表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/45

24 契約書








 俺は裏稼業から足を洗いしばらくして、この商業ギルドに入った。

 商人になりたかったからだ。

 商人になってスローライフを送りたかった。

 目指すは豪商のはずだった。


 しかしギルドに介入してすぐに、先輩方からの意地の悪い数々の洗礼を受ける事になる。

 裏稼業にいた俺はその対処方法が分からず、言葉の攻撃に対して力で返した。

 だが、商人なんて奴らは余りに非力だ。

 力を行使すれば結果は歴然。

 すると次からは陰湿な攻撃を受け始めた。


 俺が行く街道で待ち構える盗賊。

 俺には回って来ない輸送依頼。

 荷物の届け先からのクレームの数々。

 例を上げたらキリがない。


 そこで俺は学習した。

 表立って行動に移すのは馬鹿のする事だと。

 そこで俺も奴らがしたのと同様に、盗賊や夜盗を利用して仕返しをしてやった。

 そうしたら陰湿な攻撃がピタリと止んだのだ。

 俺の事を知る商業ギルドのメンバーからの妨害が、一切なくなったのはそこからだ。


 その代わり、商人の護衛に付く冒険者から目の敵にされた。

 当たり前のことだが、商人護衛に付いた冒険者達も盗賊に襲われるからだ。

 それで盗賊は全て俺の差し金のような噂が流されたのだ。

 確かに俺がやった分もあるが全部じゃない。

 全部じゃないが確実に俺の仕掛けた罠で冒険者の何人かは死んでいる。

 そうなると目の敵にされても文句は言えないか。


 俺が冒険者ギルドに書類を届けに行くと、高い頻度で喧嘩に発展した。

 しかし冒険者の喧嘩は分かり易くて良い。

 大抵の場合、喧嘩を売ってくる冒険者は銅等級以下で、銀等級もたまにいる程度。

 それ以上のランクの冒険者は、ペナルティーが怖くて喧嘩はしない。


 相手が冒険者でも、銅等級以下なら俺でも負けない。

 喧嘩で決着が着くなら分かりやすい。

 だがあまりに喧嘩の頻度が多かったのか、冒険者ギルドから商業ギルドへ直接クレームが届いてしまった。

 もちろん俺に対しての暴力クレームだ。

 俺はそこで謝罪文と一緒に「今度トラブルを起こしたら罰依頼を受けます」という契約書を書かされた。

 

 ギルドの別室に呼ばれた瞬間、俺はその契約書を思い出したのだった。


 




 別室に案内された俺は一人待たされる。

 しばらくして部屋に入って来たのはギルドマスターのダエル・ド・ラブルだ。

 無言で部屋に入ってくるなり、テーブルの上にバンッと見覚えのある誓約書を叩きつけるラブル。

 そして口を開く。


「ローマン、この誓約書に見覚えはあるよな」


 俺は黙ってうなずくしかない。

 前にトラブった時にギルド長と交わした約束だ。


「今回の喧嘩だが商業ギルドの敷地内だ。前にも敷地内での暴力は駄目だと忠告しただろ。それに相手三人に怪我を負わせているな」


「いや、なんというか、三人ではなく、四人だ……すまん」


 ため息をつくギルマスのラブル。

 そして話を再び続ける。


「四人もか……さて、それでは契約書を遂行するぞ。いいな?」


「ああ、分かってる」


 こうなった俺に拒否権などある訳もない。




 

 その後、俺はゴブリン達を連れてアーレの街を出た。

 エルフとの交易品の購入は済まし、商業ギルドから罰依頼も受けた。

 その罰依頼とは輸送依頼である。

 ただし罰依頼なので金は入って来ない。

 さらに経費も落ちないから完全に赤字の仕事だ。

 これも俺がやらかした事が原因だからしょうがない。

 

 俺は一旦自宅に戻り支度をして、翌日の朝に出発した。

 ホーン二頭に装甲荷車を引かせ、狼はイーストとサウスを連れて行き、ウエストとノースは留守番だ。

 ゴブリンは全員連れて行く。

 彼らにとっては初めての護衛任務となる。


 このまま行ったら大赤字なので、ついでにちょっと早いがエルフとの交易も済ませるつもりだ。

 

 戦争終結で街道は人の行き来がいつもよりも多い。

 これなら盗賊も出て来れないだろう。


 それでソーダンの街へは問題なくたどり着いた。

 この街で一泊し翌日にはダバドの街を目指す。

 問題はここからだ。

 

 街道はここでも通行は多いのだが、この辺は戦場跡からそれほど遠くない位置。

 つまり脱走兵や仕事にあぶれた傭兵崩れが、野盗に成り下がっている場所でもある。

 戦争後の今頃は、街道を通る隊商を襲って生計を立てている奴らが増える時期なのだ。


 そうなると自然と隊商同士は徒党ととうを組み始める。

 俺達の後ろから来た隊商がこちらの速度に合わせる様に、ある程度間隔を空けた状態で進んでいる。

 御者の男性がこちらに手を振る。

 『付いて行かせてもらうよ』という挨拶だ。

 俺は天井のバリスタの所から手を振り返す。


 だからと言って油断はできない。

 隊商の振りした盗賊の可能性も無くはない。

 襲って奪った隊商の馬車を利用することだって普通にやってのける奴らだ。

 盗賊でもそのくらいの脳みそは持っている奴もいる。


 分かれ道に差しかかると後ろに付いて来た隊商は、別の街へと向かう様で手を振りながら別れて行った。

 どうやら普通の行商人だったようだ。

 どうも俺は疑い深くなっているようだ。


 ちょっと安心したところで、先ほどの馬車と入れ替わる様に獣車が後ろに一台付いた。

 使役獣一頭立ての小型カートである。

 使役獣はこの辺では珍しい、金持ちが所有するような魔物、一角獣だ。

 高級使役獣である。

 別名ユニコーン。


 カートにはほとんど荷物は載っていない。

 という事は輸送中という訳ではない様だ。

 そうなると商人なのか単なる旅人なのか解からない。


 御者席の人物はフードを被っていて顔が良く見えない。

 見た感じだと一人の様だ。

 一人で街道を行き来する奴は、相当腕に自信があるか世間知らずのどっちかだ。

 こいつはどっちなのだろうか。


 しばらくすると、前方から馬車がやって来る。

 見える範囲では俺達と前方から来る馬車だけになる。

 前方から来た馬車はすれ違いざまに荷台の布が払われて、中から盗賊連中が躍り出るという作戦もありうる。

 俺の被害妄想だと言えばそうなのだが、俺は常にそんな事を考えてしまう。

 もしかしたらその襲撃と同時に、後ろのカートの男も襲撃に加わるなんてこともあり得るかもしれない。


 俺は一応ゴブリン達には「警戒しておけ」と声を掛けておく。

 さらに荷台に休ませていたイーストとサウスの狼二匹に、ガガとギギを騎乗させて解き放つ。

 

 一瞬だけ後ろの獣車の男がビビったのが分かった。

 前方から来る馬車の御者席の男はもっとビビっている。

 御者席の男はやや後ろに身体を向けて、誰かにしゃべり掛けている様にも見えなくはない。


 そして馬車とすれ違う。

 

 御者席の男が横目でこちらを見ながら、ぎこちない感じで手を挙げてお互い挨拶を交わす。

 完全にゴブリンライダーにビビっているな。

 ただ、狼には使役獣用の首輪がしてあるし、ゴブリンには奴隷用に足枷あしかせが片足だけだがちゃんとついている。

 

 そして通り過ぎたかと思ったその瞬間、少しためらうように「しゅ、襲撃開始だ!」と御者席の男が叫んだ。


 その声を合図に馬車の荷台の布を取り払われ、中から厳つい獣人の男共が飛び出した。


 やはり盗賊だったか。


 しかしこっちは襲撃を警戒していて攻撃準備は完璧だ。


「応戦開始!」


 俺の合図でゴブリンライダーの二騎が、馬車に向かって槍を投げ放った。


 二本の投げ槍が馬車の御者席に音を当てて突き刺さる。


 外れた。


 だがビビった御者席の男は慌てて手綱を力一杯引いてしまう。


 すると二頭の馬がいななき急に暴れ出す。


 馬車の荷台からこちらに乗り移ろうとしていた男共は、急激な馬車の挙動に耐え切れずに、悲鳴と共に転落する者が相次いだ。


 俺は獣車を止めるように指示する。


「ガガ、ギギ、落ちた盗賊は任せたぞ!」


 そう言ってバリスタの狙いを盗賊の馬車の荷台に向けて叫ぶ。


「荷台にいる者、武器を捨てろ。さもなければこいつを撃ち込む!」


 そんな事を言われて「はい降参です」なんて盗賊はいない。


「う、うるせえ。てめえらこそ武器を捨てろ!」


 盗賊の一人が斧をかざして叫び返してきた。


 荷台に残っているのはその叫んだ男と御者席の男の二人だけだのようだ。

 残りの盗賊は地面に落下した衝撃で苦しんでいる上に、ゴブリンライダーに睨まれている。

 特に狼の唸り声は恐怖心をあおる。


 その時、風切り音と共に何かが飛んで来て、叫んだ盗賊の頭に命中。

 盗賊は頭をカチ割られて絶命した。


 御者席にいたググのスリング攻撃だ。

 今日は一発で命中させたな。


 その攻撃に完全に恐れをなした盗賊は両手を挙げて降参をした。


 あ、そういえば後ろからついて来ていた獣車は……

 

「そっちは大丈夫か……あれ?」


 見れば、身をよじらせてこっちを見ている。

 彼女も怖かったようだ。


 ……彼女?


 そう、男だと思っていたのは女だった。

 












評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ