19 奴隷商人
俺はエルフ達と別れ再び街道へと入った。
受け取った香辛料の類をどこで売りさばくか考えた結果、やはり顔が一番利くアーレの街に持って行くことを決めた。
それには再びダバドの街へ戻り、護衛を雇わなければいけないか、ちょっと悩む。
そしてダバドの街へ到着すると、戦争終結とかで街は若干の好景気となっていた。
となると、もう少ししたら戦場からの戦利品の持ち込みで、買取依頼を受ける商人達は忙しくなるであろう。
これでやっと護衛人員の確保が楽になっていくと思われた。
街に着くと直ぐに冒険者ギルドへ護衛の依頼を出しに行ったのだが、受付で「見つからないと思います」と言われた。
と言うのは、冒険者のほとんどが戦場付近へ行っているからだ。
敗残兵狩りと戦場荒らしである。
戦場跡には武器や装備が落ちている。
それを拾って金にするのである。
それに負けた陣営の部隊は大抵の場合、逃げるようにして戦場から離れる。
騎兵ならばすぐに逃げられるが、歩兵はそう簡単には離れられない。
特に負傷でもしていようものなら、隠れるのが精一杯だ。
それを狩るのを『敗残兵狩り』と言って、貴族や金持ちの平民なら生捕りにして身代金を要求する。
それ以下ならば奴隷商へ売り飛ばして金にするのである。
上手い事立ち回れば大金を得ることも出来る為、冒険者はこぞって戦場跡地へと行ってしまい、街に残る者は少ないという訳だ。
護衛料金は下がっても、護衛が見つからないのではどうしようもない。
たまに出てくる冒険者はやはりゴブリンで、しかも値段が人間とあまり変わらない。
他にも護衛依頼を出しに来た商人が何人もいて、途方に暮れていた。
こんな状況ではここにいても始まらない。
こうなったらウエストとサウスの護衛だけで行くしかないか。
ゴブリンしかいないならば護衛はもういらない。
こんな所でまともな護衛が集まるまで待っていられない。
俺は意を決して街を出ようと獣車を走らせていると、とある店に目が留まった。
『奴隷商』である。
ふと、思うところがあって獣車を止める。
“奴隷を買ってしまえば毎回護衛依頼で悩むことが無くなるな”
そんな考えが頭を過ぎったのだ。
俺は「見るだけ見てみるか」と何気なしに奴隷商の店内へと足を踏み入れた。
ダバドの街は多種多様な種族が入り乱れる街である。
その為か、奴隷の種族も多種多様だった。
奴隷の売買が禁止されている街もあるが、ほとんどの街は奴隷の所有に関しては認めている。
この辺一帯のどの街も所有に関しては登録証があれば問題ない。
俺は奴隷商には初めて入るのだが、想像と違って意外と清潔だった。
というよりもかなり羽振りの良さげな店構えだ。
相当に儲かっているんだろうな。
ただ、この部屋には奴隷は置いていない。
ここだけ見たら何の店か解からないほどだ。
店に入ると直ぐに少年が俺に声を掛けてきた。
店の使用人らしいのだが、見れば足に枷がはめられている。
この少年も奴隷のようだ。
「いらっしゃいませ。本日はご購入でしょうか、それとも買取でしょうか?」
「ああ、購入を検討していて、ちょっと話を聞きに来たんだ」
「かしこまりました、ご購入希望ということですね。それでは店主を呼んでまいりますので、しばらくお待ちください」
そう言って少年は奥へと消えて行った。
しばらくして出て来たのが主人と呼ばれる小太りのおっさんで、種族は人間だ。
「いらっしゃいませ。私が主人のフゴ・ブフタと言います。本日は奴隷のご購入を検討しているということでよろしいでしょうか」
見れば見るほどブタに見える。
フゴフゴ・ブブタって感じだ。
ああ、でも見た目と名前が一致しているから覚えやすいか。
「そうだ、奴隷の購入を考えていてな。俺は商人をしていてあちこちの街へ移動が多い。それで護衛用の奴隷を検討しているんだが、何人か見せてもらえるか。そうだな、出来れば御者を任せられるのがいい」
「ふむふむ、ご希望は把握いたしました。取りあえず今当店が取り扱っている者をお見せしましょう。奴隷は街の防壁の外にいますので、馬車で移動いたしますがよろしいでしょうか」
「それなら自分の獣車で付いて行く」
「そうですか、了解しました」
そう言うと店主は横にいる少年に指示を出す。
すると少年は裏口へと案内する。
良く教育されているなと感心するが、これも客の前での一種のパフォーマンスなのであろう。
どうも商人目線で考えてしまう。
俺もすっかり商人の端くれだなと薄笑いを浮かべてしまう。
「お客様、どうかなされましたか?」
少年に突っ込まれた。
慌てて表情をととのえる。
「いや、何でもない。行ってくれ」
そして少年の乗る馬車の案内に従い俺は獣車を走らせた。
少年以外にも御者と護衛の武装した男が一人と、ちょっと移動するだけで物々しい感じだ。
店主は店から離れないらしい。
防壁の外にある奴隷所には案内人がいるそうなので、そいつから各々の奴隷の説明を受けろとの事だ。
奴隷所は正面門から出てすぐの所にあった。
かなり大きな建物で、剣闘士の養成所も兼ねていた。
その他にも簡単な各種訓練所も設備しているらしい。
剣闘士の養成所があるくらいなら、戦闘が得意な者も大勢いそうだ。
問題は奴隷の値段だ。
結構厳重な見張り体制で、見張りの男達は足枷がないところを見ると、奴隷ではなく一般人らしい。
そうか、剣闘士もいるって事は反乱されたら一大事だからだな。
少年の案内で建物の中へ入ると、待合室らしい部屋へ案内された。
この部屋がまた豪華な造りで、さらに奴隷の獣人女性がお茶を持って来る。
もちろん綺麗どころだ。
まるで貴族になったかのような待遇だ。
決して悪い気はしない、悪い気はしないのだが、俺はまだ買うと決めた訳でもない。
恐らくそういう類の作戦なんだと思う。
商人の立場からして勉強になる。
旨いお茶を飲んでいると、少年が男を連れて来た。
どうやらこの男が案内人らしい。
そこで自己紹介の後、奴隷のいる場所へと案内が始まった。
案内人の名“ボック”と言い家名はない。
ここの責任者でもある。
まず見せられたのは剣闘士達だった。
訓練所での訓練風景を見せられながら、あいつは何の武器が得意だとか、こいつは乗馬も出来るとか説明してくれる。
値段はこっちが聞かないと答えないルールらしい。
しかしここにいる剣闘士達は種族にもよるが、最低でも金貨三十枚は必要だ。
オークに獣人に人間、ハーフリングやリザートマンまでいる。
もちろんすべて男だ。
それにしても想像していたよりも値段が高い。
予算的に戦える奴隷は無理っぽいか。
ならばせめて御者台に座らせることが出来る奴隷がいないかだ。
「すまないが、獣車を扱える者を見たい」
俺がそう言うと案内人は「かしこまりました、こちらへどうぞ」と丁寧な対応で別の場所へと向かう。
そして再び訓練所のような所へ案内された。
「ゴブリンばっかりか……」
思わず声に出してしまった。
この訓練所はゴブリンばかりがいる。
それも凄い数だ。
そこで案内人は立ち止まると説明を始める。
「ここはゴブリン専門の訓練所となります。他種族と一緒に訓練させるとトラブルが多く、今は分けて扱っております。ゴブリンは魔物や動物の扱いが得意な者が多く、ゴブリン界でもテイマーとして多く存在しております。当店でもゴブリンのテイマーをお手頃な値段で数多く扱っております」
「凄い数がいるんだな」
「はい、ゴブリンは繁殖力が高いですから。その代わり寿命が短く三十年ほどしか生きられません」
そこからまくし立てるように説明が始まった。
値段は人間やその他の種族よりも圧倒的に安い。
半額以下だろう。
いや、もっと安い者も多数いる。
だがゴブリンの特性上、信用できない面が多々あるので注意が必要らしい。
だがそれならゴブリンじゃなくてもそうだろう。
隙あらば逃げようと思うのが奴隷だろうし。
だがここに居る奴隷ゴブリンは、外の世界を知らない者が多いという。
子供のままここに連れてこられ、この世界しか知らずに育った者も多くいるからだ。
だから今の生活が当たり前になっているからか、外へ逃げる者は他種族よりも少ないという。
そう聞くとちょっと可哀そうな気もする。