身を屈めつつ、右手の突刺剣でショートソードを上方へ弾く。
金属同士が弾けて「ギンッ」と音を立てて火花が飛ぶ。
そこで無防備な脇の下が俺の視界に入った。
この距離は俺の間合いなんだよ!
俺は鎧の隙間から見える脇の下へ短剣を叩き込む。
深くはないが致命傷になりえる傷のはず。
「ぐおおっ」
しかしそれでもなお身体を捻り、俺に攻撃を加えようとする。
凄い執念だ。
俺は直ぐに短剣を引き抜く。
このまま放って置いてもこいつは出血で死ぬだろう。
だがこういう奴は最後まで付き合わないと危険だ。
そのまま俺は背後へ回って奴の視界から消える。
「くそ、ど、どこへ……」
盗賊に落ちぶれさせるには惜しいとさえ思える腕前。
だが、そこまでだ。
俺は姿勢を低くしたまま盗賊リーダーの真横に回り告げる。
「お前の剣技は危険だ。悪いが消去させてもらう」
俺は右手の突刺剣を奴のアゴの下から斜め上へと刺し込んだ。
「ふぐ……」
盗賊リーダーは急に力が抜けて、俺に覆いかぶさるように倒れ込む。
俺はそれを避けるように横に逃げると、地面にゴロリと死体が転がった。
これほどの腕がありながら、もったいない……
そうだ、メロディは!
直ぐに視線をメロディに移すと、想像しなかった光景が俺の目に飛び込んできた。
俺は剣を鞘に納めメロディのいる方へと歩いて行く。
「なあ、メロディ、それはお前がやったのか?」
俺が見たのは、植物の根に似た蔦のようなものに、身体をグルグル巻きにされて動けなくなった盗賊二人だ。
さらに狼二匹に向かった盗賊達はというと、血だらけになって地面に転がっている。
こちらも所詮はイーストとサウスの敵ではなかったってことだ。
つまり圧勝だったってこと。
苦戦したのは俺だけかよ。
メロディの所へ行くと、この有様の説明をしてくれた。
45話で完結となりそうです。
大きな修正もなさそうなので少し投稿を早めます。