18 交易路
エルフの一人が傷口に手をかざし詠唱を唱えだした。
まさか、ヒール魔法か?
エルフが魔法を唱え終わると傷口周辺が輝き、徐々に傷が塞がっていく。
人間の使う治癒魔法とは少し違うような気がする。
人間の場合だとあんな風に傷口は輝かない。
魔法を唱えていないもう一人のエルフは何をしているかというと、はみ出した内臓を体内へと押し込んでいた……
その辺は意外と大雑把なようだ。
そして傷口が塞がる頃には、内臓も体内へと戻っている。
これで安静にして置けば数日で治るという。
高度な治癒術なのか?
内臓を手で押し込んで治癒魔法で治すとか、斬新過ぎて信じられない。
しかしこれで本当に治ると言う。
人間にも治癒士はいるのだが、内臓がはみ出したら手の施しようが無かった。
そもそも人間の場合だと、戦士で治癒魔法を使える者はいない。
治癒魔法が使えるのは治癒士だけだ。
逆に治癒士はそれ以外の魔法が使えない。
それが人間界の常識だ。
だがここではその常識が通用しないらしい。
エルフ恐るべし。
傷口が塞がったエルフは全快なのかと思えばそうではないらしい。
傷口が落ち着くまで数日が必要で、激しい運動をすると傷口周辺の皮膚がボロボロになって、それこそ中身がすべてこぼれ出るんだそうだ。
ちょっと見たくない。
取りあえず一難去った。
とは言っても、エルフ達にゴブリンの襲撃者の説明をしないといけない。
ただ俺の素性がバレるようなことは言わずに、ゴブリンがずっとメロディを狙っていたことだけを説明した。
するとエルフの一人が答える。
「そうか」
その一言だけだった。
エルフの戦士ってこんな奴ばかりなのだろうか。
しかし負傷エルフのお陰で、ここを移動することが出来なくなった。
この場でメロディやコーム達を待たないといけない。
メロディ達は三日掛かると言っていたから、ここで野営をしなければけないって事だ。。
それは敵の再度の襲撃をここで待つ事にもなる。
「まずは食料だ。熊を解体するのを手伝ってくれるか」
俺が倒した巨大熊は放って置くのも勿体ない。
毛皮は金になるし、肉も食べようと思えば食べられなくもないと思う。
きっとウエストとサウスは喜んで食べる。
ついでにダイアウルフの毛皮も剥ぐ。
どうせ時間はたっぷりあるんだ。
有効に使おう。
俺達は手分けをして解体に取り掛かった。
もちろん周囲の警戒も怠りはしない。
そして特に襲撃もなく時は過ぎた。
三日目になると、言われた通りメロディやコームが数人のエルフと共に戻って来た。
結局ゴブリンは姿さえ見せなかったな。
これで一安心だ。
俺は近くの岩に腰を下ろした。
コーム達は俺達の周囲にあるダイアウルフの死骸や放たれた矢、負傷したエルフを見て戦闘があったことを察知。
俺と一緒にいたエルフに事情を聴いている。
俺の側には何故かメロディが寄り添い、怪我は無いかと体中を触るんだが。
やめてくれ、恥ずかしいじゃないか。
そこで負傷していたエルフが俺を指さして何かを話しているのが見えた。
その表情は厳しい。
ゴブリンの襲撃が俺のせいだと思っているのか?
うん、発端は俺だから否定は出来ない。
だが狙われているのはメロディだ。
そこは勘違いしないでくれよ。
コームが俺の方へ歩いて来る。
無意識に突刺剣へ手が伸びる。
座っていた岩からほんの少し腰を浮かしたところで話し掛けられた。
俺は元の岩に再び腰を下ろすと肩の力を抜いた。
「襲撃があったようだな、怪我は無いか――」
俺が突刺剣に手を持っていったことに気が付いたようだ。
コームの視線が突刺剣へ向けられている。
「――変わった剣を持っているな」
続けざまに俺の剣について聞かれた。
鞘の上から見てもレイピアの様に細いのに、それでいてレイピアよりもかなり短い。
マンゴーシュに似ているが、それとは柄の部分も違うし刃の形状も少し違う。
なにより用途が違う。
でも説明が面倒だしいつもはマンゴーシュだと言ってしまっている。
「そうだな、これをメイン武器として使う奴は俺くらいじゃないか。と言っても俺は戦士じゃない。商人だから自分の身を守れる程度で良い」
ちょっと嫌な予感はしたんだが、コームはさらに確信を突く話をしてきた。
「向こうにゴブリンの指揮官らしい遺体があった。そのゴブリン、脇の下から心臓にかけて刺し傷があった。一突きで死んだんだ。それは別に良い。だがな、エルフの戦士の放った矢は刺さっていないし、我々が持つ槍の刺し傷でもない。そうなるとあのゴブリンを殺したのは君しかいなくなる」
そう言いながら俺の突刺剣を見つめるコーム。
エルフの矢を差しておくのを忘れたからバレバレだ。
でも手の内を知られたくない。
「そうだな、俺がやった。だがそれ以上は聞くな。それに他言しないでくれるか。色々事情があるんだ」
「人間との繋がりはほとんどないから他言はしない、というより出来ない、安心しろ。それと事情があるならこれ以上は詮索はしない」
そうだ、エルフは閉鎖的な種族だったな。
「助かる」
「それと代金の件なんだが、非常に言い辛いんだが、人間の貨幣が足りなかった。それで足りない分はエルフの品で物々交換じゃだめか?」
エルフの品との物々交換か、これは場合によっては貨幣よりもおいしいかも知れないな。
「返答する前に、その代品を見せてもらおうか」
するとコームは連れて来た使役獣から荷物を降ろし始める。
人間の身長よりも高い使役獣だが、俺は見たことがない。
クチバシがあるってことは鳥系なのだろう。
二足歩行で歩くのだが、ちゃんと羽もあるから飛べるのか?
そんな事を考えているとコームが「これがそうだ」と言って、使役獣の荷物から袋を三つ取り出した。
俺はその手渡された品を見て驚かされる。
「これはもしかして……香辛料か!」
俺は袋に鼻を近づけて匂いを嗅ぐ。
一つ目の袋には“グローブの実”が、二つ目の袋には“ナツメグ”が入っていて、三つ目のちょっと大きめの袋には“シナモン”が入っていた。
「交易は滅多にしないから、金貨が一枚足りなくてな。これではどうだ?」
彼らは人間界での物の価値が分かっていないようだ。
これは金貨二枚以上の価値がある。
この地方では採れないとされる香辛料の数々だからだ。
元の値段が安くても、船で遠くの土地から運んでくればそれだけ価値が上がる。
それでいて需要は高く、特に金持ち連中の需要には追い付いていないのが現状だ。
「待て、金貨一枚分にしては多すぎる」
俺がそう言ったのだが返ってきた言葉が。
「それは足りるってことだな。ならば契約完了だな?」
そう言ってコームはニヤリと笑って見せた。
どうやら理解した上での事らしい。
意外と良い奴なのかもしれない。
「分かった、交渉成立だ」
「なあ、ローマンと言ったな。今後も定期的に交易をしたいんだがどうだ?」
おっと、エルフから交易の申し込みなんて願ったり叶ったりだな。
「もちろんOKだ。だが、連絡を取るにはどうしたらいいんだ」
「この辺りに来れば仲間が気付くはずだ。その時、安全な場所へ案内する事にしよう。そうだな、三十日ごとにこの場所で落ち合うということにしよう。交易品はビール、あと人間の作るパンが我々の間では人気があるんで、パンか小麦を持って来れれば頼みたい。それ以外は品物を見てから買うか決める。こんな条件でどうだ」
一方的だな。
だがエルフと交易を願う者は多いから、これぐらいはしょうがないか。
「問題ない。支払いは現金でなくても香辛料でも構わない。それとエルフの森の特産品でもあればそれでも構わない。早い話、お互いに売りたいものを持ち寄ろうってことで良いな?」
「ははは、そうだな。そう言う事で頼む」
こうして俺はエルフとの交易路を得た。