2 迷いの森
本日2話目の投稿です。
辺りが暗く成りきる前に部屋のカンテラの火を灯す。
まずは獣舎にいる使役獣の“ホーン”二匹の様子を見に行く。
そして家に戻ると犬に囲まれながら夕食の準備だ。
今日の俺の夕食は昨日の残りの豆のスープとパン、そしてワイン。
お犬様達に昨日仕留めた大狐の骨付き肉だ。
俺は週に三日だけ屋台を営業し、残りは犬達の餌の為の狩りと商品の仕入れで四日間を費やし一週間を終える。
これの繰り返しが俺の日常になりつつある。
食事を終えてテーブルで酒を飲みながらしばし、暖炉の前でボーっとした時間を過ごす。
犬達も暖炉の火を囲むように寝そべって、各自くつろいでいるようだ。
平和だな。
そこでふと、伝達屋に貰った布を思い出しポケットから取り出した。
何気なく広げて目を通す。
『消去』依頼だ。
直ぐに布を丸めて再びポケットにしまう。
俺は金に不自由しない豪商になってスローライフがしたいんだ。
その為に苦労してその筋へ話を付けてきっちり引退したはずなのだが、何故かそれを知ってか知らすか解からないが、今だに俺に闇の依頼の連絡をよこす馬鹿がいる。
依頼主にわざわざお断りの連絡さえ面倒臭い。
放って置くか。
夜になると犬達は交代で自宅の警備だ。
四匹の内の二匹を外に出してから俺は眠りについた。
翌朝、犬の餌を狩りに出ることにした。
日増しに巨大化する犬達、これは餌の用意だけで相当な時間を取られそうだ。
どうやらこいつらは成長期らしい。
まいったな、などと思いながらも餌の狩りの準備を進めて行く。
二匹だけ番犬として残し、残りの二匹を狩りに連れて行く。
二匹の犬には獲物を運ぶための小型カートを牽引させる。
四匹の犬にはイースト、サウス、ウエスト、ノースと名前を付けている。
今回連れて行くのはイーストとサウスだ。
俺が犬を敷地外へ連れ出すと、それを見た村の人達は毎回驚きの表情をする。
子供に見られたら泣き出されて大変だ。
なんせ犬達はどんどん大きくなっていくからだ。
そんな犬が番をする俺の家には、余程のことが無い限りは誰も近寄らない。
村の人でさえもだ。
といっても村の外れに近い場所に建てられていた家なので、元々誰も来ない。
来るのは俺が留守の時に、餌やりをしてくれる少年ぐらいか。
狩場は村から歩いて二刻ほどの場所にある『迷いの森』だ。
迷いの森、その名の通りこの森に入ると迷って出られなくなると言われている。
それはこの森で狩人や薬草採りが何人もいなくなっているという噂から名付けられた名称だ。
噂だけで実際に居なくなった人の話を俺は聞いたことがない。
その噂のおかげか、狩りをする時の土地所有者に支払う費用が安く済む。
さらに人があまり近づかないから獲物は豊富。
その代わり森の奥へ行く道がなく、カートで入って行けるのは途中までと、ちょっと不便なところもある。
俺はいつもその途切れた道のところにカートを置いてから、森の奥へと獣道を徒歩で行く。
そしてその道の途切れた場所へと来たんだが、珍しく先客がいたようだ。
既に小型のカート付きの馬車が止まっていて、留守番らしい男がカートの横に一人いた。
あまり身なりはよろしくない青年で槍を持っている。
しかしなんだか違和感がある。
よく見ると足に枷がはめられている。
つまりその男は奴隷ということだ。
一応は人間社会にも奴隷制度というものがあり、それは国が認めた制度である。
この地域でも奴隷売買は禁止だが、所有は認められている。
奴隷の男は俺に気が付くと警戒して持っていた槍を構える。
俺は怪しまれない様に出来るだけ明るい表情で声を掛けた。
「やあ、こんにちは。あなた達も狩りですか?」
ここに奴隷がいるのであれば、近くに主人が居るはずである。
奴隷一人を置いて、そんなに遠くは行ってないはずだ。
すると奴隷の男は俺から視線を外さないまま、森の奥へと大声を上げた。
「ゾッチ様、誰か来ました!」
その声に反応して森の奥から訛りのある声がした。
「わかっだ、いま行ぐ!」
しばらくすると森の奥から五人のオークと、薄汚れた格好の人間女性が出て来た。
俺は直ぐに腰の剣の柄に手を当てる。
何もオークだからと言って敵とは限らない。
人間と同じように悪いオークもいれば、良いオークだっている。
ただし種族間の問題があって人間とオークはそれほど交流がない。
だから取りあえず警戒だけはしておく。
五人のオークの内一人だけ身なりの良いオークがいる。
そいつが恐らく主人だろう。
そいつは金持ちらしく身なりは良い。
そこそこの身分のあるオークかも知れない
そして残る四人は護衛といったところか。
その護衛オークの内の一人がちょいと気にかかる。
他の三人とは一線を画している。
恐らく腕の良い戦士と思われる。
人間女性に視線を移すと、彼女の身なりは汚く足首を見ればやはり枷を付けられている。
つまり彼女も奴隷だ。
彼女は狩りの手伝いをさせられていたらしく、弓を手にしている。
そこで俺は気が付いた。
彼女の耳にだ。
尖っている。
「エルフか……」
思わず口に出してしまった。
エルフなど滅多に見れない種族、ましてや奴隷エルフなど非常に珍しい。
だがそこで思い出してしまった。
伝達屋が持って来た依頼の布のことだ。
確か『消去』依頼だったのだが、それがエルフを攫ったオークの『消去』だったはず。
あまりにも依頼内容と一致している。
まさかこんな近くに依頼標的がいたっていうのか?
だが俺は依頼を受けると返信してはいないし、このオークが依頼の標的とは限らない。
殺した後に間違ってましたじゃ済まないし、身なりの良いオークだから親類の仕返しだってあるかもしれない。
迂闊に手は出せない。
取りあえずここは穏便に流すか。
「やあどうも、僕はこいつらの餌を狩りに来た者です。邪魔はしませんのでどうぞお気になさらず」
そう言って片手で犬をポンポンと叩きつつ、もう片方の手を剣から離して振って見せた。
するとオークの主人っぽい奴が表情を変えつつ言い放った。
「ぐそ、人間か。こっぢに近づぐじゃないぞ!」
どうやら敵意はないようだ。
こんなところでトラブルはごめんだが、犬の餌は獲って帰らないと犬達が怒る。
オーク達のいる場所は避けて違う方角へ行くことにする。
イーストとサウスはカートから解き放し、狩りの手伝いをさせる。
二匹が獲物を見つけて俺の方へ追い立てる、そこへ俺がクロスボウで仕留めると言う作戦だ。
だが森へ入っていったのだが、鳥ばかりで大きな獲物は中々見つからない。
止むを得ず森カラスをクロスボウで射止めていく。
四羽ほど仕留めたところで狩場に誰かが入って来た。
あのオーク共だ。
「おい、そこにいると危ないぞ!」
俺が叫ぶとオークの護衛らしい一人が叫び返す。
「お前こぞ邪魔だ。場所を空げろ!」
さすがにイラっとくるな。
あっちの狩場を譲ったのに、さらにこっちに来て邪魔扱いとは、なんてふてぶてしい奴だ。
もっと腹が立ったのは奴らが奴隷に対する扱いにだ。
「グズグズずるな、こいづめ!」
そう言ってオークの護衛がエルフ奴隷を殴ったのだ。
一瞬にしてエルフ奴隷はその場にへたり込む。
そこへさらにオークは蹴りを喰らわせる。
「誰がしゃがめと言っだんだっ、こいづめ」
そう言って何度も何度も踏みつける。
俺は仕事の関係で沢山の殺しにも関わって来たが、いつも私情は挟まずに淡々とやることをこなしてきた。
だけどな、久しぶりに殺してやりたいと思う相手が出来たな。
エルフ奴隷はフルフルと振えながらも立ち上がり、必死にオーク達について行く。
そもそも足枷があるから早く歩けない。
それでも必死について行くけなげな姿を見ていると、どうにも助けたくなってしまう。
こういった感情が出て来たのも前の仕事を止めてからだ。
どうやらこれが人間の普通の感情らしい。
俺も人間らしくなってきたってことか。
オーク主人の身なりをよく観察する。
オーク社会の中でも裕福な生活をしているようだ。
ほんの一部のオーク社会では、人間の文化を取り入れる地域が出て来たと聞く。
身なりからして、その地域に住むオークだろう。
名前はゾッチとか言っていたな。
忘れないぞ。
俺はカートの所に戻り帰り支度をする。
ここに居ても狩りの邪魔をされるだけだ。